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序章 ~乙女の覚悟と決断~
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リーリア・ゲインズブールは暗い面持ちでため息をついた。
今日の夕食の席で、父親から告げられた突然の結婚話が、ずっと心に重くのしかかって仕方がない。
普通なら喜ぶべきところなのだろうが、やはりどうしてもそんな気分にはなれなかった。
リーリアに結婚を申し込んできた相手は、幼なじみの伯爵令息スコット・ヘアフォードである。
別にスコットのことが嫌いなわけではないが、彼には一度も恋愛感情を抱いたことなどなく、ましてや結婚すら考えていなかった。
そのことで、幼なじみとの結婚に同意できなかったのもあるが、一番の理由は他に想いを寄せている人物がいるからだ。
何も知らない父は、長女のジゼルに続き次女のリーリアにも良い相手が見つかったと、大いに喜んでいた。
そんな父の姿を見てリーリアは胸が痛んだが、このまま結婚話が進んで本当に愛する人と結ばれなくなるような事態は避けたかったので、ひとまず考える時間がほしいと返答したのだった。
嬉々とした様子の父は落胆しつつも、無理強いをすることなくリーリアの意志を酌んでくれた。
だが、ここで安心などしていられない。問題は、どのタイミングで父に自分の想い人のことを打ち明けるかだ。
本当は夕食の席で伝えるつもりだったのだが、予期せぬ縁談に衝撃を受けたせいで言いそびれてしまった。
だが、他に愛する人がいることを話せなかった理由は、それだけではなかった。
貿易商を営む生真面目な父は、娘の男女関係については特に厳しい人である。そんな父の性格を考えると、話を切り出すのがどうしてもためらわれたのだった。
姉に恋人ができて婚約を交わした時も、すぐに承諾しようとはせず彼の誠実な人柄を知ってようやく認めたほどだ。
だから他に愛する人がいることを打ち明けたところで、容易に認めてもらえないのは目に見えている。
何しろリーリアが想いを寄せている相手は、このヴァルテンベルク王国で一番の冷血漢と恐れられている男だ。まず間違いなく、彼との結婚は反対されるであろう。
「セオドア様……」
こうして愛する男の名前を口にするだけで、彼の白銀の髪やコバルトブルーの瞳、そして美しくも精悍な顔立ちが脳裏に浮かんでくる。また、自分の体に触れた指の感覚も残っており、思い出しただけで疼いてしまうほどである。
リーリアにとって、セオドアは生まれて初めて恋をした相手だ。たとえ周囲に何を言われようとも、彼との結婚だけは絶対に諦めたくない。
――でも、そのために私は何をすればいいのかしら?
以前のリーリアであれば、すぐに姉に助けを求めていたであろう。しかし、これからは自分の力で切り拓いていくのだと、すでに心に決めている。何としてでも自分で答えを見つけるのだ。
「セオドア様……」
リーリアはもう一度、彼の名前を愛しげにつぶやいた。
彼が自分に対してどんな想いを抱いているのか、リーリアには全くわからない。
だが、一度だけとはいえダンスの相手をしてくれたり、サロンでお菓子をサーブしてくれたということは、少なくとも嫌われてはいないと見ていいだろう。
――それにセオドア様は、私の体を愛でるように触れて下さったわ……。
あの時は初めて異性に裸を見られ、淫靡な手つきで愛撫されて恥ずかしかったが、愛する男に触れられて悦ぶ自分がいたのも事実である。
だが、リーリアを傷つけまいと思ったのか、セオドアは最後まで抱くような真似はしなかった。
――あの晩、もし最後までセオドア様に抱かれていたら……。
当初は純潔を奪われなかったことに安堵していたが、同時に虚しさに似た感情もリーリアの心に残っていた。そして今、彼女はその感情の正体にようやく気付いたのだった。
――そう……私はあの日からずっと、セオドアに最後まで抱かれることを望んでいたのだわ。
純潔を失う時に痛みが伴うことは、情事に疎いリーリアでも知っている。そのことへの恐怖心はないわけではないが、愛する男と結ばれないことのほうが彼女にとって遥かに苦痛である。
――セオドア様と一緒になるためなら、私は彼に全てを捧げるわ。
父や幼なじみを裏切ることに対して、全く罪悪感がないわけではない。だが、恋を成就させるためにはこうするしかないのだと、リーリアは自分自身に強く言い聞かせる。
