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第二章 守衛の捧女《ガーディアン・オファー》

31聖女

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カイ達は王都を出て、ある程度進んだ後人目が無いのを確認すると転移を行う。
流石にデスティ山まで歩いていくには時間が無かった。
普通に歩くと一日、全力で身体強化しても半日。これだと約束の夕方までには絶対に間に合わない。
ゆえに転移魔法を使うことにしたのだ。

使ったのは転移魔法。カイ達が一週間ほど前に習得したばかりのものだ。
古文書によると空間魔法に分類される魔法だ。
空間と別の空間を歪ませ、繋げることで完成する魔法が転移魔法。
空間と空間をつなげるイメージが湧かず、四苦八苦したのは記憶に新しい。
努力実って転移魔法を完成させたときは大喜びしたものだ。

目の前の空間が歪み、目の前の景色が何も無い野原から一面に赤い実が広がるデスティ山に変わる。

「おー。壮観壮観。むっちゃいっぱいあるじゃねえか。誰も取りに来てないのか?」

「カイ、忘れたの?ここまでの道中でBランクモンスターが確認されたって話。それがあるから誰もきてないんだよ」

「あー、ロイドさん達が明日討伐に行くって行っていたやつか。まあ、ロイドさん達なら楽勝だろ」

カイは木に近づき、赤い実をひとつもぎ取る。
その実を魔法で出した水で洗浄し、口に入れる。

「ん~、旨い!!やっぱこれだよな~。これぞ庶民の甘味!」

「大げさな気もするけど……それにカイ、夜にアイテムボックスに保存しているやつ毎日食ってるじゃないか?何で久しぶりに食ったみたいな雰囲気を醸し出すのさ」

カイはチッチと指を振る。

「甘いな、シュミル。お前はお坊ちゃんだったからわからないかもしれないが、俺達にとって甘味というものは癒しなんだ。口に入れるたび感激するのは当然だろ?」

「だからって言って。毎日大げさな反応されてもね………」

呆れた様子でシュミルは呟く。
カイはそんなシュミルにお構いなしと次から次へロイドベリーを取ってはアイテムボックスに放り込む。
時折洗って食っては声を上げる。

「おい!シュミル。お前も取れよ。ここ一面駆りつくすんだから」

「そんなことしたら、他の冒険者がロイドベリー取れなくなって困っちゃうよ」

「大丈夫だって、冒険者が来るのは早くても三日後だろ?それまでにはまた実をつけてるって。

ロイドベリーが庶民に愛される果物となったのは、この早熟性だ。
特定の場所でしか取れない分、一度取られても二日三日でまた新たな実をつける。
また、一年中実り続けるため供給が絶えることは無い。

カイとシュミルは一面に実っていたロイドベリーを刈りつくす。
ちらほら残っているのはまだ熟しきっていなかった実だ。

「ははははは、大量大量」

カイはロイドベリーでいっぱいになったアイテムボックス――容量無制限なのでいっぱいになったという表現は不適切かもしれないが――を叩いて高笑いをあげる。
シュミルはそんなカイを見て、ため息を吐く。

「シュミル!この先にある広場でいくつか食おうぜ!こんだけ取ったんだ。少しくらい食っても問題ないだろう?」

「はあ、三十分だけね。食べる量も少しだよ」

「了解了解」

軽やかな足取りで、カイは山を登り始める。
登ることわずか三分。カイ達は花畑につく。
Bランクモンスターによりここに来る者はいないのか、いつもは少しばかり冒険者の姿が見えるこの場所に他の冒険者の姿はなかった。
カイたちはそんな花畑の一角に腰を下ろし一息つく。

「カイ早く出してくれ」

「なんだ、お前呆れかえっていたくせに欲しいのか?」

「僕はカイの行動に呆れていただけだよ。カイがロイドベリーを食べることに呆れていた訳ではないよ」

「はいはい、ほらよ」

カイはアイテムボックスから三つほどのロイドベリーをシュミルへ放り投げる。
シュミルはバラバラに飛んでくるロイドベリーを器用に掴み取り口に放り込む。

「うん、旨い!」

シュミルはロイドベリーの美味しさに思わず声を上げる。
手に持っていた三つのロイドベリーは瞬く間になくなってしまう。

「カイもう少し出して」

「お前、さっき少しだけにしようって言ったじゃないか……」

今度はカイが呆れる番だった。
しょうがないなと言いつつアイテムボックスから更に三つのロイドベリーを取り出す。
シュミルはそれを受け取るとおいしそうに頬張る。

「そういえば昨日手に入れた古文書はなんかあった?」

シュミルはロイドベリーを一個ずつゆっくりと食べながら、尋ねる。
昨日カイがあれほど熱心に読んでいた古文書には何かいい情報が合ったのではないかと予想してだ。
だが、シュミルの予想とは違いカイは首を横に振る。

「いや、小説と実用書だった。実用書のほうは商会の経営方法などがメインだからあいつらに渡そうと思う」

「それはいいね。泣いて喜ぶと思うよ。それで、小説のほうは?」

「テイマーと聖女セイントの恋を描いた物語だ。モンスターテイム以外ほとんどフィクションだったからあまり使えないな」

「テイマーはわかるけど聖女セイントって何だ?」

シュミルははじめて聞く言葉にロイドベリーを口にくわえながら首をかしげる。
カイはその姿に苦笑する。

聖女セイントって言うのは回復魔法の使い手だよ。それも部位欠損でも瞬時に直してしまうようなね。古文書には蘇生すらできたって書いてあったよ。どこまで本当かわからないけどね」

