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「では、ハインはヴァレンロード家の分家ということですか?」
「そうです。本家は代々王族に仕えておりまして、他いわゆる分家にあたる我々はそれぞれ公爵家など上位貴族に仕えます」
ヴァレンロード侯爵家。
貴族教育で覚えたその名は、ハプスブル王国騎士団で代々騎士団総長を務める一家だ。
ヴァレンロード侯爵家の血縁者は皆騎士団で功績を残しており、武技や魔術に優れる血筋である。
貴族の中で唯一、複数の爵位継承が認められた一家。
ヴァレンロードの卓越した力を敬称させるためだとかなんとか。
「……私は伯爵です。ハイン様のような方に仕えて頂ける立場ではございません」
「分家は独立し新設した家族。
つまり、別に仕えたい君主を見つけた場合、ヴァレンロードを背負い自ら独立するのです」
「ということは、ハイン様は……」
「この度独立し、ヴァレンロード子爵となりました。
でなければ、元他国であり魔物がいる領地の騎士団長になれませんから」
なので敬称は不要であり、モリガン様の方が上位であると。
既に私はモリガン様の副伯、なんなりとお申し付けくださいなんて笑っていた。
「難地である我が領に何故……」
ヴァレンロード侯爵家ならば引く手数多のはず。
あえて、まだ出来たばかりのブルゴー騎士団の団長など志願されたのか私には分からなかった。
「何故か分かりませんか……?」
「え?」
ハインは歩いていた足を止めて見つめてきたので、私も思わず足を止めた。
え? どういうこと?
魔王討伐の旅を共にした騎士団員は総勢10名。
その内、秀でて強かったのはハインさんだった。
イケメンで強いなんて素敵! けど私は討伐後日本に帰るからと、その気持ちを押し込め消した。
そんなモロタイプの男性が熱い視線を注いでくる。
沈黙が続く。
と思いきや、辺りは何やらとても騒がしいくて雰囲気ぶち壊し。
それもそのはず。
魔物が結界に弾かれ、声を上げているから、私とハインさんが黙っていると、断末魔が横入りしてくるという。
あまりにもシュールな雰囲気に、ハインさんは苦笑いを浮かべた。
「閣下、こちらが結界を維持する王国魔術師団の方々です」
そして、何事もなかったかのように歩き出した。
案内されたそこは要塞の際。
要塞と並行に数名が立ち、一定距離を保ちつつ魔法陣を消さないようにしていた。
魔法陣には上位魔法が組み込まれていて、幻想的な程美しい。
「……なんて高度な魔術。
2……いや、4つの上位魔術を組み合わせているのね」
「さすがはかの有名な勇者様だ。
この魔法陣の内容を読み取れるだけでも王国魔術師に匹敵しましょうぞ」
部下を後ろに控え現れたのは、王国魔術師団第四隊長、ガーラン・ホーエナウ伯爵。
50代男性で、ちょい小太り。
「はじめまして、私モリガン・ブルゴー伯爵と申します。
王国魔術師団のご助力、心より感謝申し上げます」
見よ! 淑女の礼!
貴族令嬢にはない全身の筋肉が、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
綺麗な礼だと、あの宰相に唯一褒められたんだ。
「……ほう。
魔王を討伐されたとは思えない、華麗な方ですな」
「ふふ、ありがとうございます」
褒められた?それとも品定め中?
貴族のやり取りは必ず裏があると殿下が仰っていた。
上辺に騙されないよう、アンナからもきつく言われているもんね。
「結界の様子はいかがでしょうか?」
「結界に体当たりする魔物がおりますが、どれも小物ですな。
中には結界に弾かれ消えるものまでいる。
強者は最奥にいるのだろう」
「同意見です」
魔物だって馬鹿ではないだろう。
意思を持ち、生きているのだから。
強者は知恵を持ち、弱者の様子を見ているに違いない。
支配者がいない今、魔物たちはどうしているのだろう。
「それにしても、ブルゴー伯爵は強運ですね。いやはや実に羨ましい」
「……それは褒め言葉として受け取っても良いのでしょうか?」
「褒め言葉ですよ。何せ新領の騎士団にあのヴァレンロード侯爵の分家が長として配下に加わったのだからな。
しかも彼はヴァレンロード侯爵当主が認める実力の持ち主だと聞いている。
実に羨ましい限りだ」
「良き人に恵まれ、感謝しておりますわ」
おお、これが貴族の嫌味というやつか!
