【枯れない紅と碧の薔薇】

一ノ瀬 瞬

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【始まりの物語】

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【枯れない紅と碧の薔薇】

血、血、血。
薔薇庭園の中…舞い上がる白薔薇の花弁が
紅薔薇へと姿を代える光景

私はただ、目の前の愛しい兄様を抱きしめて
涙を流し空へ嘆き叫ぶだけ

『兄さま…にぃさまぁっ』
愛しい兄様の身体に縋りつき、泣き叫ぶ
生きてくれ、どうか目を覚ましてくれと
叶わないことを知っている筈なのに

『いい加減目を覚まし自覚する事だ。
御前は純血種であり
【誇り高い真祖の吸血鬼である事】
この家を継ぐ【次期当主】なのだと。
其れは当主たり得なかった。
だから、こうして淘汰される
当主になりえず
我が一族を統べる事が出来ないなら
こうなる事は最初から理解できたはずだ』

愛しい兄様の心臓を貫いた銀のナイフ
滴り落ちる甘い【愛しい兄様の血】

愛しい者の生が自身の腕の中で
ゆっくりと、けれど確実に失われる絶望の中
残酷、凄惨無機質な声で父上は私に告げた。
感情の一切ない紅月に照らされ光る蒼い瞳
父上の揺れる白絹のような髪

美しいものには棘がある
その通りだと思う
私は一生【この人の言う通り】一族を守って
そのまま一族の為だけに身を捧げ
死を迎えることが定められているのか

一生を…死が、私を迎えに来るまで
私の人生などなく。


やがて流れ落ちる涙は枯れ
絶望と嘆きの最後の一滴が
ポツリと抱きしめていた兄様の頬を伝った時

『逃げなさい』

腕の中の愛しい兄様が優しい笑顔で私に告げ
最期の力だ
私の背中を[転移]ゲートを開け押し入れる

『にぃ…っ』

私が覚えているのはここまで
兄様が最期なのだと達観したような
そんな切ない笑顔を浮かべた、あの光景だけ

目を覚ました時には兄様が居ない
薔薇庭園もない夜の森の中にいた

私…僕の体は幼少の小さな姿に代わっている
『……血が、ないから…。』
体を維持できず視界もぼやける
兄様からの血ももう無い
兄様には、もう【逢えない】
けれどもう涙を流すほど水分は残ってない
水分も食餌も暫く摂っていないから

《おなか……すいたな》

惨めな姿……。
兄様がいたら抱きしめて髪を撫でてくれる
兄様がいればこんな痛みも辛さも無いのに

『………こんな所で、なんてだめ…だ』
兄様が【逃げなさい】と最期の力を使って
僕を父上から逃がしてくれたんだ
無駄にして僕が森の中
1人でただ死を待つだけの骸に変わったなら
きっと兄様に怒られてしまう

『ぃ…き、なきゃ』

『………?…君』
こんな森の中…人間?
甘い匂い…甘い血…でも、もう力がない
【僕は無力だ。】

『……っ……と……危なかったですね
頭は……良かった…打っていませんね
こんな森の中で
【子供】を1人にするなんてもっての外
…ですが今は怒りより先に、この子を何処か
そういえば近くに教会が…………おや。』

きらりと光る白絹の髪、生気のない白い肌
口の端を切ったのだろうか、血が付いている
その口の中…覗き見えるのは【白牙】

『………教会は
やめておいたほうがよさそうですね』

----------------------------------------

甘い匂い…頭……ぁ…覚えてる
【優しい温もり】
よく兄様が撫でてくれた……柔らかな

『おや……良かった御気分は如何ですか
小さな吸血鬼のお嬢様』

『……っ』

『おやおや、そんなに警戒しないで下さい
貴方の手当てをしていたら
たまたま牙を見た………それだけですから。
傷は思ったより無くて安心致しました
単に栄養失調からくる疲労……、
水と軽い食事を用意しましたが
もし食べれたら…』

