【完結/おまけ追加中】幻惑の華 ※次回のNewシナリオ追加は3月21日~予定です

双葉

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9【side.ノア】――タケル/灰

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 あまりにも想定外の事態で脳がキャパオーバーすると、怒りを通り越して笑えてくるのだと知った。

「……あいつクソすぎ」

 乾いた笑いが漏れる。

 パスカルに犯されてしまったオレ。
 あいつは事を終えると、「ありがと」とだけ言い残し早々に帰ってしまった。

 呆れるほど分かりやすい。
 タケルが手に入らないからといって、オレの身体をもてあそんで……完全におもちゃ扱いだ。

 愛情の欠片もない。
 最低すぎるただの性欲処理。
 全てを洗い流してしまいたい。

 浴室へ向かうと、普段より少し温度を上げてシャワーを浴びた。小さな台の上に紫色のシャンプーボトルが乗っている。

 タケルもパスカルもオレも、このシャンプーのせいでおかしくなった。昨夜は「タケルにあげる」と伝えてしまったが、からくりを知ってしまった以上渡すわけにはいかない。

 さっさと捨ててしまおう。
 そうすればタケルは、オレを襲おうなんて気分にならないはず。

 ――でも。
 パスカルの性欲処理に使われたオレの身体。
 汚らわしいこの状態を上書きしてくれればいいのに、なんて考えが浮かんだ。

 ……そうだ。
 記憶と身体の上書き。

 パスカルはただの嫌がらせだったが、タケルはちゃんとオレのことを好きでいてくれる。この差は大きい。道具のように使い捨てられるのはゴメンだが、タケルは違うから……。

 あと一日だけ。
 このシャンプーを捨てるのはやめよう。

 今朝タケルが残していったメモには《午後八時には夕飯を買って帰る》とあった。何かをする元気もない。リビングのロングソファに寝転がり、テレビを見ながら過ごすことにした。



+ + +



 ――午後五時過ぎ。
 タケルから《六時頃には戻る》とメールがあった。メモ書きより二時間も早い。本来なら「そんな早く帰ってこなくていいのに」とぼやいていただろう。

 ……でも。
 今日は〝上書き作戦〟があるからそれでいい。

 考える時間が長くなるほど悩んでしまいそうだから。こういうことは勢いのあるうちに実行してしまうに限る。《分かった》とだけ返信しておいた。


 連絡どおりの時間に戻ってきたタケルは、ビジネスバッグと共にスーパーの袋を携えていた。

「仕事、早く終わったんだな」

「いや。自分一人だから集中できると思ったんだが、部活を終えた先生たちが職員室に集まり出して。今日はあまり人に近付かれると……」

「なに?」

「……いや。気が散ってしまうから持ち帰っただけだ」

「あっそ。メシは? なに買ってきたの?」

「おにぎりや総菜をいろいろと」

「……じゃあ先に風呂行けば?」

「風呂?」

「仕事で疲れてるだろ? 風呂沸かしといてやったから。お前が風呂行ってる間に総菜温めたり飲み物準備したりしとく」

「ノア……」

 ぎゅっと抱きすくめられる。
 突き飛ばしたい……気もしたけれど。
 今日はこれでいいんだ。

 タケルは昨夜行為を終えたあと、シャワーを浴びる際にあのシャンプーで頭を洗った。混乱した様子でいつまでも「申し訳ない」と「愛してる」を繰り返すタケルに、オレが「使え」と言ってしまったからだ。

 あのときはオレも動揺と羞恥心があり、とにかくこいつを黙らせようと必死だった。本人が気に入ったというシャンプーの匂いに包まれれば、少しくらい落ち着くかもしれないと。

 ――そして今。
 タケルからは仄かに花畑の香りがする。

 あのシャンプーの残り香――まだ影響を受けているはずだ。今夜はオレも呑まれてしまった方がいい。思いっきり吸い込んでやった。

「本当は、もう君に会えないのではないかと怖かった」

「……は? なんで?」

「あんな形で君の身体を奪ってしまった。痛い思いもさせただろう。もう家に入れてもらえないのではないかと思っていたが……君からメールの返事が来て安堵した。拒絶されていなくてよかったと」

「勘違いすんなよ? 今日だけ特別なんだ」

 腕を解いたタケルに口付けられる。
 ……大丈夫だ。
 アニキのことを想えば不快感もない。
 オレの身体もシャンプーの影響で興奮してきた。

 徐々に深くなるキス。
 荒くなる息遣い。
 ソファへと押し倒される。

 ……パスカルが全く同じことをしたなんて。
 タケルは絶対、夢にも思わない。


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