遠回しに、宝の持ち腐れと言っている。
新参者、無知な小娘に領政などできるはずないと嘲笑っているのが分かる。
そんなの私自身が嫌という程感じているし、望んだわけでもないんだけど。
だって私、異世界人だもん。
日本へ帰りますよ?
「ご存知かもしれませんが、来月に撤退することが決まりました」
「え!? それは3ヶ月後ではありませんか?」
「予定はそうですな。
ですが私達は王国魔術師団。
やらねばならない為事は山ほどあるものでね」
伯爵はご自慢の髭を触り嘲笑った。
そもそもブルゴー領は、ハインさんのおかげでようやく騎士団が立ち上がったばかりだ。
魔術師団はいない。そもそも魔術師が少なく、比率でいうと騎士団7:3魔術師のため、ハプスブル王国自体魔術師不足である。
そんな中、伯爵率いる王国魔術師団への王命は、ブルゴー領が魔物対策を確立するまで加勢するというもの。
つまり、明確な任期がなく、ブルゴー領主である私が「不要だ」といえば満了となる。
私が強く出れないのを理解した上で、伯爵は手を引くと言っているんだ。
自分に利益が無ければ、必要以上の労働はしないということ。
こいつ……利己主義だ!
きっとハインさんは心配して私を見ているんだろうなぁ。
アンナは笑顔のまま、きっと心の中で怒っていると思う。
殿下がいれば、伯爵を上手に煽動させ、期間延長できたかもしれない。
けれど私にはそんな術もない。
ただ、伯爵に心中バレないよう笑顔でいることしか出来ないなんて、私は領主としてあまりにも未熟。
伯爵一人説伏せることすらできないんだ。
これまで王国や他領が協力的なのは他でもない第三王子マクシミリアン殿下のお力があったからだということを嫌という程実感する。
私は所詮平和の国、日本で生まれ育った庶民の一人。
雇われる立場で、ただのOLだもん。
そのOLが突然社長どころか、市長になったようなもの。
相手はベテラン政治家だ。
同じ立場でも歴が違う。
「ホーエナウ伯───っ!?」
伯爵を呼びかける声を遮るかのように響いた鳥の声がして、不穏な雰囲気を背後に感じ、思わず振り返った。
肌がピリピリするような感覚。
これは間違いない。魔物だ。
「どうかしたのかね? ブルゴー伯爵?」
「隊長! 緊急事態です!!」
「何事だ」
「ホーエナウ伯爵、わたくし失礼致します!」
私は魔術師団員の話を聞かずに走り出した。
町に魔物が侵入したのかもしれない。
結界を飛び越えられる魔物がとうとう生れたのか。それとも強者が動き出した?
「モリガン様!」
「アンナは至急領民の安全地帯の確保を!
ハインさ……いえ、ハイン、貴方は私と共に。
騎士団員は領民の保護を最優先で」
「かしこまりました。直ちに安全地の確保を」
「閣下、移動はいかがしますか?」
ハインは騎士団員に指示を出し戻ってきた。
「馬に乗る。騎士団から馬を借りる」
乗馬が出来るようになったのは、こちらに来てから魔王討伐の旅をするのに必要不可欠だったため、練習した。
乗馬するための筋力値を上げたるため、朝の鍛錬が厳しくなったのは言うまでもない。
騎士団が有する馬に乗り上げ走り出すと、遠くからでも分かるほど巨大な水鳥がいる。
「あれは…」
「モリガン様、どうなさいます?」
「この子お願いね」
馬を降り、綱をハインに渡し、私は腰に携えた細剣を抜いた。
「モリガン様! まさかお一人で」
「誰に言っている。
私はここの主人であり、勇者だ」
止めるハインの声を無視して走り出し、水鳥へ向かう。
すれ違う人々が驚愕な表情を浮かべているのを無視。そこの隊員、しっかり誘導しなさいよ。
「ブルゴー伯爵?
