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第一章 縛者の跳躍《スプリング・オブ・バインダー》

9転移した先

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「知らない天井だ……」

目を覚ました俺は知らない天井を見上げてそう呟く。
体を起こしあたりを見渡すと、其処は見たことも無い部屋だった。
外を見ればきれいな麦畑が目に映る。
麦畑は夕日によって金色に染まっていた。

カイは自分が寝ていたベッドの感触を確かめる。
その肌触りは柔らかく、もう一度ダイブしたい衝動に駆られる。
今までは、孤児院の硬いベッドでしか寝たことが無かったため、カイにはこのベッドが大変魅力的に感じられたのだ。
もう一度身をうずめようとするが、状況確認が優先だと思い直し、屈強な意志力でその魅力に抗う。

「どうやら転移は成功したみたいだな」

あの後、ハリセン(電気を流すもので雷ハリセンというらしい)から回復したラディールにもう一度転移装置を稼動してもらった。
スブラスト孤児院に転移してしまったのはカイの中にある強い思いが魔力となって転移装置に干渉したのでは無いかという見解の元、眠らされてから転移した。
ラディールはカイが魔道具な体になったため、眠った状態で転移しても問題は無いだろうと判断したのだ。

「先ずはここがどこか把握しないとな」

カイが状況確認のため魅惑のベッドから降りようとした瞬間、ドアが開き、其処からカイと同じ年くらいの少年が顔を出す。
その顔つきは優男といった感じで灰色の髪に黒い目という特徴的な顔をしていた。
その手にはお盆が握られており、その上にはカイを看病するためだろう。水とタオルの入った器が置かれていた。

「あ、起きたんだね!気分はどう?悪いところは無い?」

カイが起きていることに気づいた少年は心配そうに尋ねてくる。

「ん?あ、ああ。特に無いな」

「そう!よかったーー。森の中に君が倒れていたときは驚いたんだよ?荷物もなく身包み一つだったし………」

カイが元気であることを聞いて安心した表情を浮かべた彼は、手に持っていたお盆をベッドの隣の机の上に置き、カイを見つけたときの状況を捲くし立てるようにして説明する。

「それに君は……そうそう、まだ君の名前を聞いてなかったね。僕はシュミル。シュミル・ダスバーダ。君は?」

「俺はカイだ」

カイはシュミルの差し出した手を握る。
シュミルは嬉しそうな顔を浮かべ握られた手を上下させる。

「それでシュミル、ここはどこだ?そして今はいつだ?」

カイにとって重要なことは、この場所とどのくらい寝ていたのかだ。
だが、シュミルはその質問をいくらか勘違いしたようだ。

「え?カイは記憶が無いの?」

何も知らないカイを記憶喪失だと思い込んでしまう。

「ああ、そうだ」

カイはその勘違いを利用して自分は記憶喪失だということにした。
そのほうが、自分にとっていろいろと都合がいいからだ。
指名手配の件もあるため、いくらか手を打って損は無い。
今までのやり取りからして、カイが記憶喪失だという可能性はほとんど無いに等しいのだが、幸いにもシュミルがそれに気づいた様子は無い。

「そうか……じゃあ僕が説明するよ。ここはトメルニア王国とリトリアル王国の辺境に位置するダスバーダ領だよ。所属はトメルニア王国だね。そして今は神暦980年の旬月6日だよ」

「……980年」

カイが奈落に落ちてからちょうど半年の月日が流れていた。
そして、トメルニア王国はリトリアル王国と敵対関係にあり、今は休戦状態だがいつ戦争が起こるかわからないほど緊迫した状態にある。

(その国境付近にある領か……まあ、リトリアル王国ではなかったことが幸いか)

無事国の外に転移できたことに安心する。
その安心からか、カイのおなかがグルルルとなる。

「あははは、おなかが減ったんだね。おいで、下でお母さんがご飯作っているから」

シュミルはカイの手を引いて、もう一方の手で先ほどのお盆を持って一階へと駆け下りる。
器に入った水が一切こぼれないのを不思議に思いながらカイはシュミルに引かれるがままについていく。
つれられて一階へと行くと香ばしい匂いがカイの鼻をくすぐった。

「あ、お母さん香辛料使ってる!!今日はご馳走だぞ!!」

嬉しそうな声を上げ走っていくシュミルをカイは追いかける。
一つ扉をくぐると其処はダイニングになっており、机と椅子が並べられていた。
そこには五人分の食器が並べられており、どれもきれいに盛り付けをされいい匂いを発していた。
カイが孤児院でいたときには絶対に食べられなかったであろう料理だ。

カイが目の前の食事に目を奪われていると、ギィと扉の開く音が鳴る。
見ると、カイたちが入ってきた扉とは別の扉から、背の高い女性とその後ろにつき従うように10歳くらいの少年が入ってくる。

