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11【side.ノア】――エリック/黒
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しおりを挟む「そこまで心配しなくても大丈夫だって。タケルの行動にはちゃんと理由があるんだ」
「どんな理由があろうと生徒を犯す奴なんか――」
「いいから黙ってオレの話を聞いて!」
例のシャンプーの原理を説明した。タケルが悪魔のアイテムのせいで正気を失っていたと伝われば、アニキのメンタルも多少は落ち着くだろう。
「あのシャンプー、タケルが帰ってからゴミ箱に捨てたよ。きっとすぐ正気に戻る……もうオレを襲うことはないって。アニキも帰ってきたし」
「クソッ……アレはそういうことだったのかよ」
「なんの話?」
「どのみちタケルは危険だ。もう二度とあいつに近付くんじゃねーぞ」
「……なんで……なんでそこまで言うの?」
「好きでもない奴にエロいことされてほだされて、あるのは身体の関係だけ。不幸になるのは目に見えてるじゃねーか。今のお前は情に流されちまってるだけ――初めてセックスを体験してハイになってるだけなんだよ。妙なシャンプーの理屈で言えば、お前だってまだ正気を失ってるのと同じだ」
「……そんなことない。オレは正常だよ」
「そうは見えねーよ」
再び腕を取られる。
大好きなアニキに抱き締められて嬉しいはずなのに、真っ先に浮かんだのは〝怖い〟というネガティブな感情だった。
アニキはオレのことが愛しいから触れているわけじゃなく、ただ罪滅ぼしをしようとしているだけ。自分が傍にいなかったせいで、オレがタケルに苦しめられてしまった――そう思い込んでいるから。
「……離してよ」
「俺はノアのことが大事なんだ。あのクソ野郎のせいで傷付いた心を少しでも癒してやりたい」
「……アニキはオレのこと、好きじゃないんだろ?」
「恋愛感情とは違うが、ノアを大切に想う気持ちは誰にも負けない」
オレを抱き締めるアニキの腕にぎゅっと力がこもった。
ずっと望んでいたはずのこと。
それなのに。
胸が苦しい。
「……アニキ、やっぱり変だよ。いつものアニキならこんなことしない……もっとオレの気持ちに寄り添ってくれる。今のアニキはすごく冷たいよ」
「俺がおかしくなったとでも言うのか?」
「……うん」
「もうノアに我慢させたくないんだ。お前の望みを教えてくれ。俺が全部上書きしてやるから」
「上書き……」
オレがタケルにしてもらったこと。
パスカルの闇を打ち消してもらったあの行為。
もうどこにも上書きしなければならない部分なんて残っていない。そんな必要はない。
「アニキはオレのことを可哀想だと思ってるんだろ? そんな理由で抱き締められても嬉しくない」
「痩せ我慢すんな。お前がしてほしいこと、何でも言ってくれていいんだぜ?」
「……じゃあオレの質問に答えて。アニキが恋してる人は誰?」
「……」
「いないなら『いない』って言うよな。無言ってことは……オレ以外の誰かが好きなんだろ? 無理してオレを抱き締めなくていいよ」
「無理なんかしてない。お前に幸せになってほしいんだ」
「これのどこが〝幸せ〟なの!? 自分が罪悪感を紛らわせたいだけじゃんか!」
アニキの腕を振り払う。
もう触れてほしくない。
「オレ、誰にも愛されず捨てられた身だから……たぶんだけど、大事にされたいっていう気持ちが人一倍強いんだよな。アニキも知ってるだろ?」
「……あぁ」
「だからかな。もし両想いじゃない相手とヤらなきゃいけない局面に立たされたら……自分が好きな人じゃなくて、自分のことを好きだと言ってくれるヤツを選ぶ気がする」
「……」
「オレのことをなんとも思ってないヤツにされると、都合よく使われているだけなんだってイライラする。たとえ大好きなアニキでも」
「俺がノアをおもちゃみたいに扱うと思うのか? 大事だと言ってるじゃねーか」
「…………アニキの言う〝大事〟とタケルの言う〝大事〟は違う」
「やっぱあいつにほだされちまってるじゃねーか! あんな奴いなくたっていいだろ。全部忘れちまえ」
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