ハッ……一人で向かうなど命知らずなことをしよる」
数名の隊員を連れて、遅れてやってきたホーエナウ伯爵は立ち向かっていくモリガンの後ろ姿を見て呆れていた。
どうせ無理に決まっていると、嘲笑っているのだ。
「……そうでしょうか?」
「何?ヴァレンロード子爵、お主はあの小娘がたった一人で倒せると申すのか」
水鳥に相対したモリガンは襲ってくる爪を細剣で弾き返し、足を切り込む。
左手で矢のように放たれた羽を切り落とし、右手で目を射抜く。
「ははっ。魔王を倒したなど、所詮は我々魔術師団が瀕死まで追いやっていた所を横から掻っ攫っただけだろう。
あの小娘が倒したなど、ホラ吹きもいい所。
勇者など言われ褒美まで与えられ、私の功績を横取りしたのだ。
許しがたい!」
「なるほど、それが本音ですか」
「なんだと?
お前、ヴァレンロード家の人間だからとて、今は子爵であろう?
不敬罪と処されたいのか!」
「それならそれで結構です。
貴方こそ、不敬罪で処されますよ?
ホーエナウ伯爵」
「なんだと!?」
水鳥の声と勇者の剣音が痛々しく耳に届く中、ホーエナウ伯爵の言葉を周りが聞いていることに気付いているだろうか。
ハインはほくそ笑み伯爵を見据えた。
「あの時、我がヴァレンロードでも急死の傷をくれてやれなかったのだ。
魔術師団、しかもたかが第四部隊が瀕死だと?
笑わせるな」
「貴様…!!」
「満身創痍だった我らを守るかのように立ち、一人魔王に向かって行ったのは、他でもない彼女だ。
細剣をあの様に光らせ、ようやく魔王に傷を負わせた。
怯んだところを我々が加勢し討伐したのだ。むしろ横取りしたのは我々と言われてもおかしくないだろうな」
見ればモリガンの細剣は雷を宿したかの様に青白く光っている。
「あ、あれはなんだ…。
まさか、剣に属性付与をしているのか?
ありえん! それは歴代の魔術師総長でも不可能だったはず!
あんな小娘が…」
「そのまさかですよ。ホーエナウ伯爵。
彼女は魔術で相手に適した属性を付与し、男に敵わぬ腕力を補い、致命傷を負わせる。
彼女の力は特別だからな。こちらの世界の奴がどれほど努力しても辿り着けない領域だろう」
「そんな……あんな小娘が」
「何故ご存知ないのです?
あの戦にいた者は誰もが知っているはずだ。
……あぁ、そういえばホーエナウ伯爵、あなた気絶していましたね。
だからご存知ないのですね。
彼女の……勇者モリガンの強さを」
「……っ!!」
淑女として磨かれ始めたモリガンは強者に見えるはずもなく、何故こんな女が勇者などと言われているのか不服だった。
だから王命とはいえ、彼女に従う様な為事も早々に手を引こうと思った。
「隊長!!」
「!?」
魔物自体全長が民家2軒分の大きさがあるため、羽といえど人間からしたら槍のようなものだ。
その羽が魔物の力によって目にも留まらぬ速さで自分に向かってくる。
詠唱を唱える暇などない。
逃げることも忘れ、身体が金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
「理解したか? 第四部隊長殿」
ハインの声に我に返ると、足が震え立って居られずその場に座り込んだ。
足元には細剣が落ちていた。
「た、助かった……」
「言っておくが私ではないぞ」
振り返ればハインの剣は鞘に収まったままだ。
「な、なら誰が……」
「それを見たら分かるはずだが?」
羽に剣が刺さり、剣を中心に焦げ始めている。
モリガンを見れば、真っ赤に染まった剣を振り上げ、水鳥の首を切り落としていた。
紅い剣。火属性が付与されているのか、水鳥の首も焦げて見える。
「あんな所から……どうやって……」
「さあな? 私には分かりませんよ。
けれど一つ言えることは彼女は疑う事なき勇者であるということです。
……私が惚れた、ね」
ホーエナウ伯爵を守ることなど容易だった。
だがハインは敢えて助けなかった。
伯爵はモリガンの実力を信用せず、功績に嫉妬し、虚偽の発言をしたため、お仕置きをしてやろうと剣を構えなかった。
するとどうだろう。
モリガンは片方の剣をこちらに投げて、水鳥の羽を止めたのだ。
惚れ惚れするほどの洗礼された動きだ。
これぞ私が惚れた女性。
異世界から来た我が国を救う若き英雄。
「ハイン! ホーエナウ伯爵!
