111 / 196
日常9【side.パスカル】――運命の番(つがい)
2
しおりを挟む+ + +
翌日、午前の補習を終えたあと。
板チョコをかじりながら閑散とした廊下を歩いていると、タケル先生と鉢合わせてしまった。右手からチョコレートをもぎ取られる。
「返してくださいよ。それお昼ご飯の一部なんです」
「ならば自分の席で食べるんだ。歩きながら食事など行儀が悪い」
「食べ歩きツアーなんてのもあるじゃないですか」
「学校と観光を一緒にするんじゃない」
タケル先生は溜め息をつきつつ、板チョコを返してくれた。銀紙にくるんで一旦ポケットへしまう。
「パスカルは午後も補習か?」
「いえ。今日は終わったので帰ります」
「帰宅を急いでいるわけでないなら少し話せないだろうか。訊きたいことがある」
「何時間でもお付き合いしますよ」
「大したことじゃないんだ。数分で済む」
タケル先生のあとに続き、近場の講義室へ入る。ドアを閉めた彼は改まった様子で背筋を伸ばした。
「これは決して恋愛相談などではなく、ただの意識調査だと思ってほしいんだが。今時の学生というのは誕生日に何をもらうと嬉しいのだろうか」
「……ノアの誕生日が近いんですか?」
「あぁ、一月十一日らしい。直接『何が欲しい?』と訊くのも味気ないと思って」
「タケル先生自身にリボンをつけてプレゼントにしたらどうです?」
「…………」
「そんな呆れ顔で見ないでくださいよ。ちょっとしたジョークだったのに」
「……冗談は言わなくていいんだ」
真面目に答えようにも、俺はノアのことをほとんど知らない――親しくしてもらうようになったのは本当にここ最近だから。
「んー……。ヤンキーっぽいグッズとかないのかな」
「何だそれは」
「ほら、ノアって〝悪〟とか〝不良〟とか〝ヤンキー〟とか、そういうワードをカッコイイ男の象徴みたいに思ってるじゃないですか」
「……憧れること自体は否定しないが、あの子には似合わない」
「ノアは『アニキみたいな男になりたい』と言うけど、方向性がおかしいんですよね。エリックは確かに不真面目な不良教師だけど、ヤンキーという感じではなくて――」
「〝気障〟な男だな」
「まさしく」
「しかし不快な印象は受けないから不思議だ。彼の人徳なのだろうか」
タケル先生もエリックのこと、やっぱり気に入っているんだな。今度あの人に会ったとき話のネタにしてあげよう。
今はタケル先生の相談――ではなく意識調査に協力しなければ。
「俺がもらって嬉しいのはお菓子ですかねぇ。でも学生全般って考えると……食べてなくなっちゃうものより、形に残るものの方が喜ばれるのかな。好きな人からの贈り物だったら尚更」
「パスカルは十二月一日で二十歳になったと言っていたよな? エリック先生に祝ってもらったのか?」
……タケル先生の質問には根本的な間違いがある。誰もが自分の誕生日を喜んでいるわけじゃない。
俺にとって誕生日は、地獄の始まり。
〝選択権〟というものが存在しない家に、自分が望んだわけでもなく生まれ落ちた日。親の指示で人生を歩むことが確定した日なんて、嬉しくも楽しくもない。
……エリックはおそらく。
親の愚痴をあれこれ聞かされる中で、そんな俺の感情を悟ったのだと思う。
十二月一日。
放課後に屋上で顔を合わせた際、あの人はアーモンドチョコレートの箱を寄越した。
「誕生日だろ」
その一言だけ。
おめでとう、という言葉はなかった。
一般的に考えたらありえないことかもしれない。
――でも。
あの人は俺の気持ちを汲んで、大々的に祝うことはせず、だからと言って無視することもせず、「覚えている」という意思表示だけしてくれた。
……朝の補習で顔を見たばかりなのに、会いたくなってしまったな。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【正義のミカタ学園】 ※挿絵ありきのドタバタ会話劇
双葉
キャラ文芸
女の子四人でハチャメチャ学園生活!
メタ発言・顔文字を多用したおふざけ会話劇なので、そういったノリが苦手な方はBack推奨です(^^;)
※本編セリフのみ(台本風)
※漫画家さんにコミカライズしていただくのが夢なので、一緒にはっちゃけながら応援してくださる方募集中です!
※イラスト内に一部アイビスペイントの素材使用
※別サイトにも掲載

【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる