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Ⅲ 第3の審判
chapter 12 輪郭 -5
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5 7月11日 御影零
「御影さん」
廊下の先へ向かってゆっくりと歩き出そうとしている女子生徒、『御影零』の背中に向かって、陽太と霧島、桜の3人は声を掛けた。
放課後のオレンジ色に染まった廊下に、吹奏楽部の演奏が鳴り響いていた。
第3の審判があり、金城蓮と仲居ミキ、そして伊瀬友昭の3人が死亡した。
それによる生徒たちの精神的不安を考慮してか、3年1組は2日間学級閉鎖となっていた。
その休み明けの今日、御影零へと声を掛けたのだ。
その理由は言うまでも無い。
真相の究明である。
「なに? 早く帰りたいんだけど。私」
御影零は一切表情を崩さずに、冷ややかにそう呟いた。
「ごめんごめん。そんなに時間は取らせないつもりだよ。キミが率直に答えれば」
霧島がいつもの調子で陰りのある笑みを見せた。
「なに?」
「御影さん、今、俺たちのクラスに起きている出来事については把握しているよな?」
「……」
御影零は陽太の姿をじっと捉えて、しばらくの間睨み続けていたあと答えた。
「『罪人』と成り果てた生徒が次々に『審判』によって裁かれ死亡している。今学期の初めからね。嫌でも把握しているわ」
無表情の御影零は瞬きすら見せずに答えた。
「ふふ、御影さん。この現状についてはどう思うかな?」
「どう……って? どういうこと?」
「スクールカーストに深く関わっている人間が死んでいるってことについて」
「……精神的にもかなりキツイ、に決まってるでしょう?」
「へえ~。本当に?」
「当たり前でしょ。人が死んでいく場面を目撃しているのよ。気持ちのいいものではないわ」
桜はそんな御影零を見つめたあと、陽太の裾を擦った。
そして、
「ねえ、陽太。御影さん、やっぱり関係ないんじゃ?」
と小さく呟いた。
「桜。俺たちはもう引き返せない」
陽太は囁くように桜へ返した。
「あはは。芝居なら必要ないよ。その程度の対応で犯人確定というほど、浅はかな推理はしないから」
霧島は御影零を睨むように見て、笑った。
「カーストに関わった人間が死ぬことについて。間違っているとは言わないんだね」
「……」
御影零は無表情を貫いている。
「別の聞き方をしてみよう。御影さんは僕たち3年1組のクラスカースト状況について覚えはないかな?」
「……おぼえ?」
「このクラスで起こっていた日常的な『イジメ』に関して何か意見はないかな?」
「貴方、私に何を言わせたいの?」
霧島は唇を怪しく釣り上げ笑み、言った。
「例えば、御影さんのお兄さんが、『イジメ』が原因で自殺をした……とか?」
「!」
今まで無表情を貫いていた御影零の表情に明らかな動揺が走った。
そんな御影零に向かって、なるべく落ち着いた声で陽太は尋ねた。
「御影充って人、知っている?」
御影零はその名を聞いた途端に陽太を鋭い目付きで睨みつけた。そして明らかに動揺した口調で言った。
「どうして貴方たちが充兄さんのこと知っているの……?」
「やっぱり御影さんのお兄さん、だったんだね?」
「貴方たち何を調べたの?」
「ちょっとね、宵崎高校の歴史を漁ってみただけ。それだけだよ、詳しいことなんて知らない」
霧島は掌を広げ、首を横に振った。
御影零は鋭く睨みつけたまま、続けた。
「だから何? 充兄さんの自殺を嘲笑したいの?」
「違うよ!」
桜は咄嗟に否定した。
「私たちは今のこの状況を止めたいだけ」
御影零は桜を一瞥したあと、視線を外し答えた。
「どうぞ。勝手にすれば? 私の兄は関係ないでしょ?」
「……御影さん」
陽太が口を開こうとしたのを見たあと、遮って霧島が告げた。
「率直に言おう。僕たちは御影充さんの自殺がクラスの『審判』に関係しているのではないか、と考えている。『審判』という僕たちのクラスに取り憑いている呪いは御影充さんの恨みの具現化である可能性が高い」
