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第一章 縛者の跳躍《スプリング・オブ・バインダー》
19ヒーロー初陣
しおりを挟む「シュ……グリーン!!オークを任せた!!」
「うん、わかったよカ……レッド!!暗殺者を頼んだよ!!」
変声機により声が幾分か低くなった二人が行動に移る。
シュミルは広場のいまだに門の外側に居る一体の支配種、二体の上位種を含むオークの元へ。
カイは吹き飛ばされ門の近くに倒れている、暗殺者の下へ。
「全員負傷者の避難を行え!!先に魔力体力を回復しろ!!」
暗殺者を感知した能力、またその身体能力からカイ達が強者と判断したラインは兵士たちに回復優先とけが人救助の指示を出す。
兵士たちも突然現れたカイ達を奇妙な目で見つつも、敵ではないと判断したのかラインの指示に従う。
その一方カイは暗殺者達に攻撃を始めていた。
「はあああっ!!」
右手に握った剣を倒れている暗殺者に頭目掛けて振り下ろす。
暗殺者は手に握った短剣で受け止めるが、パワーの差ゆえに弾かれる。
そして、カイの剣が暗殺者を切ろうとした瞬間、カイは飛び上がりその場を離脱する。
カイがいた場所に突き刺さっていたのは一本の矢。その先は毒で紫に染まっている。
「なんでかわせるんだよ」
ぶっきらぼうな物言いで茶色いフードをかぶった男が姿を現す。
その手にはカイには見えない何かが握られていた。
「魔道具か……」
カイは不意打ち気味に見えない何かに向け短剣を投擲する。
だが、短剣は見えない何かに当たることはなく、その奥の地面を穿つ。
「クレイジーなヒーロー様だな。いきなりナイフをなげるか?」
これまでのやり取りの間に回復したのだろう。
黒いフードをかぶった男がほこりを払いながら立ち上がっていた。
「なるほど、その魔道具の効果は『生き物以外の全物質透過』に『着衣者の姿を不可視にする』ってところか」
「素晴らしい。出会ってから数分しかたっていないのに効果を看破するとは。随分と鋭い洞察力じゃねえか」
「スピアさっさと餓鬼を始末するぞ。俺達の目標はこいつじゃねえ」
黒フードの男が茶色フード――スピア――呼びかける。
同時に黒フードの姿が消える。魔道具を身につけたのだ。
「了解カルム。坊主残念だがお前の相手はしていられない。また後でな」
スピアは何かを羽織るようなしぐさを見せ、姿を消す。だが、カイには二人の位置をはっきりと捉えられていた。
カイはカイの右から領主の下へ行こうとする黒フード――カルム――のほうへ駆け出し、その首筋目掛けて剣を振るう。
「うぉお!?」
体をそらすことでカルムはカイの剣をかわす。
その間に左側へと走り出していたスピアが領主の下へたどり着かんとする。だが、
「ウッ!」
その前に地面から現れた土の槍に体を吹き飛ばされスピアは元いた場所へと吹き飛ばされる。
カルムも同様だ。剣をかわしたことで体勢を崩したカルムに、カイが放った掌底がクリーンヒットし吹き飛ばされていた。
「何故、俺達の位置が追える!!」
ふらつきながらも立ち上がった二人は回復薬を口に含みながら問いかける。
カイは二人に向かった悠然と歩きながら、答えを返す。
「お前らのその魔道具は着衣者を不可視にするだけだ。走る音、呼吸の音、そして魔力などを感知できないような仕組みにはなっていない」
「俺達の音を捉えたってのか!?」
カルムとスピアは曲がりなりにも暗殺者。
無音での移動法も身につけているし。呼吸音もほとんど感じさせず走ることができる。
だが、まったく音が出ないわけではない。
カイはその微かな音を完璧に捉えていた。
カイは問答無用といわんばかりに暗殺者へ向け火の玉を放つ。
二人は左右に避け、顔を見合わせる。
「まずあいつを潰すぞ」
「ああ、俺が切り込む。お前は隙を狙ってあれを放て」
「了解」
カイは二人に作戦会議をさせる余裕を与えていた。
圧倒的力でねじ伏せることを後ろの領軍に見せ付ける必要があったからだ。
「ッシ!!」
スピアが両手に短剣を持ち、カイへ切り込んでくる。
相変わらず姿は見えないが、カイは視覚以外の五感全てをフルに活用し相手の動きを完璧に捉える。
スピアの持つ短剣が縦横無尽にカイに降り注ぐ。だが、カイはその全てを剣で弾くないしはかわすなどして全て切り抜ける。
「ック!!」
まるで壁を相手取っているかのような感覚を抱きながらも、スピアあ攻撃を加え続ける。
その一撃一撃は軽い。あくまでスピードを重視した攻撃だ。
スピアはカイの懐にもぐりこみ、短剣を振るっている。
リーチ、手数それらは勝っているはずなのにカイにかすり傷一つつけられない。
そんな事実に焦燥に駆られながらもなお短剣を振り続ける。
「軽い、それに隙が多い」
カイのそんな言葉を耳にした瞬間スピアの体が吹き飛ぶ。
カイに蹴られたのだとスピアが気づいたのは吹き飛ばされた後だった。
血反吐を吐きながら、地面に体を打ち付ける。
「上級の冒険者を相手に勝利したと聞いたからそれなりに期待はしていたんだが……はずれだったな」
はずれ、カイにそんな風に馬鹿にされてスピアが黙っているはずも無い。
痛む体に鞭打ち起き上がり、怒鳴る。