「あら、目を覚ましましたか?体のほうは………大丈夫そうですね。ああ、言い忘れてました。私はシュミルの母、ルリア・ダスバーダです。よろしくね」

柔らかい笑みを浮かべ、丁寧な挨拶をするルリア。

「あ、カイです。こちらこそよろしくお願いします」

「母さん、カイは記憶喪失なんだよ」

「あらあらそうでしたか」

記憶喪失だとだましていることに罪悪感を覚えるが、これも仕方ないことだと割り切る。

「覚えているのは名前だけですか?」

「あ、はい。それ以外はなんか靄がかかったようで思い出せないんです」

「何かの事故でか、魔法による影響ですかね?専門医にみてもらったほうがいいかもしれませんね?」

「え、いや、いいですよ。其処まであなた方に迷惑をかけるわけにはいきませんし、それに、思い出せないってことは思い出したくない記憶ってことだと思いますし……」

それらしい理由をでっち上げて、医者へいくことを回避する。
自分の嘘で其処まで迷惑をかけたくは無いというのが本音だ。

「まあ、とりあえず食事ができたのでお食べください。半日も寝ていらしたのでおなかも減っていますでしょう」

「あ、はい、ありがとうございます」

自分が意外と長い間寝ていたことに驚きながら、礼をいう。
あの魅惑のベッドはカイを深い眠りにいざなう効果があるようだ。

「カイの席は其処ね」

カイはシュミルに指示された席に腰をかける。
隣にシュミルが前にはルリアが座る。
斜め前の席には男の子が座るのか?と思ったカイだが男の子はシュミルのひざの上によじ登り、其処に腰をかける。

「ほら、クリル。カイさんに挨拶をしなさい」

「クリルです。はじめまして」

ルリアに促され、クリルと呼ばれた男の子が挨拶をする。
極度の人見知りのようで、視察するときもシュミルの影からでてこない。

「カイだ。よろしくね」

昔は孤児院にいた小さい子と遊んだときを思い出しながら、できるだけやさしく話しかける。
だが、クリルは更にシュミルの影に隠れてしまう。

「ごめんなさいね。クリルは極度の人見知りで、お兄ちゃん子なの」

「いえいえ、気にしませんよ」

それ以上に気になるのは空席に誰が座るのかということだ。
シュミルの前に二人分の食事が並べられていることから、クリルはシュミルのひざの上で食事を取るのだろう。
となると誰が座るというのか……
そんなカイの考えを見透かしたかのようにルリアが言う。

「空席に座るのは夫ですよ。今は、商談に出かけています、食事中には帰ってくると思いますのでそのときに挨拶してください。では、食事が冷めるといけないのでお先いただきましょう」

カイはスープを一口含む。
そして、カッと目を見開いたかと思うと一気にかき込む。

「ぷはあ、………おいしい!」

「はははは、カイは大げさだね!」

「だってホントに旨いんだもん。こんなの今まで食ったこと無いよ」

食材からいい物を使っているのだろう。カイの味覚に強烈な刺激を与えてきた。
まあ、ここはカイの味覚が鋭くなったことも関係しているのだろうが…

「まあまあ、喜んでくれて何よりです。力を入れた甲斐がありました」

ルリアはカイの大げさな反応を嬉しそうに眺めながら料理を口に運んでは、「うん、我ながらいい出来ね」などと呟く。
自画自賛する母を呆れた目でみながら、シュミルはささっと食事を平らげる。

「お母さん先に風呂入ってくるよ。あの件・・・父さんに伝えといて」

「はいはい、分かりました」

「カイも一緒に入ろう?食事も終わるみたいだし」

美味しい料理だったからか、カイもシュミルに負けず劣らずの速さで料理を平らげていた。

「うん、分かった」

お風呂に入るなんていつ振りだろう、などと思いながらシュミルに手を引かれカイも浴場へと向かうのだった。



********************



「カイは何か覚えていることは無いの?」

シュミルに浴場の使い方を教えてもらい、丁寧に体を洗った後(汚れ付着防止が付いているため洗う必要はないのだが)湯船に体を沈める。
シュミルもカイに遅れて入ってくると開口一番にカイの記憶について言及してきた。

「ん~……覚えていることはあまり無いな、思い出せそうだけど靄がかかってるというか…上手く説明できないな」

先ほどと似たような説明を繰り返す。
ボロが出ないように、自分の発言に細心の注意を払う。
別に、シュミルたちにばれたところで何か問題があるわけではないが、万が一のときのことを考えてカイは嘘を貫いていた。

「もっと、何か覚えていたらそれを頼りにカイの故郷を見つけ出せるのになあ……あ、カイ、記憶戻るまではうちにいていいからね」

「……いいのか?」

「もちろん、僕も話し相手とかほしいし」

シュミルの提案はカイにとって喜ばしいものであった。
カイにはこの後特にどこかへ行くあても無かったからだ。

「ありがとうな」

「ううん、気にしないで。それよりもカイの記憶を取り戻さなきゃ。剣とか魔法の使い方とかも覚えてないの?」

「いや、それは覚えているぞ。ほら」

カイは魔力を練って手のひらの上に光の玉を浮かび上がらせる。
魔法反発の体質が改善されたため、魔法が自由自在に扱えるようになっていた。
普通であればそんなに簡単に使えるようにならないのだが、其処はカイが積み重ねてきた努力の賜物であろう。

「あ、ホントだ………ってカイ、今無詠唱じゃなかった!?」

「ん?詠唱って何のことだ?」

「「…………」」

二人の間に沈黙が落ちる。そして……

「ええええええええええええええええええええ!???」

シュミルの絶叫が風呂場いっぱいに響き渡るのだった。



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