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7【side.タケル】――ノア/黒
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しおりを挟む――取り返しのつかないことをしてしまった。
愛する人を。
自らの欲望で穢してしまった。
何故こんなことに。
ノアの腹部は、彼から溢れたもので濡れている。脱ぎ捨てた自分のシャツで拭き取ってやると、ノアは何故か狼狽した様子で上半身を起こした。
「お、お前っ。なに汚いことしてるんだよっ」
「……汚い?」
「自分の服で拭かなくてもいいだろっ。そっち」
ノアが指さしたのは僕の斜め後ろ――ベッド脇のサイドテーブルにティッシュの箱が乗っている。
頭が回らなかった。
ただ目の前にある布で、僕が溢れさせてしまったものを拭い取ることしか考えられなかった。ノアが不安そうな瞳で僕を見つめている。
「お前、めちゃくちゃ震えてるじゃん。寒いのかよ」
指摘されて初めて気付いた。
全身の震えが止まらない。
自分の犯した過ちを受け入れることができない。
僕はエリック先生の代わりを務めるために来た。下心など微塵もなかった。ノアを見守るという責務を無事遂行することだけ考えていた。それなのに――。
気が付いたときには。
ノアを抱き締めていた。
その時点では幾許かの理性が残っていた気もするが。
ノアの身体が反応し始めたこと。彼の表情もいつしか興奮に支配されているように見えたこと。
止まることができなかった。
止まらなければならないという考えすら浮かばなかった。
そして。
互いに興奮から解放された今。
僕はみっともなく全身を震わせ、裸でベッドの上に座っている。
「――おいっ。シカトすんなっ」
「……すまない。何だ?」
「寒いのか、って訊いたの!」
「……そうだな」
「なら布団かぶれよ――って、なんでオレが気を遣わなきゃいけないんだ? お前みたいな最低教師、風邪引いて三日くらい寝込んじまえっ」
ノアは布団の上から服を拾い集めて着ると、ベッドから降りた。反射的に呼び止める。
「どこへ行くんだ」
「洗いに行くに決まってんじゃん。お前もそのシャツ、あとで洗濯機に入れろよ? オレは片付けてやらないからなっ」
「……ここはノアの部屋か」
「は? なに言ってんの?」
「……本当に申し訳ない。自分がどんないきさつでこの部屋に来たのか分からないんだ」
「ちょ、お前……マジで言ってんの? 無理やり引っ張ってきたくせに」
自分が恐ろしい。
たとえ泥酔しても記憶を失うことなどなかったのに。こんな経験は初めてだ。
眩暈のような。
熱に浮かされているかのような。
脳が揺れているかのような。
不安定な感覚が抜けない。
思考回路が崩れかけている。
自分が何を考えているのか。
何を考えるべきなのか。
分からない。
ひとつだけ確かなことは。
自分の思考回路が。
崩壊しそうになっていることだけ――。
ノアはベッドに戻ってくると、「仕方ねーな」とぼやき、投げつけるようにして布団をかぶせてくれた。
扱い方は冷たくても。
心の温かさが伝わる。
こんなに優しい君を。
僕は。
合意なく犯したのだ。
こんな人間は放置されて当然なのに。
ノアの優しさが愛おしくて、痛い。
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