【完結/おまけ追加中】幻惑の華

双葉

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日常1【side.タケル】――ツンデレに惑う

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 水曜は六時限目で終了し、掃除・ホームルームを経て部活の時間となる。

 掃除の時間、一人で机を運んでいたノアに声を掛けた。近付いて名前を呼んだだけなのに狼狽ろうばいしている。

「タ、タケル……先生っ。オレ真面目に掃除してたっすよ? 注意されるようなことはしてないっす!」

「掃除の件ではない。さっきの授業、後半もうとうと・・・・していただろう」

「……バレてたんすね」

「僕の授業はそんなに退屈か?」

「……タケル先生のせいじゃないっすよ。昼メシ直後の現代文なんて『寝てください』って言ってるようなもんだし。朗読なんて子守唄にしか聞こえないっす」

「ほとんどの生徒は起きていたが?」

「そりゃそうっすけど……」

「それから君は漢字の読み書きが苦手だな。語彙力が乏しいとまで感じたことはないが、もっと活字に触れた方がいいだろう。漫画やノベルゲームなどでも構わない」

「はーい」

「返事を伸ばすな」

「……そんな怖い顔すんなよっ」

 ノアは頬を朱に染め、唇を尖らせた。僕を見上げる瞳は光を映しきらめいている。学校でこんないじらしい姿を見せられたら堪ったものではない。

 特定の生徒を可愛いと思うなど言語道断。
 甘い顔をするなど教師失格。

 第一、校内で頻繁にこんな態度を取られたら……僕たちの関係を不審に思う生徒・教師が現れてもおかしくない。仕事が終わったら厳しく言い聞かせておかなければ。


 ――その夜。
 帰宅して夕食を済ませたあと、ノアに電話を掛けた。

 ノアはエリック先生とリビングで過ごしていたらしい。『自分の部屋へ移動する』と言い、やがて『いいよ』と返ってきた。

「今日の授業のことだが」

『は!? また説教!?』

「そうじゃない。最初に声を掛けた際、何故あんな恥ずかしそうにしていたんだ?」

『……別になんでもねーよっ。タケルには関係ないだろっ』

「関係ある。掃除の時間のこともそうだが……あんな態度が続けば、周囲に疑われるのは時間の問題だ。隠し通す覚悟を持ってくれ」

『……自分は隠し通せなかったくせに』

「それを言われると痛いが……。僕が君の担任であることと、君を愛しているということは全く別の話だからな。公私はきちんと分けなければならない」

『だって急にいつもの〝堅物ウザ教師〟に戻っちまったんだもん! ウチに泊まったときと全然ちげーじゃん! お前ホントにオレのこと好きなんだろーな!?』

「なっ……そこを疑うのか!? 信用がないにも程がある! 僕がどれほど深く君のことを――!」

 ……そうか。
 ノアが好きだと言ってくれたのは〝兄代理〟を務めていた僕。

 学校で過ごす僕など、ノアにとっては取るに足らない存在だっただろう。むしろ嫌われていた可能性もある。教師としての僕しか見えない日が続けば、ノアの心はあっさり離れてしまうかもしれない。

 不安に呑まれそうだ。
 ノアとの関係をひとときの夢で終わらせたくない。


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