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第一章 縛者の跳躍《スプリング・オブ・バインダー》

18ヒーロー誕生

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―――数十分前

縛られ簀巻きにされたホルダルを抱えカイ達は詰め所へ向け走っていた。
ラインには避難所へ行けと言われているが、ホルダルを牢屋へぶち込むためには致し方ない。

「シュミル、あれは何だ?」

カイは町の中央にある高い建物――おそらく避難所となっている役場――の頂上から煌々と発せられる明かりを見ながら言う。
光が灯り始めてから既に五・六分は経過しているが明かりが消えることは無い。

「あれは照町灯しょうちょうとうだよ。町役場の頂上に取り付けられていて避難した人が魔力を注ぐことで明かりをともし続けているんだ」

「なるほどな、だけどあれほど強い光を発するんだ。長くは持たないだろう?」

「うん、もって一時間か二時間ほどだね。でも其処まで気にすることは無いんじゃないかな?父さんはちょうど今頃門についたころだろうから、戦況はよくなっていると思うよ」

詰め所にたどり着いたカイ達は壁にかけてあった牢屋の鍵を取り、檻を空けると其処にホルダルを投げ込む。
鍵をしっかり閉め、もとあった場所に戻すと外に出る。

「ラインさんはそんなに強いのか?」

「うん、父さんは後を継ぐ前、元々冒険者として活躍していたんだ。特に魔法の腕が一流で、カイと僕以外に父さん以上の魔法の使い手はいないと断言できるほどだよ」

「そりゃすごいな。だけどあれは防げない可能性はある。俺達も早く行くぞ」

カイはアイテムボックスから中に入っているもののリストを取り出す。
使えるものを探し出すためだ。

「あれって、暗殺者のこと?ホントにいるの?」

「ああ、俺の耳はお前達より百倍もしくは二百倍ほど耳がいいからな。町の郊外で話している男共の声なんて余裕で聞こえちゃうんだよ」

「へ~、すごいとしか言いようが無いね。少なくとも僕には無理だし」

カイの耳は魔道具の耳だ。シュミルも幼いころから莫大な魔力による影響で通常の人より耳はいいがそれは人間の範囲に収まるレベルでしかない。
とてもでは無いが魔道具な耳に勝てるはずも無い。だが、

「そうでも無いぞ。魔力で耳を強化すればお前の魔力なら人の数十倍くらいにはなるはずだ」

「それでも数百倍には行かないんだね………」

「当たり前だ、俺の耳は魔道具だぞ」

軽口を叩きつつカイはリストに目を通す。
カイが探しているのは戦場に来ていくための装備だ。
ただ、敵を倒しに行くだけならばいつもの地味かつ高性能な防具を着ればいい。シュミルにも似たような奴を渡せば解決だ。

だが、今回はそういうわけにも行かない。
ラインからは戦場に来るなといわれているし、またそのままで行ったら目立つわけには行かなくなる。
カイ達の貴族や王族に縛られない、自由気ままな旅を行うためにも目立つわけには行かないのだ。

だからこそ正体を隠す必要がある。
そのための装備をカイは探しているのだ。
中に入っているのは殆どがラディールから分け与えてもらったもの。
その中に適するものがなければ、諦めて最高装備で戦場へ向かうつもりだ。
果たして――

「これは何だ?」

カイの目が、リストのある一点に止まる。
其処に書いてあったのは『ヒーローコスチューム(異世界版)』。
『目立ちながらも正体を隠したい君にはぴったりだYO!』との説明も添えられている。
なんだか見透かされているようで癪に障るが、この状況ではこの一択しかない。

カイはアイテムボックスからヒーローコスチュームなるものを取り出す。
カイの目の前に現れたのは色とりどりの鎧。
皮鎧で全身を覆うタイプながらも動きやすさを重視している。
顔も隠れるためカイ達にとってこれと無いものだ。

「シュミルこれを着るぞ!!俺は赤だ」

「え!?これ?……僕は緑?」

赤と緑以外のヒーローコスチュームなるものをしまうと、鎧を着込む。
頭の部分をかぶるとき前が見えなくなる心配をしたが特別な素材でできているらしく、視界は良好だった。

「こりゃいいな。今後も使えそうだ」

「カイ、君はそのアイテムボックスに何が入っているのか把握して無いのかい?」

シュミルは呆れた様子で聞いてくる。
シュミルにはダンジョンマスター、ラディールやコルアのことは教えていない。
だからこそ、シュミルはカイのもつアイテムボックスの中身を知らないことに疑問を覚えているのだ。

「ああ、これを拾ったときから中にいろんなものが入っていたからな。全部を把握し切れていないんだ

「珍しいね、というか初めて聞いたよ。普通ダンジョンで見つかるアイテムボックスは中身が空のはずなんだけどね」

シュミルはそういうこともあるかと納得し、鎧をかぶる。

「ねえ、カイ」

「俺はレッドだ」

「は?」

いきなり奇妙なことを言い出すカイに、シュミルの目が丸くなる。

「お前はグリーンだぞ。いいな?」

「いや、ちょっと待って。いきなりどうしたの?」

付いていけなくなったシュミルが待ったをかける。
そんなシュミルをやれやれといった様子でみながらカイは説明を始める。

「いいか、シュミル。俺達が戦場に行ったとき、この格好をしていても本当の名前を呼び合っていたら本末転倒だろ?だから別名を考えておくんだ」

「それで、レッドとかグリーンってこと?でも安直過ぎない?」

「それがいいんだ。安直な名前のほうがばれにくい。それに真似する奴も出てくるだろう。それだけでも効果があるってことだ」

「どういうこと?」

「俺達がヒーロー風に登場することで認知度は一気に広がるだろう。そうすればまねするものも増える。それはそのヒーローがこの地に強く根付いていることを印象付ける役割にもなる。この町は国境にあるから狙われやすい、だからこそ抑止力が必要だろう?」

