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(前)日常12【side.タケル】――気付きの時
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しおりを挟むノアの濡れた部分を拭き取り、風邪を引かせぬよう首元まで布団を掛ける。自分も身体の汚れを軽く落としてから布団の中へ戻った。
「ノア、愛してる。君のことが愛おしくてたまらない」
汗ばんだ身体を抱き締めて伝える。
彼は僕の胸の中で小さく頷いた。
「どこも痛くないか?」
「……うん」
「君と繋がる時間、とても幸せで気持ちいい。ノアも満足してくれただろうか」
「……うん」
「ならば安心だ」
腕を解いて口付ける。今日は後ろからの行為だったため、繋がった状態でキスをする機会がなかった。
ノアは蕩けた表情で僕に委ねてくれている。セックスの余韻を味わうように、繰り返し丁寧に唇を重ねた。最後にノアの髪を撫でる。
「このままもう少し休んでいるか? シャワーを浴びるなら僕が先に行って温度調節してくるが」
「……もうちょっと休んでからがいい」
「では君が動く気分になるまで隣にいる」
「……いつも気遣ってくれてありがと」
ノアは行為を終えたあと、言動が穏やかになることが多い。僕とすることで心が落ち着くのであれば喜ばしいが、お礼に関しては不要だ。特別に気遣っているわけでなく、僕がしたいことをしているだけだから。
ノアの頭を撫でながらそう話すと、彼は少し間を空けたのち、複雑そうな面持ちで微笑した。
「でもタケル、お礼も謝罪も言えないヤツは嫌いだろ?」
「……その話、覚えていたのか」
「うん。昔……タケルのことを好きになるなんて夢にも思わなかった頃に言われたなって。今ふと思い出した」
さかのぼること約半年。
ノアが下級生と喧嘩になり、その仲裁に入ったことがある。
その際ノアは謝罪の言葉を述べたが、下級生は一言も謝らなかった。
〝謝罪やお礼を言えない人間も多く存在する〟――愚痴混じりの僕の話を、ノアはきちんと記憶してくれていた。
嬉しい。
だがあの件は――下級生と喧嘩になった経緯はきっと、ノアにとって思い出したくない出来事だ。
これ以上は語らなくていい。
愛しい感情だけが伝わるように、もう一度ノアを抱き締めた。
+ + +
翌金曜日。
エリック先生の自宅にお邪魔したのは午後九時前だった。
来る途中に購入した飲み物や総菜をエリック先生に手渡す。彼の方も食べたいものをいくつか買ってきたとのことだ。
「先ほどノアからメールがありまして、《酒飲んでアニキに迷惑掛けるなよ》と釘を刺されました」
「お前、酒が入ると豹変するタイプなのか?」
「豹変というほどのことはありませんが、小言が増える傾向にあるようで。弟からは『僕の前で飲むな』と拒否されますね」
「今よりネチネチうるさくなるのかよ。やっぱ酒なしにするか」
「大丈夫ですよ。今夜は元々嗜む程度のつもりで、ハイボール缶をひとつ買っただけです」
リビングに通される。
僕はソファへ、エリック先生は正面のカーペットへ腰を下ろした。
ローテーブルにドリンクや総菜、おつまみなどを広げていく。あっという間に豪勢な食卓が完成した。グラスをお借りしてハイボールを注ぐ。
「エリック先生、僕に聞きたいことがあるとおっしゃっていましたよね」
「あぁ、その件な。実は先日、パスカルから『恋に落ちた瞬間は?』と質問されたんだ。以前お前からも似た質問をされたことがあったなと」
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「そうなんだよ」と答えつつ、エリック先生はコーラの入ったグラスに口を付けた。
彼いわく、明確に「これ」と言える出来事はないらしい。ただ、パスカルと屋上でサボっている時間が多大な影響を及ぼしたのは間違いないとのこと。
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