御影零はそんな霧島の発言には一切表情を崩さず、ただただ黙って陽太たちの姿を見つめていた。
「……驚かないんだね。まるで知っていたかのようだ」
「……」
「しかもオカルトチックなことに関しても否定はしないのか」
「で? 貴方たちの言いたいことは結局何? 貴方たちの仮説中で『審判』は兄の呪いだから、妹の私に償えとでも言うの?」
「違うって。そうじゃない」
陽太は慌てて返した。
「僕たちは御影さんにそんなことを望んで話しかけたわけじゃないよ。キミが『審判』を起こしていた犯人ではないのならばね」
「……」
霧島は御影零の反応を見て続けた。
「御影充さん……お兄さんの自殺についてどう思う?」
開いた窓から木の枝を潜り抜けた爽やかな風が流れた。校庭からは野球部の声が響いてくる。
しばしの沈黙のあと、御影零は静かに少しずつ口を開いた。
「……悔しかった」
わずかに視線を床に落としながら話す御影零の姿を陽太たちは見守るように佇んでいた。
「私は充兄さんのことが大好きだった。血が繋がっていない私を本当の妹のように守ってくれて、とても優しかった」
「血が……繋がっていない?」
「親の再婚だったの。充兄さんは義理の母の子よ」
「……へえ。その後、また離婚か……」
囁くようにそう言ったあと、霧島は顎を撫でるように指で触った。
「……もういいでしょ。なに?結局貴方たちは私の過去を聞きたかっただけ?」
陽太は一歩御影零に近づき、告げた。
「今、俺たちのクラスに起こっている『審判』を止めるのを手伝って欲しい」
「……」
御影零は黙って陽太を見つめている。
「きっと『審判』はこれからも起こり続ける。今のこの緊迫した状況じゃ、次に誰が死んでもおかしくない。俺たちはもうこれ以上、誰も失いたくはない」
桜が神妙に頼み込むように続けた。
「もしも霧島君が言うように御影充さんの呪いで『審判』が引き起こされているんだとしたら、供養してあげようよ、お兄さんを。そうしたらさ――」
そのとき、黙っていた御影零が口を開き声を張り上げた。
「私は憎んでいるの。充兄さんを死に追いやった連中も、隠蔽した学校も、兄さんを救えなかった私の父と義理の母のことも! 何もかも全てが憎い!」
御影零は冷徹なその目で陽太たちを捉え、初めて静かに笑った。
「何故審判を止めなきゃならないの?」
「……え」
「なんだと?」
「いいじゃない、今のままで。今の3年1組あの教室には以前には無かった秩序が存在している。それの何がいけないの?」
「み、御影さん?」
「ふざけるな! 何人も人が死んでるんだぞ! それを――」
「これが兄さんの叫びなの! 罪を行ってきた人間への制裁! この学校という閉鎖された狭い世界の中で粋がっている悪を処刑することが兄さんの正義! だったら私は耐えられる。人の死を見る事だっていずれ慣れる。これこそが充兄さんが望んでいた学校という世界の在り方だから!」
叫喚にも似た御影零の誓言を聞き、陽太は自らの中に蠢くどろどろとした迷いを打ち砕くように言い放った。
「恐怖による支配から生まれた平和は秩序じゃない。ただの地獄だ」
自らを問い詰めるように哀しむ表情を浮かべる陽太を眺め、御影零は鼻で笑った。
「別に貴方たちにどう思われても構わない。『審判』が充兄さんの想いである以上、私は絶対に終わらせない。兄さんの叫びが『あの女』に届くまでは!」
霧島はその御影零の発言に耳を傾け、小さく首を傾げた。
「……あの、女……?」
御影零は黙ったままの陽太に近づき、耳元で小さく呟いた。
「何も知らない貴方は幸せね『神谷陽太』」
「……え?」
そのとき何か記憶の断片を拾うかのように陽太は御影零の姿に向かって告げた。
「御影零……お前、俺の何かを知っている、のか?」
小さく鼻で笑って御影零は返した。
「『貴方』のことなんて何も知らないわ」
そのまま背を向け、歩き始めた。
「『審判』はまだまだこれからも続く。せいぜい死なないようにしなさい」