お怪我は?」
そんな事より自分の心配をして欲しいものだ。
服が羽で裂けてしまったのか、色白の肌が所々覗いているじゃないか。
そんなこと、気にも止めずにモリガン様は近付き、無防備にも白い肌を晒している。
「お陰様で無傷です。
助太刀するのも邪魔かと思い参戦しませんでした。申し訳ありません」
「平気です。
あの程度なら私一人で倒せますから」
ホーエナウ伯爵の下にあった細剣を拾い上げ、剣を振り汚れを落とすと静かに鞘へ納めた。
「町も人も被害が少ないようです良かったわ」
辺りを見渡せば、こちらを見つめる人々の姿。
騎士団員から魔術師団員、領民までもが遠くから見ていたようだ。
「す、すごい!」
「あれが勇者? 領主って本当だったの!?」
「ママー! あのおねえちゃんかっこいいねー!」
モリガンと目があった周囲の人間から、ワッと歓声が上がった。
「!?」
「当然です。ブルゴー伯爵」
中には騎士団員や魔術師団員もモリガンの戦闘姿に興奮している。
な、なんか照れくさい。
「そうです。本家は代々王族に仕えておりまして、他いわゆる分家にあたる我々はそれぞれ公爵家など上位貴族に仕えます」
ヴァレンロード侯爵家。
貴族教育で覚えたその名は、ハプスブル王国騎士団で代々騎士団総長を務める一家だ。
ヴァレンロード侯爵家の血縁者は皆騎士団で功績を残しており、武技や魔術に優れる血筋である。
貴族の中で唯一、複数の爵位継承が認められた一家。
ヴァレンロードの卓越した力を敬称させるためだとかなんとか。
「……私は伯爵です。ハイン様のような方に仕えて頂ける立場ではございません」
「分家は独立し新設した家族。
つまり、別に仕えたい君主を見つけた場合、ヴァレンロードを背負い自ら独立するのです」
「ということは、ハイン様は……」
「この度独立し、ヴァレンロード子爵となりました。
でなければ、元他国であり魔物がいる領地の騎士団長になれませんから」
なので敬称は不要であり、モリガン様の方が上位であると。
既に私はモリガン様の副伯、なんなりとお申し付けくださいなんて笑っていた。
「難地である我が領に何故……」
ヴァレンロード侯爵家ならば引く手数多のはず。
あえて、まだ出来たばかりのブルゴー騎士団の団長など志願されたのか私には分からなかった。
「何故か分かりませんか……?」
「え?」
ハインは歩いていた足を止めて見つめてきたので、私も思わず足を止めた。
え? どういうこと?