闇を映し出したような黒い髪
揺れる三つ編みに
吸い込まれるような綺麗な紅い瞳
全てを覆い隠す黒いローブ
その下、執事の様な紫と黒を基調とした燕尾服

【兄様】みたいな…感覚

『あかぃひとみは、魔族だけかと…おもってた』

『おや、貴方は喋れるのですね…良かった
名前は?私は【シュバルツ】と申します
日本名ならば黑夜…(コクヤ)と…申します
……が…少し近いのでは……?
出来れば腕も強く掴まないでもらえたら.....』

『わた…っ…ぼくは、ステラ。
セレネって名前もあって、でも、えと…』

ちらりと覗くのは薔薇十字…
僕は胸元
碧薔薇のロザリオを強く握りしめる

『……ふむ…訳ありのようですね
深く詮索するのは紳士としても
お嬢さんには失礼でしょう
嗚呼…眼帯とティアラは
ベッドの横に置いてありますから
では…私は少し席を外しましょうか
食事をするときに人が近くにいると
"食べにくい"なんて事もありますから
水と食事も毒なんて入っておりませんから
口にしたくなったら御食べ下さいね……。
では……失礼致しま……』

『……っ!ま、まっ、ぴぎゃっ』

『おやおや…危なっかしい
ベッドからいきなり起きちゃだめでしょう?
貴方は淑女なのですから
まだ、ろくに動ける体じゃないんです
無理をしたりしてはなりませんよう。』

甘い匂い…綺麗な首筋
美味しそうな…【血】

『………嗚呼。そうですね
【普通の食事】では
【貴方の根本的な飢え】は
治る筈がないですよね…失念していました』

『…ぁ…ごめんなさぃ…ぼく……は、…っ?』

『これで如何でしょう?
それとも"人間自ら吸血させようなんて"
珍しいでしょうし
貴方を怖がらせてしまう…でしょうか?』

黒いローブをはだけさせ、
燕尾服のシャツの中から
ちらりと覗かせていた白い首筋を
吸血させやすいようにと魅せつける
甘い血が巡っているのが観ただけでわかる

だが吸血鬼にとって吸血は特別な事

甘い香り、いくら血に飢えていようとも
無闇矢鱈に吸血するわけにはいかない

意図せず吸血した相手を眷属にし
とても【人間】と言う事すら出来ず
かと言って【同胞】とも呼べない
【相手を壊してしまう事】が殆どだ
吸血によって上手くいくのは【契約】だけ
同じものを契約媒体に
契約関係を結ぶ事が出来るなら
相手を破壊することなく吸血し
生きながらえさせることが出来るだろう

けれど【契約は半永久的なもの】
吸血鬼は生涯1人の人間からしか
飢えを満たし命を繋げ続ける吸血が出来ない

眷属を作るためだけの吸血では
飢えを満たせないから。

《この人…普通の人間には感じない。
きっと吸血のことだって知っているはずだ》

『どうしましたか?
私の血は貴方の口には合いませんでしょうか
まぁ…私自身、
私の血の味は判りはしないのですが。』

声…も…兄様みたい
全部…全部…。

『……ぁれ』

『訳ありだとは思っていましたが
泣くほどの何かがあったのですか?お嬢さん
ほら…涙は貴方の美しい碧眼には似合わない
………大丈夫、大丈夫ですからね。
此処には怖いことなんてないのですから』

【怖いことなんてないんだよステラ
兄様がずっと守ってあげるから】

『……、その、十字。』

『……十字……?嗚呼…これの事でしょうか
これを【媒体に契約】を結んだほうが
お嬢さんも吸血しやすいのですか?』

『やっぱり…知ってた』

『あはは……ふふ。
えぇ…私も"訳あり"なのですよ。
長らく、私は捨てられてしまった身故に
【主人】を…新しく忠義を尽くせる
そんな【御身】を探し続けているのです
そんな中貴方様の様な吸血鬼と出逢うなんて
ある意味、出来過ぎだとは思いましたが
運命なのだと確信したのです
この方ならば私の忠義を尽くせる
生涯を生命を此の身を捧げる事ができる
一眼見た、あの時から想っておりました
つまり…ですから.....そうですね
私を貴方様の御側に置いては下さいませんか
麗しい御嬢さん』