「だれが外れだああああああああああああ!!」
スピアは持っている投擲武器全てをカイに向け放つ。
だが、カイはそれら全てを無表情に剣で払った。
「外れだろ。剣の動きがなっていない。体も暗殺者にしては未熟なところもある。おおよそ、魔道具の性能にかまかけてまともに訓練してなかったんだろ?」
図星を言い当てられてスピアが押し黙る。
カイはそんなスピアの様子を面白くなさそうに見る。
「魔道具に頼り切って、強さも速さも中途半端なお前らに本気出す必要もかんじねえ」
カイはいまだ投げられる、投擲武器の間をかいくぐり、スピアの元へたどり着く。
そして、魔道具を掴み取り上げる。
「この魔道具はお前らにはもったいないくらいだ。俺が貰ってやる感謝しろ」
カイはアイテムボックスに衣を放り込む。
アイテムボックスにラディールから貰ったこれより更に高性能なマントがあるため奪う必要性は感じなかった。
だがいつか活用される日が来るかもしれないと思い、奪うことにしたのだ。
ちなみに犯罪者から、犯罪者の持ち物を奪っても犯罪にはならない。
だから、カイは何の躊躇もなく衣を奪ったのだ。
「さて、お前には聞きたいこともあるしおとなしくしてもらおうか」
カイは剣の鞘を握り、スピアへ向け振り下ろす。
スピアは短剣で振り下ろされた鞘を受け止めると転がるようにしてカイの近くから脱する。
カイはスピアを逃がすまいと、追撃を加える。放ったのは蹴り上げ。
その蹴りがすきだらけのスピアの腹を捉える。
スピアの体は宙を舞い、受身も取ることができず、地面に叩きつけられる。
「負けるかああああああああ!!」
スピアは痛みをこらえて、起き上がりカイへと向かう。
ぼろぼろの体でなおも攻撃を続けるスピア。
勝ち目は無いのにそれでも攻撃を続けるスピアの狙いは明らか。
先ほどから後ろに立ちひたすらに何かを唱えているカルムだ。
「スピアいいぞ!!」
カルムの声が響く。と同時にスピアがカイの剣に強攻撃を放ちその反動を利用して飛びずさる。
その後ろに立つカルムの周りには百を超える火の弾が展開されていた。
「『火魔法 火の弾の群れ』からの『土魔法 鋼の螺旋槍』
展開した火の弾に囲まれたカルムの手から高速に回転する鋼の槍が射出される。
「上位魔法!!しかも同時詠唱だと!?」
「部隊長レベルの魔法を同時に展開なんて……」
「レッドオオオオ、逃げろーー」
後ろで負傷者の手当てや回復をしている領軍の驚きの声が聞こえる。
魔法はその発動難易度により、初級・下級・中級・上級・超級・帝級・皇級・神級に分類される。
カルムが放ったのは上級魔法に分類される魔法。
領軍の反応を見るとそれなりの魔法らしい。
だが、カイにはとてもつまらなく見えた。
「そんなもんで俺にダメージを与えられると思うのか?」
「お前は無理でも後ろの連中はどうだ?ヒーローだろ守って見せろ!!」
カイ、正確に言えばその後ろに座り込む領軍へ向け魔法が放たれる。
先に飛翔してきたのは百を超える火の弾。その後ろから鋼の槍が迫る。
カイはそれら全てを目で捉えると、アイテムボックスから剣を更に一本取り出し身体能力を魔力で強化する。
直後、カイの姿がぶれたかと思うとそこら中から衝撃音が鳴り響く。
カイは二本の剣を駆使し、火弾を全部切り捨てたのだ。
「なっ!」
カルムが驚きの声を上げる。
カイは火弾を全て切り捨てた後、迫り来る鋼の槍へと剣を向ける。
そして、高速で飛翔する鋼の槍を正確に捉え打ち壊す。
すさまじい衝撃と突風が巻き起こる。だが、その中にいてカイは無傷だった。
「魔法を斬っただと………」
「それほどおかしなことでも無いだろう?」
「おかしいわ!!何で高速で飛翔する魔法全てを切り捨てることが出来るんだ!!そもそも何故魔法を斬れる!!」
カルムが恐怖をごまかすかのようにわめき散らす。
それほどカイのしでかしたことは非常識だったのだ。
カイにとってみれば、古文書に書かれていたことをやっただけなので、非常識には思っていない。
「それは……ヒーローだからだな。さあ問答は此処までだ。ほら、お返しだ」
カイは魔力を解き放ち、一瞬にして先ほどの倍はあろう火の弾を作り出す。
空一面を覆いつくす火の弾にカルムは唖然とした表情を浮かべる。
「おい、嘘だろ……」
それは地面に仰向けに倒れ伏すスピアもさらには領軍の兵士達も同じだった。
皆信じられないといった表情を浮かべ、目をこすっていた。
無詠唱でかつこれほどの火の弾を作り出すことは彼らにとってそれほどまでに圧倒的だったのだ。
「大丈夫死にはしないよ」
優しげな笑み――鎧を身に着けているから顔は見えていないが――を浮かべカイは火弾を解き放つ。
カルムは迫り来る火弾を避けようとするが、それぞれが複雑な軌道を描き飛翔するので回避場所が分からない。
そして避けることすら叶わず、カルムは全身に無数の火弾を喰らい吹き飛ばされた。
また、火弾は倒れているスピアにも降り注ぎその意識を刈り取る。
「ふう」
カイは汗を拭い、シュミルが戦っているであろう前線を見る。
「がんばれシュミル」
カイは小さく呟き、暗殺者の拘束を始めたのだった。
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