魔王討伐の旅を共にした騎士団員は総勢10名。
その内、秀でて強かったのはハインさんだった。
イケメンで強いなんて素敵! けど私は討伐後日本に帰るからと、その気持ちを押し込め消した。
そんなモロタイプの男性が熱い視線を注いでくる。
沈黙が続く。
と思いきや、辺りは何やらとても騒がしいくて雰囲気ぶち壊し。
それもそのはず。
魔物が結界に弾かれ、声を上げているから、私とハインさんが黙っていると、断末魔が横入りしてくるという。
あまりにもシュールな雰囲気に、ハインさんは苦笑いを浮かべた。
「閣下、こちらが結界を維持する王国魔術師団の方々です」
そして、何事もなかったかのように歩き出した。
案内されたそこは要塞の際。
要塞と並行に数名が立ち、一定距離を保ちつつ魔法陣を消さないようにしていた。
魔法陣には上位魔法が組み込まれていて、幻想的な程美しい。
「……なんて高度な魔術。
2……いや、4つの上位魔術を組み合わせているのね」
「さすがはかの有名な勇者様だ。
この魔法陣の内容を読み取れるだけでも王国魔術師に匹敵しましょうぞ」
部下を後ろに控え現れたのは、王国魔術師団第四隊長、ガーラン・ホーエナウ伯爵。
50代男性で、ちょい小太り。
「はじめまして、私モリガン・ブルゴー伯爵と申します。
王国魔術師団のご助力、心より感謝申し上げます」
見よ! 淑女の礼!
貴族令嬢にはない全身の筋肉が、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
綺麗な礼だと、あの宰相に唯一褒められたんだ。
「……ほう。
魔王を討伐されたとは思えない、華麗な方ですな」
「ふふ、ありがとうございます」
褒められた?それとも品定め中?
貴族のやり取りは必ず裏があると殿下が仰っていた。
上辺に騙されないよう、アンナからもきつく言われているもんね。
「結界の様子はいかがでしょうか?」
「結界に体当たりする魔物がおりますが、どれも小物ですな。
中には結界に弾かれ消えるものまでいる。
強者は最奥にいるのだろう」
「同意見です」
魔物だって馬鹿ではないだろう。
意思を持ち、生きているのだから。
強者は知恵を持ち、弱者の様子を見ているに違いない。
支配者がいない今、魔物たちはどうしているのだろう。
「それにしても、ブルゴー伯爵は強運ですね。いやはや実に羨ましい」
「……それは褒め言葉として受け取っても良いのでしょうか?」
「褒め言葉ですよ。何せ新領の騎士団にあのヴァレンロード侯爵の分家が長として配下に加わったのだからな。
しかも彼はヴァレンロード侯爵当主が認める実力の持ち主だと聞いている。
実に羨ましい限りだ」
「良き人に恵まれ、感謝しておりますわ」
おお、これが貴族の嫌味というやつか!
遠回しに、宝の持ち腐れと言っている。
新参者、無知な小娘に領政などできるはずないと嘲笑っているのが分かる。
そんなの私自身が嫌という程感じているし、望んだわけでもないんだけど。
だって私、異世界人だもん。
日本へ帰りますよ?
「ご存知かもしれませんが、来月に撤退することが決まりました」
「え!? それは3ヶ月後ではありませんか?」
「予定はそうですな。
ですが私達は王国魔術師団。
やらねばならない為事は山ほどあるものでね」
伯爵はご自慢の髭を触り嘲笑った。
そもそもブルゴー領は、ハインさんのおかげでようやく騎士団が立ち上がったばかりだ。
魔術師団はいない。そもそも魔術師が少なく、比率でいうと騎士団7:3魔術師のため、ハプスブル王国自体魔術師不足である。
そんな中、伯爵率いる王国魔術師団への王命は、ブルゴー領が魔物対策を確立するまで加勢するというもの。
つまり、明確な任期がなく、ブルゴー領主である私が「不要だ」といえば満了となる。
私が強く出れないのを理解した上で、伯爵は手を引くと言っているんだ。
自分に利益が無ければ、必要以上の労働はしないということ。
こいつ……利己主義だ!
