【完結/おまけ追加中】幻惑の華 ※次回のNewシナリオ追加は3月21日~予定です

双葉

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日常9【side.パスカル】――運命の番(つがい)

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 翌日、午前の補習を終えたあと。
 板チョコをかじりながら閑散とした廊下を歩いていると、タケル先生と鉢合わせてしまった。右手からチョコレートをもぎ取られる。

「返してくださいよ。それお昼ご飯の一部なんです」

「ならば自分の席で食べるんだ。歩きながら食事など行儀が悪い」

「食べ歩きツアーなんてのもあるじゃないですか」

「学校と観光を一緒にするんじゃない」

 タケル先生は溜め息をつきつつ、板チョコを返してくれた。銀紙にくるんで一旦ポケットへしまう。

「パスカルは午後も補習か?」

「いえ。今日は終わったので帰ります」

「帰宅を急いでいるわけでないなら少し話せないだろうか。訊きたいことがある」

「何時間でもお付き合いしますよ」

「大したことじゃないんだ。数分で済む」

 タケル先生のあとに続き、近場の講義室へ入る。ドアを閉めた彼は改まった様子で背筋を伸ばした。

「これは決して恋愛相談などではなく、ただの意識調査だと思ってほしいんだが。今時の学生というのは誕生日に何をもらうと嬉しいのだろうか」

「……ノアの誕生日が近いんですか?」

「あぁ、一月十一日らしい。直接『何が欲しい?』と訊くのも味気ないと思って」

「タケル先生自身にリボンをつけてプレゼントにしたらどうです?」

「…………」

「そんな呆れ顔で見ないでくださいよ。ちょっとしたジョークだったのに」

「……冗談は言わなくていいんだ」

 真面目に答えようにも、俺はノアのことをほとんど知らない――親しくしてもらうようになったのは本当にここ最近だから。

「んー……。ヤンキーっぽいグッズとかないのかな」

「何だそれは」

「ほら、ノアって〝ワル〟とか〝不良〟とか〝ヤンキー〟とか、そういうワードをカッコイイ男の象徴みたいに思ってるじゃないですか」

「……憧れること自体は否定しないが、あの子には似合わない」

「ノアは『アニキみたいな男になりたい』と言うけど、方向性がおかしいんですよね。エリックは確かに不真面目な不良教師だけど、ヤンキーという感じではなくて――」

「〝気障きざ〟な男だな」

「まさしく」

「しかし不快な印象は受けないから不思議だ。彼の人徳なのだろうか」

 タケル先生もエリックのこと、やっぱり気に入っているんだな。今度あの人に会ったとき話のネタにしてあげよう。

 今はタケル先生の相談――ではなく意識調査に協力しなければ。

「俺がもらって嬉しいのはお菓子ですかねぇ。でも学生全般って考えると……食べてなくなっちゃうものより、形に残るものの方が喜ばれるのかな。好きな人からの贈り物だったら尚更」

「パスカルは十二月一日で二十歳になったと言っていたよな? エリック先生に祝ってもらったのか?」

 ……タケル先生の質問には根本的な間違いがある。誰もが自分の誕生日を喜んでいるわけじゃない。

 俺にとって誕生日は、地獄の始まり。

〝選択権〟というものが存在しない家に、自分が望んだわけでもなく生まれ落ちた日。親の指示で人生を歩むことが確定した日なんて、嬉しくも楽しくもない。

 ……エリックはおそらく。
 親の愚痴をあれこれ聞かされる中で、そんな俺の感情を悟ったのだと思う。

 十二月一日。
 放課後に屋上で顔を合わせた際、あの人はアーモンドチョコレートの箱を寄越した。

「誕生日だろ」
 その一言だけ。
 おめでとう、という言葉はなかった。

 一般的に考えたらありえないことかもしれない。
 ――でも。

 あの人は俺の気持ちをんで、大々的に祝うことはせず、だからと言って無視することもせず、「覚えている」という意思表示だけしてくれた。

 ……朝の補習で顔を見たばかりなのに、会いたくなってしまったな。


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