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日常8【side.ノア】――過去との決別
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しおりを挟むタケルは包み込むようにしてオレの手を握った。怒りに歪んでいた表情から一転、申し訳なさそうに眉が下がる。
「帰省の詳細など伝えなければよかったな。君に会う時間がないと断言した以上、どこでどのように過ごすか明示した方がいいだろうと考えたのだが。逆に悲しませる結果となってしまった」
タケルが謝る必要などどこにもない。オレの境遇が異常だっただけで、みんなはワクワクする季節なのだと理解している。そう話すとタケルは苦笑した。
「賑わう街を見ればみな楽しそうだと感じるかもしれないが、実情など分からないぞ」
「……どういう意味?」
「たとえば僕の弟は朗らかに親戚付き合いしているが、裏では毎年『面倒くさい』とぼやいて、両親と度々言い合いになっている。僕もここ数年、伯父や伯母から『結婚しないのか』『彼女もいないのか』と質問されるようになって……あまり気分の良いものではない。そんな本音はおくびにも出さないが」
「……なんか意外。タケル、イヤな質問ならはっきり『やめてくれ』って言いそうなのに」
「学生時代までの自分なら確実にそうしていた。しかし、そのような対応では角が立つ――結果として両親や祖父母にも気を遣わせることになると学んだから。いわゆる〝大人の対応〟というものを少しずつ覚えてきた」
大人の対応……か。
それができるようになれば、大切な人たちに迷惑を掛けることなく生きられるのだろうか。
「両親や弟のことは家族として好きだが、正月の帰省は楽しみより億劫な気持ちの方が強い。様々なしがらみのなか、僕と似た感情を抱く人も世に溢れているだろう。君も普段は家庭への羨望を表に出さず、明るく元気に過ごしている――それと同じじゃないか?」
……そうだよな。
パスカルだって、いつ見ても楽しそうに笑っているのに、心の中は苦悩でいっぱいだった。
自分の目に映るものが必ずしも〝正解〟とは限らない。
物事にはいろんな見方があるはずだ。
「ホントにごめん。仕事で疲れてるときに」
「いいんだ。今回のことで僕もひとつ、重要な学びを得た」
「……なにを学んだの?」
「想いが通じてからずっと、ノアの粗暴な言葉や態度が軟化することを望んでいた。僕にもエリック先生と同じような態度で接してほしい、無邪気に笑って甘えてほしいと。それが君の素であり、心を許してくれている証にもなると思っていたから」
「……」
「だがさっきの電話を通して、そんな必要はなかったのだと確信した。僕はこれまでどおりの君がいい」
「……なんで?」
タケルはオレを抱き寄せてくれた。温かくて頼もしい手がオレの髪を撫でる。
「ノアは僕に対して何故か上から目線で、妙に攻撃的で、ムスッと唇を尖らせてばかりで、些細なことで怒ったり文句を言ったり――しかしそんな姿も愛おしいのだと気付いたんだ」
「……今の話だとオレ、めちゃくちゃウザくて性格悪いヤツじゃね? ホントにそんなヤツがいいのかよ」
「僕は相手に振り回されるくらいの方が心地良いのかもしれない。元来世話焼きな性分だという自覚もある」
「……〝世話焼き〟じゃなくて〝小言が多い〟の間違いだと思うけど」
「それにノアは性格が悪いわけじゃない」
「……そっかな?」
「僕は君より十二年も長く生きて、狡猾で卑しい人間を山ほど見てきた。他人を利用するだけ利用して平然と切り捨てる者、人を傷付けることに何の躊躇いもない者、裏切ったり騙したりすることで利を得ようとする者――そんな下劣な人間がどれだけ蔓延っていることか。だからこそ、君の澄んだ心が美しく魅力的に見えた」
腕を解いたタケルは額にキスをくれた。「エリック先生も在宅しているからここまでで」と告げられる。……今日は会いに来てくれただけで充分だ。
相思相愛の人ができたのは生まれて初めてだから。これを機に過去と決別したい。
毎年憂鬱になってしまうこの時期を、楽しいものへと変えるために。どう足掻いても実現できない憧れのせいで心を乱すよりも、笑って過ごせるように。アニキにもタケルにも感謝を伝えられるように。少しずつでもいいから変わっていこう。
「……もう大丈夫。気持ちを切り替えられそう」
「そうか。毎晩のように会いたいと言われても困るが、辛くなったらいつでも連絡してくれ」
「……オレだって、タケルがしんどいときはいつでも駆けつけてやるからさ。助けてほしくなったら遠慮なく呼べよなっ」
「普段の調子が戻ってきたようで良かった。僕も何かあれば頼らせてもらうことにする」
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