きっとハインさんは心配して私を見ているんだろうなぁ。
アンナは笑顔のまま、きっと心の中で怒っていると思う。
殿下がいれば、伯爵を上手に煽動させ、期間延長できたかもしれない。
けれど私にはそんな術もない。
ただ、伯爵に心中バレないよう笑顔でいることしか出来ないなんて、私は領主としてあまりにも未熟。
伯爵一人説伏せることすらできないんだ。
これまで王国や他領が協力的なのは他でもない第三王子マクシミリアン殿下のお力があったからだということを嫌という程実感する。
私は所詮平和の国、日本で生まれ育った庶民の一人。
雇われる立場で、ただのOLだもん。
そのOLが突然社長どころか、市長になったようなもの。
相手はベテラン政治家だ。
同じ立場でも歴が違う。
「ホーエナウ伯───っ!?」
伯爵を呼びかける声を遮るかのように響いた鳥の声がして、不穏な雰囲気を背後に感じ、思わず振り返った。
肌がピリピリするような感覚。
これは間違いない。魔物だ。
「どうかしたのかね? ブルゴー伯爵?」
「隊長! 緊急事態です!!」
「何事だ」
「ホーエナウ伯爵、わたくし失礼致します!」
私は魔術師団員の話を聞かずに走り出した。
町に魔物が侵入したのかもしれない。
結界を飛び越えられる魔物がとうとう生れたのか。それとも強者が動き出した?
「モリガン様!」
「アンナは至急領民の安全地帯の確保を!
ハインさ……いえ、ハイン、貴方は私と共に。
騎士団員は領民の保護を最優先で」
「かしこまりました。直ちに安全地の確保を」
「閣下、移動はいかがしますか?」
ハインは騎士団員に指示を出し戻ってきた。
「馬に乗る。騎士団から馬を借りる」
乗馬が出来るようになったのは、こちらに来てから魔王討伐の旅をするのに必要不可欠だったため、練習した。
乗馬するための筋力値を上げたるため、朝の鍛錬が厳しくなったのは言うまでもない。
騎士団が有する馬に乗り上げ走り出すと、遠くからでも分かるほど巨大な水鳥がいる。
「あれは…」
「モリガン様、どうなさいます?」
「この子お願いね」
馬を降り、綱をハインに渡し、私は腰に携えた細剣を抜いた。
「モリガン様! まさかお一人で」
「誰に言っている。
私はここの主人であり、勇者だ」
止めるハインの声を無視して走り出し、水鳥へ向かう。
すれ違う人々が驚愕な表情を浮かべているのを無視。そこの隊員、しっかり誘導しなさいよ。
「ブルゴー伯爵?
ハッ……一人で向かうなど命知らずなことをしよる」
数名の隊員を連れて、遅れてやってきたホーエナウ伯爵は立ち向かっていくモリガンの後ろ姿を見て呆れていた。
どうせ無理に決まっていると、嘲笑っているのだ。
「……そうでしょうか?」
「何?ヴァレンロード子爵、お主はあの小娘がたった一人で倒せると申すのか」
水鳥に相対したモリガンは襲ってくる爪を細剣で弾き返し、足を切り込む。
左手で矢のように放たれた羽を切り落とし、右手で目を射抜く。
「ははっ。魔王を倒したなど、所詮は我々魔術師団が瀕死まで追いやっていた所を横から掻っ攫っただけだろう。
あの小娘が倒したなど、ホラ吹きもいい所。
勇者など言われ褒美まで与えられ、私の功績を横取りしたのだ。
許しがたい!」
「なるほど、それが本音ですか」
「なんだと?
お前、ヴァレンロード家の人間だからとて、今は子爵であろう?
不敬罪と処されたいのか!」
「それならそれで結構です。
貴方こそ、不敬罪で処されますよ?
ホーエナウ伯爵」
「なんだと!?」
水鳥の声と勇者の剣音が痛々しく耳に届く中、ホーエナウ伯爵の言葉を周りが聞いていることに気付いているだろうか。
ハインはほくそ笑み伯爵を見据えた。
「あの時、我がヴァレンロードでも急死の傷をくれてやれなかったのだ。
魔術師団、しかもたかが第四部隊が瀕死だと?