もはや何の迷いもなかった。リーリアの心にあるのは、愛する男への一途な想いだけであった。
今日の夕食の席で、父親から告げられた突然の結婚話が、ずっと心に重くのしかかって仕方がない。
普通なら喜ぶべきところなのだろうが、やはりどうしてもそんな気分にはなれなかった。
リーリアに結婚を申し込んできた相手は、幼なじみの伯爵令息スコット・ヘアフォードである。
別にスコットのことが嫌いなわけではないが、彼には一度も恋愛感情を抱いたことなどなく、ましてや結婚すら考えていなかった。
そのことで、幼なじみとの結婚に同意できなかったのもあるが、一番の理由は他に想いを寄せている人物がいるからだ。
何も知らない父は、長女のジゼルに続き次女のリーリアにも良い相手が見つかったと、大いに喜んでいた。
そんな父の姿を見てリーリアは胸が痛んだが、このまま結婚話が進んで本当に愛する人と結ばれなくなるような事態は避けたかったので、ひとまず考える時間がほしいと返答したのだった。
嬉々とした様子の父は落胆しつつも、無理強いをすることなくリーリアの意志を酌んでくれた。
だが、ここで安心などしていられない。問題は、どのタイミングで父に自分の想い人のことを打ち明けるかだ。
本当は夕食の席で伝えるつもりだったのだが、予期せぬ縁談に衝撃を受けたせいで言いそびれてしまった。
だが、他に愛する人がいることを話せなかった理由は、それだけではなかった。
貿易商を営む生真面目な父は、娘の男女関係については特に厳しい人である。そんな父の性格を考えると、話を切り出すのがどうしてもためらわれたのだった。
姉に恋人ができて婚約を交わした時も、すぐに承諾しようとはせず彼の誠実な人柄を知ってようやく認めたほどだ。
だから他に愛する人がいることを打ち明けたところで、容易に認めてもらえないのは目に見えている。
何しろリーリアが想いを寄せている相手は、このヴァルテンベルク王国で一番の冷血漢と恐れられている男だ。まず間違いなく、彼との結婚は反対されるであろう。
「セオドア様……」
こうして愛する男の名前を口にするだけで、彼の白銀の髪やコバルトブルーの瞳、そして美しくも精悍な顔立ちが脳裏に浮かんでくる。また、自分の体に触れた指の感覚も残っており、思い出しただけで疼いてしまうほどである。
リーリアにとって、セオドアは生まれて初めて恋をした相手だ。たとえ周囲に何を言われようとも、彼との結婚だけは絶対に諦めたくない。
――でも、そのために私は何をすればいいのかしら?
以前のリーリアであれば、すぐに姉に助けを求めていたであろう。しかし、これからは自分の力で切り拓いていくのだと、すでに心に決めている。何としてでも自分で答えを見つけるのだ。
「セオドア様……」
リーリアはもう一度、彼の名前を愛しげにつぶやいた。
彼が自分に対してどんな想いを抱いているのか、リーリアには全くわからない。
だが、一度だけとはいえダンスの相手をしてくれたり、サロンでお菓子をサーブしてくれたということは、少なくとも嫌われてはいないと見ていいだろう。
――それにセオドア様は、私の体を愛でるように触れて下さったわ……。
あの時は初めて異性に裸を見られ、淫靡な手つきで愛撫されて恥ずかしかったが、愛する男に触れられて悦ぶ自分がいたのも事実である。
だが、リーリアを傷つけまいと思ったのか、セオドアは最後まで抱くような真似はしなかった。
――あの晩、もし最後までセオドア様に抱かれていたら……。
当初は純潔を奪われなかったことに安堵していたが、同時に虚しさに似た感情もリーリアの心に残っていた。そして今、彼女はその感情の正体にようやく気付いたのだった。
――そう……私はあの日からずっと、セオドアに最後まで抱かれることを望んでいたのだわ。
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――セオドア様と一緒になるためなら、私は彼に全てを捧げるわ。
父や幼なじみを裏切ることに対して、全く罪悪感がないわけではない。だが、恋を成就させるためにはこうするしかないのだと、リーリアは自分自身に強く言い聞かせる。
もはや何の迷いもなかった。リーリアの心にあるのは、愛する男への一途な想いだけであった。
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