窓から差し込む燈色に燃え上がる廊下で、不気味に反響する彼女の声は渦巻き、そのまま小さく消えていった。
「御影さん」
廊下の先へ向かってゆっくりと歩き出そうとしている女子生徒、『御影零』の背中に向かって、陽太と霧島、桜の3人は声を掛けた。
放課後のオレンジ色に染まった廊下に、吹奏楽部の演奏が鳴り響いていた。
第3の審判があり、金城蓮と仲居ミキ、そして伊瀬友昭の3人が死亡した。
それによる生徒たちの精神的不安を考慮してか、3年1組は2日間学級閉鎖となっていた。
その休み明けの今日、御影零へと声を掛けたのだ。
その理由は言うまでも無い。
真相の究明である。
「なに? 早く帰りたいんだけど。私」
御影零は一切表情を崩さずに、冷ややかにそう呟いた。
「ごめんごめん。そんなに時間は取らせないつもりだよ。キミが率直に答えれば」
霧島がいつもの調子で陰りのある笑みを見せた。
「なに?」
「御影さん、今、俺たちのクラスに起きている出来事については把握しているよな?」
「……」
御影零は陽太の姿をじっと捉えて、しばらくの間睨み続けていたあと答えた。
「『罪人』と成り果てた生徒が次々に『審判』によって裁かれ死亡している。今学期の初めからね。嫌でも把握しているわ」
無表情の御影零は瞬きすら見せずに答えた。
「ふふ、御影さん。この現状についてはどう思うかな?」
「どう……って? どういうこと?」
「スクールカーストに深く関わっている人間が死んでいるってことについて」
「……精神的にもかなりキツイ、に決まってるでしょう?」
「へえ~。本当に?」
「当たり前でしょ。人が死んでいく場面を目撃しているのよ。気持ちのいいものではないわ」
桜はそんな御影零を見つめたあと、陽太の裾を擦った。
そして、
「ねえ、陽太。御影さん、やっぱり関係ないんじゃ?」
と小さく呟いた。
「桜。俺たちはもう引き返せない」
陽太は囁くように桜へ返した。
「あはは。芝居なら必要ないよ。その程度の対応で犯人確定というほど、浅はかな推理はしないから」
霧島は御影零を睨むように見て、笑った。
「カーストに関わった人間が死ぬことについて。間違っているとは言わないんだね」
「……」
御影零は無表情を貫いている。
「別の聞き方をしてみよう。御影さんは僕たち3年1組のクラスカースト状況について覚えはないかな?」
「……おぼえ?」
「このクラスで起こっていた日常的な『イジメ』に関して何か意見はないかな?」
「貴方、私に何を言わせたいの?」
霧島は唇を怪しく釣り上げ笑み、言った。
「例えば、御影さんのお兄さんが、『イジメ』が原因で自殺をした……とか?」
「!」
今まで無表情を貫いていた御影零の表情に明らかな動揺が走った。
そんな御影零に向かって、なるべく落ち着いた声で陽太は尋ねた。
「御影充って人、知っている?」
御影零はその名を聞いた途端に陽太を鋭い目付きで睨みつけた。そして明らかに動揺した口調で言った。
「どうして貴方たちが充兄さんのこと知っているの……?」
「やっぱり御影さんのお兄さん、だったんだね?」
「貴方たち何を調べたの?」
「ちょっとね、宵崎高校の歴史を漁ってみただけ。それだけだよ、詳しいことなんて知らない」
霧島は掌を広げ、首を横に振った。
御影零は鋭く睨みつけたまま、続けた。
「だから何? 充兄さんの自殺を嘲笑したいの?」
「違うよ!」
桜は咄嗟に否定した。
「私たちは今のこの状況を止めたいだけ」
御影零は桜を一瞥したあと、視線を外し答えた。
「どうぞ。勝手にすれば? 私の兄は関係ないでしょ?」
「……御影さん」
陽太が口を開こうとしたのを見たあと、遮って霧島が告げた。
「率直に言おう。僕たちは御影充さんの自殺がクラスの『審判』に関係しているのではないか、と考えている。『審判』という僕たちのクラスに取り憑いている呪いは御影充さんの恨みの具現化である可能性が高い」
御影零はそんな霧島の発言には一切表情を崩さず、ただただ黙って陽太たちの姿を見つめていた。
「……驚かないんだね。まるで知っていたかのようだ」
