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16【side.エリック】――パスカル/灰
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しおりを挟むパスカルの顔が近付く。
しかし、唇に触れる手前でぴたりと止まった。やはり好きでもない男相手じゃ無理だと固まってしまったのか。
……いや違う。
パスカルの顔は相変わらずニヤけていた。
こいつは俺自身に選択させて、「自分からしたわけじゃない」と言い訳を用意しておきたいだけだ。セコい奴。
……あんな危険な香りがなくても。
惚れた奴にキスを寸止めされたこの状況で押さえられるワケないだろ。
パスカルの頭に手を回し、こちらへ引き寄せた。俺は同性愛者ではない――いざ男と触れたら冷めてしまう可能性もあるのでは、なんて思っていたが。
やはり俺の愛は本物だ。
パスカルと唇を重ねて確信を持つことができた。
〝身体から始まる本気の恋〟なんてモンが本当にあるのか分からない。
だが今は。
期待だけでもさせてくれ。
パスカルとこんなふうに深い口付けを交わす日が来るなんて、屋上でこいつの涙を見たときには想像もしていなかった。熱を帯びた素肌が重なり、心も身体も昂っていく。
俺だけが快楽に溺れる結果になるのではないかと不安もあったが、パスカルの身体はしっかり反応していた。
嬉しい反面、本当にこれでいいのかという葛藤が脳裏をちらつく。好きだからこそ怖くなる。
いざ繋がろうという状況まで進んで、パスカルの動きが止まった。最初のキスのときのようにニヤニヤしているわけでなく、瞳の色がくすんでいる。
「……言わんこっちゃない。やっぱ好きでもない奴とヤるなんて嫌だろ? やめようぜ」
「途中でやめるのは無理って言ったでしょ」
「辛い思いをさせてまで続けたくねーよ。テンション下がる」
上半身を起こそうとしたが、パスカルからのキスに阻まれた。さっきまでと違う荒々しい舌遣いに胸が痛む。奴の身体を押し戻し、逃げるようにして顔を背けた。
「誤魔化そうとすんじゃねーよ。せめてもうちょい時間を置いてからにしろ。こんなの、失恋の痛みで圧し潰されそうなときにすることじゃない」
「俺、『失恋の痛みで圧し潰されそう』なんて思ってませんけど」
「……」
「そうやってあんたが人の気持ちを勝手に決めつけるから、ノアも『アニキの顔を見たくない』って泣くハメになったんじゃないの?」
「……そうだったな」
「あんたは優しすぎるの。他人の感情を慮りすぎて、こっちが思ってもいない事実を勝手に作り上げて。無駄な優しさが逆に相手を傷付けることもあるって自覚した方がいいよ?」
「……こんな状況で説教かよ」
「あんたの方が辛そうな顔してるから。それで冷めちゃいそうになっただけ」
「……」
「俺はあんたとすることしか考えてなかったのに。他所事考えないでくれる?」
「……ワリィ」
「続けていいの?」
「……あぁ」
再び唇を塞がれた。
余計な思考は遮断し、惚れた奴のことだけを考える。
快楽に溺れている間はそれでよかった。
――しかし。
帰る頃には。
後悔に苛まれていた。
パスカルの発した何気ない言葉が、俺の心を抉ったのだ。
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