笑わせるな」
「貴様…!!」
「満身創痍だった我らを守るかのように立ち、一人魔王に向かって行ったのは、他でもない彼女だ。
細剣をあの様に光らせ、ようやく魔王に傷を負わせた。
怯んだところを我々が加勢し討伐したのだ。むしろ横取りしたのは我々と言われてもおかしくないだろうな」
見ればモリガンの細剣は雷を宿したかの様に青白く光っている。
「あ、あれはなんだ…。
まさか、剣に属性付与をしているのか?
ありえん! それは歴代の魔術師総長でも不可能だったはず!
あんな小娘が…」
「そのまさかですよ。ホーエナウ伯爵。
彼女は魔術で相手に適した属性を付与し、男に敵わぬ腕力を補い、致命傷を負わせる。
彼女の力は特別だからな。こちらの世界の奴がどれほど努力しても辿り着けない領域だろう」
「そんな……あんな小娘が」
「何故ご存知ないのです?
あの戦にいた者は誰もが知っているはずだ。
……あぁ、そういえばホーエナウ伯爵、あなた気絶していましたね。
だからご存知ないのですね。
彼女の……勇者モリガンの強さを」
「……っ!!」
淑女として磨かれ始めたモリガンは強者に見えるはずもなく、何故こんな女が勇者などと言われているのか不服だった。
だから王命とはいえ、彼女に従う様な為事も早々に手を引こうと思った。
「隊長!!」
「!?」
魔物自体全長が民家2軒分の大きさがあるため、羽といえど人間からしたら槍のようなものだ。
その羽が魔物の力によって目にも留まらぬ速さで自分に向かってくる。
詠唱を唱える暇などない。
逃げることも忘れ、身体が金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
「理解したか? 第四部隊長殿」
ハインの声に我に返ると、足が震え立って居られずその場に座り込んだ。
足元には細剣が落ちていた。
「た、助かった……」
「言っておくが私ではないぞ」
振り返ればハインの剣は鞘に収まったままだ。
「な、なら誰が……」
「それを見たら分かるはずだが?」
羽に剣が刺さり、剣を中心に焦げ始めている。
モリガンを見れば、真っ赤に染まった剣を振り上げ、水鳥の首を切り落としていた。
紅い剣。火属性が付与されているのか、水鳥の首も焦げて見える。
「あんな所から……どうやって……」
「さあな? 私には分かりませんよ。
けれど一つ言えることは彼女は疑う事なき勇者であるということです。
……私が惚れた、ね」
ホーエナウ伯爵を守ることなど容易だった。
だがハインは敢えて助けなかった。
伯爵はモリガンの実力を信用せず、功績に嫉妬し、虚偽の発言をしたため、お仕置きをしてやろうと剣を構えなかった。
するとどうだろう。
モリガンは片方の剣をこちらに投げて、水鳥の羽を止めたのだ。
惚れ惚れするほどの洗礼された動きだ。
これぞ私が惚れた女性。
異世界から来た我が国を救う若き英雄。
「ハイン! ホーエナウ伯爵!
お怪我は?」
そんな事より自分の心配をして欲しいものだ。
服が羽で裂けてしまったのか、色白の肌が所々覗いているじゃないか。
そんなこと、気にも止めずにモリガン様は近付き、無防備にも白い肌を晒している。
「お陰様で無傷です。
助太刀するのも邪魔かと思い参戦しませんでした。申し訳ありません」
「平気です。
あの程度なら私一人で倒せますから」
ホーエナウ伯爵の下にあった細剣を拾い上げ、剣を振り汚れを落とすと静かに鞘へ納めた。
「町も人も被害が少ないようです良かったわ」
辺りを見渡せば、こちらを見つめる人々の姿。
騎士団員から魔術師団員、領民までもが遠くから見ていたようだ。
「す、すごい!」
「あれが勇者? 領主って本当だったの!?」
「ママー! あのおねえちゃんかっこいいねー!」
モリガンと目があった周囲の人間から、ワッと歓声が上がった。
「!?」
「当然です。ブルゴー伯爵」
中には騎士団員や魔術師団員もモリガンの戦闘姿に興奮している。
な、なんか照れくさい。
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