「つまりこの町のどこかに強者がいると思わせることで、今後来るであろう脅威の抑止力にするってこと?でもそれは俺達が相当目立った活躍をしなければ意味無いんじゃないか?」

シュミルの言うことはもっともである。
ヒーロー的扱いを受けるためにはピンチをひっくり返すようなことがなければいけない。
だが、ラインが戦場へ向かっている以上そんなピンチは早々起こりえないとシュミルは考えていた。

「大丈夫だ。今、戦場にオークキングが現れたらしい。支配種一体に上位種四体もいれば俺達がたどり着く前にピンチな状況に陥るだろう。それに暗殺者どもの足音も門の近くにまで来ている。門が破壊されれば俺達が思うような状況になるだろう」

「え!?オークキング!?それに門破壊って……なんでカイはそんな悠長にしていられるの!?明らかに緊急事態じゃ無いか!?」

「落ち着け、まだ其処までピンチな状況じゃない。だが、そろそろ向かわないとな」

カイ達がいる場所は戦闘が行われている西門からほとんど対極にある東門近くの詰め所。
カイ達の全力の身体強化で、戦場まで五・六分ほどだ。
カイとシュミルは身体強化を施すと、西門へ向け全速力で駆け出す。
下道を使うと移動距離が大きくなるため、屋根の上を走ってだ。
カイはもちろん、日頃から山登りをしていたシュミルも不安定な足場に関わらずいつもと同じように走ることができた。

「カイ、戦況はどう?」

シュミルの耳にも戦場の音がかすかに聞こえるが、正確なことはわからない。

「まずいな……。門が破壊される」

「暗殺者がもう其処まで来ているの!?まだ西門まで半分の距離があるよ!?」

カイ達はちょうど今、中心にある役場の横を駆け抜けたところだった。
とてもではないが、門の破壊を止めることはできない。

直後、カイ達の進行方向から破壊音が響き渡る。
暗殺者達が門を破壊したのだ。

「シュミル急ぐぞ!!」

「あ~、だから行ったじゃないか!!何そんなに悠長にしているんだって!!」

カイ達はトップスピードで屋根の上を次から次へと飛び駆け抜ける。
そして、戦闘が行われている広場に面する建物の上に急停止する。
戦況を確認するためだ。

カイの地獄耳でも、大まかな戦況は捉えられるが、細かい動きまでは注意していないと捉えられない。
カイは暗殺者の動きに注意を払っていたため、他の細かい動きまで把握できていないのだ。

「シュミル分かるか?」

カイは広場中央の何も無い場所を指差す。
だが、シュミルには伝わった。

「うん、あれが暗殺者達だね」

カイとシュミルは魔力視をもつ。
魔法か、それとも魔道具かは分からないが、何かしらの手段で暗殺者達は姿を消していた。
だが、カイ達からすれば丸分かりである。魔力の流れが歪だからだ。
もし、事前にカイが暗殺者の居場所を捉えてなければ見逃していたかもしれないほど微妙な差異だった。

「シュミル、お前オークの方を殺れるか?おれは暗殺者達のほうをやりたいんだが………」

「オーケー、でも大丈夫かい?相手は熟練の暗殺者なんだろ?」

「まかせろ、あれを見る限り実力じゃなく、魔道具もしくは魔法に頼った戦いかたをしているみたいだからな。それにこれでもベヒーモスと戦ったことがあるんだ」

負けたけどという言葉は飲み込み、カイはドンと胸をたたくと剣を取り出す。

「お前こそ大丈夫か?キングオークはランクBに分類される魔物だぞ?」

「ああ、カイとの訓練の成果を見せ付けてやる」

誰にとは言わないがおそらく自分の父親にだろう。
返送しているから気づかれる可能性はほとんど無いが、それでも見返したい思いがあるのだろう。

「万が一だ。変声機をつけていろ」

カイは自分とシュミルのよろいの内側に小型の魔道具を取り付ける。
すると声が変わる。よほどのことが無い限り正体がばれることは無いだろう。

「ねえ!!暗殺者たちが動き出すよ!!」

聞きなれないシュミルの声を聞きながら、カイは暗殺者たちを見る。
彼らはいつの間にか下に降りていた、ラインめがけて動き出していた。

「阻止するぞ」

彼らに気づかれないように気配を消しながら、広場に降りて暗殺者の後を追う。

「シュミルお前はラインさんの先方から迫るやつを、俺はもう一方をやる」

「了解」

カイだけでは二方向からラインに放たれる攻撃を防げないため、シュミルにも手伝ってもらうことにする。
奇襲ならば、一人ぐらい戦闘不能に追い込める自身があった。

「いまだ!!」

暗殺者が姿を現し、ラインに向けナイフを振り上げた瞬間俺たちは飛び出す。
俺たちが先ほどまで立っていた石畳は吹き飛び、そのまま暗殺者に肉薄する。
その速度のまま、放たれた拳は強力な威力を発揮し、暗殺者を門まで吹き飛ばす。

戦場が一瞬ではあるが静寂が包む。
オークもラインも兵士も。突然現れた俺たちを見ていた。

注目を浴びる中、俺は右手を突き上げると……

「「ヒーロー到着!!」」

事前に決めていた言葉をシュミルとともに言い放つ。
ヒーロー(仮)の初陣が始まる――。




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