「つまり聖女セイントは人を生き返らせる力を持っているって事か!?」

シュミルは目を輝かせる。
彼が目を輝かせている要因は先ほど言った蘇生という言葉だろう。
シュミルは蘇生に関して予想以上の反応を示すことがある。
誰か生き返らせたい人でも居るのか、それとも……
カイはそこで思考を打ち切り被り振る。
シュミル自身が話したがらない過去をあれこれ推測するわけには行かない。

「蘇生って言っても物語では聖女自身の命を代償にしているからな。そう簡単には使えないだろう。まあ、そう簡単に人を生き返らせられたら苦労しないわな」

シュミルに明らかな落胆の色が現れる。
その反応を横目に見つつ、カイは何がシュミルにそんな反応をさせるのかを聞きたい衝動に駆られる。
だが、蘇生に関する話題はおそらくシュミルの貴族嫌いに関連するとカイはにらんでいる。
一体何があったのだろうか。カイはそう尋ねたい衝動を押し殺して説明を続ける。

「それに今の聖女セイントはそんな力は絶対にない。聖女セイントという制度は今もリトリアル王国に残っているがそれは表面上だけだ。教会は回復魔法がちょっと使える美女を聖女セイントに仕立て上げ金儲けしているんだ」

「どうやって?回復魔法が使えなきゃ意味が無いじゃないか」

「だから美女なんだよ。貴族達は心労の回復という名目で聖女セイントを呼び出し、犯してんだ。貴族達には専用の回復魔道師を抱えている。教会が聖女セイントで金儲けするにはそっち方面でしか使えないんだ。しかも貴族も貴族だ。娼婦より安上がりで済むから聖女セイントばかりを犯すんだ。おかげで聖女セイントは五年に一回は変わる。みんな死んでしまうんだ。自殺や疲労原因は様々だがな」

「ひどい……」

その情景を想像したのか、青い顔を浮かべながらシュミルが呟く。
聖女セイントになるものは誰もがなりたくてではない。
だが、誰も教会の威光・貴族の圧力に逆らえないのだ。
そして一人、また一人と犠牲になる。それがリトアリア王国の聖女制度の実態だ。
現国王はこの制度の撤廃を主張しているが、貴族達の反対により実現はほぼ不可能だといわれている。
カイは、騎士学校に入る前に一度だけ会った国王の顔を思い出し、はぁとため息を吐く

「カイ、これからどうするつもりなんだ?」

そんなカイにシュミルは残り一個となったロイドベリーを名残惜しそうに食べながらカイに問いかける。

「何が?」

「これからだよ。いつまでもDランクって訳にはいかないだろう?僕たちの目的は終極の地アルティメト・ランドだ。手に入る古文書からはほとんど情報が入らない以上、自分の足で探すか若しくは他の方法を模索するしかしないといけないだろ?」

カイ達は古文書のコレクターとして様々な古文書をいろんな方法で手に入れている。
だが、いまだに終極の地アルティメト・ランド有益な情報は手に入っていなかった。
カイが通っていた騎士学校の禁固書にすら有益な情報は無かったのだ。
そう簡単に見つかるはずも無い。

「そうしたいのは山々だが、自分の足で動くには実力がなさすぎる。それに俺の我侭だし、受け入れてもらえるかもらえないかは別としてメルも迎えに行きたい。それらを達成するためには今のままロイドさん達に鍛えて貰っていたほうがいいだろ?」

「そうだけど………」

残念そうな表情を浮かべるシュミル。

「何か問題でもあるのか?」

「いや、せっかく冒険者になったのにそれらしい冒険をしていないなって思って」

空を見上げてシュミルがつぶやく。
カイ達は冒険者になってからも安全な依頼のみを受けていた。
それはCランクになるのをできる限り遅らせるためだ。他にも簡単に死なないように訓練で基礎を固めることを重視しているからというのもある。
故に街中依頼がほとんどで討伐依頼など数えるほどしか受けていない。

「確かにな。それなら一個討伐依頼受けてみるか?いや、帰りにBランクモンスター……確か柘榴鼻之熊スピークレッドベアーだっけ、それを倒して帰るか」

柘榴鼻之熊スピークレッドベアーというのは二メートルを超える巨体とその赤い鼻が特徴な熊のモンスターだ。
まるで酔っているかのように予測不可能な動きで攻撃を加えてくるため赤い鼻とあわせて柘榴鼻之熊スピークレッドベアーの名前がつけられた。
予測不可能の攻撃はかわすことができれば熊に隙ができチャンスになりうるのだがそれがなかなか難しい。
変な動きの癖にスピードパワーがあるからだ。攻撃の予測ができないという部分も討伐が難しいひとつの要因だ。

だが、カイは勝てると踏んでいる。
今の実力ならばBランクモンスター一匹くらいならば何とかできる自信がある。
流石に一人での討伐は無理だろうが、二人居る。
その上Aランク冒険者に一年間鍛えてもらっているため、Bランクモンスターに遅れを取ることは無い。
ただ、勝負は何があるかわからないためできる限り避けたいというのがカイの本心だ。

そんな風に考えるカイにシュミルは苦笑する。

「流石にそこまで時間はないよ。今日の夕方までに帰らなきゃいけないんだから」

日はもう既に傾き始めている。
Bランクモンスターを倒していると日が暮れるのは確実だ。
夕方にロイドベリーを引き渡す約束をしている以上、帰らなくてはならない。

「まあ、また今度にしよう。機会はあるさ」

「そうだな、そろそろ帰ろうぜ。余裕はあったほうがいいからな」

「そうだね。………ん?あれは……」

カイは花畑の中央に何かを見つける。それは……

「……女の子?」



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