「……」
「しかもオカルトチックなことに関しても否定はしないのか」
「で? 貴方たちの言いたいことは結局何? 貴方たちの仮説中で『審判』は兄の呪いだから、妹の私に償えとでも言うの?」
「違うって。そうじゃない」
陽太は慌てて返した。
「僕たちは御影さんにそんなことを望んで話しかけたわけじゃないよ。キミが『審判』を起こしていた犯人ではないのならばね」
「……」
霧島は御影零の反応を見て続けた。
「御影充さん……お兄さんの自殺についてどう思う?」
開いた窓から木の枝を潜り抜けた爽やかな風が流れた。校庭からは野球部の声が響いてくる。
しばしの沈黙のあと、御影零は静かに少しずつ口を開いた。
「……悔しかった」
わずかに視線を床に落としながら話す御影零の姿を陽太たちは見守るように佇んでいた。
「私は充兄さんのことが大好きだった。血が繋がっていない私を本当の妹のように守ってくれて、とても優しかった」
「血が……繋がっていない?」
「親の再婚だったの。充兄さんは義理の母の子よ」
「……へえ。その後、また離婚か……」
囁くようにそう言ったあと、霧島は顎を撫でるように指で触った。
「……もういいでしょ。なに?結局貴方たちは私の過去を聞きたかっただけ?」
陽太は一歩御影零に近づき、告げた。
「今、俺たちのクラスに起こっている『審判』を止めるのを手伝って欲しい」
「……」
御影零は黙って陽太を見つめている。
「きっと『審判』はこれからも起こり続ける。今のこの緊迫した状況じゃ、次に誰が死んでもおかしくない。俺たちはもうこれ以上、誰も失いたくはない」
桜が神妙に頼み込むように続けた。
「もしも霧島君が言うように御影充さんの呪いで『審判』が引き起こされているんだとしたら、供養してあげようよ、お兄さんを。そうしたらさ――」
そのとき、黙っていた御影零が口を開き声を張り上げた。
「私は憎んでいるの。充兄さんを死に追いやった連中も、隠蔽した学校も、兄さんを救えなかった私の父と義理の母のことも! 何もかも全てが憎い!」
御影零は冷徹なその目で陽太たちを捉え、初めて静かに笑った。
「何故審判を止めなきゃならないの?」
「……え」
「なんだと?」
「いいじゃない、今のままで。今の3年1組あの教室には以前には無かった秩序が存在している。それの何がいけないの?」
「み、御影さん?」
「ふざけるな! 何人も人が死んでるんだぞ! それを――」
「これが兄さんの叫びなの! 罪を行ってきた人間への制裁! この学校という閉鎖された狭い世界の中で粋がっている悪を処刑することが兄さんの正義! だったら私は耐えられる。人の死を見る事だっていずれ慣れる。これこそが充兄さんが望んでいた学校という世界の在り方だから!」
叫喚にも似た御影零の誓言を聞き、陽太は自らの中に蠢くどろどろとした迷いを打ち砕くように言い放った。
「恐怖による支配から生まれた平和は秩序じゃない。ただの地獄だ」
自らを問い詰めるように哀しむ表情を浮かべる陽太を眺め、御影零は鼻で笑った。
「別に貴方たちにどう思われても構わない。『審判』が充兄さんの想いである以上、私は絶対に終わらせない。兄さんの叫びが『あの女』に届くまでは!」
霧島はその御影零の発言に耳を傾け、小さく首を傾げた。
「……あの、女……?」
御影零は黙ったままの陽太に近づき、耳元で小さく呟いた。
「何も知らない貴方は幸せね『神谷陽太』」
「……え?」
そのとき何か記憶の断片を拾うかのように陽太は御影零の姿に向かって告げた。
「御影零……お前、俺の何かを知っている、のか?」
小さく鼻で笑って御影零は返した。
「『貴方』のことなんて何も知らないわ」
そのまま背を向け、歩き始めた。
「『審判』はまだまだこれからも続く。せいぜい死なないようにしなさい」
窓から差し込む燈色に燃え上がる廊下で、不気味に反響する彼女の声は渦巻き、そのまま小さく消えていった。
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