ローブの裾を掴む手を離せない
離したら……何故かなんてわからない
でも、この人が何処かへ行ってしまいそうで

『?』

『……契約して。』

『.....お嬢さん?』

ぎゅっと抱きしめる
甘い匂い…甘くて酔いそうな匂い
兄様と、【同じ匂い】だ
拒むなら直ぐに外へと考えていたのに
優しく頭を撫でてくれるから

『ぼくと、契約して。ぼくと一緒に居て
ぼく、…ぼくは【ステラ・テオドール】
ぼくの真名。魔族が真名を明かすのは
信じたものにだってすることはない…から
命を預けていいと判断した相手にだけだから』

『ふふ…えぇ……存じておりますよ……つまり
私を【信じていいと判断してくれた】
お嬢さん…いえ
ステラ御嬢様の命を預けるに足ると
判断してもらえたようですね。
嬉しゅう御座います』

僕に手を伸ばし、僕の頬を撫でる
僕はその白く甘い香りのする血潮が巡る手に
猫のように擦りつく
冷たく儚い、兄様の手にそっくりなその手に
縋り付く

そうして僕は胸元にしまっていた
碧薔薇のロザリオを取り出し見せる

驚く様子もなく【黑夜】は
同じように薔薇十字を見せる
契約の媒体は完璧と言っていい
真名の開示もした

吸血だけが…残っている
『僕と契約…してくれる?』

『ふふ……可愛らしい御嬢様
先程までの勢いは何処に行ったのでしょうね
……喜んで御嬢様
今日から貴方と私は2人で一つ
貴方が命果てる時が私の死する時、此の身を
生涯を持って貴方様の御側で御仕え致します
だから大丈夫怖い事、なんてないのですから
【御出で】……………。』

その言葉で飢えを耐えて居た、タガが外れ
ただの夜の魔物…吸血鬼へと本性を変える
"其れ"は青年を両腕に抱き寄せて
その甘い血が流れる首筋に牙を突き立てる

『……、大丈夫。大丈夫ですからね』

甘い血を其の身に流し込み
涙をポロポロと流す姿は赤子が母に縋る
そのような光景だ

甘い蜜のような血が口の中に、吸い付く度に
【僕の身体を巡る】のを感じながら
【黑夜】にも僕の手首を切り
溢れ出てくる血を与える

僕のロザリオは血が滴り流れ
青薔薇の細工を紅に染めてあげ
飢えが満たされていく

僕の首には
鮮やかな薔薇家紋の紋章が浮かび上がる
ああ、【成功】したのか

契約を完成させた証
僕の首、逃げてきた家の紋章

『…、終わった…の……ですね…御嬢様
どうやら私は……貴方様のおかげで
ただ彷徨うだけの屍鬼には成らずに済んだようです』

『ありがとう。黑夜、こくやっ』

『わっ、急に動くと危ないと……っ⁈』

『?私の姿、びっくりした?
小さい子供は省エネモードなんだよ
本来はこのスタイル抜群なレディにも』

『⁈』
『こんな風に男体にもなれる
ま、女の子の姿の方が吸血しやすいんだけど
僕は吸血鬼では名高いテオドール家の
3代目次期当主【ステラ・テオドール】
和名…は…、確かあやめ。菖蒲だったかな
こう見えて真祖の吸血鬼、
黑夜より長生きな御嬢様なんだよ?
これからよろしくねっ!こくやぁっ』

『は…はは…これは吃驚した。
本当【魔族の方々】は
何を考えているか読めませんねぇ……。』

『契約したんだからっ!契約したの!
契約して!黑夜ッッ!!』

『ん、はは…っ……はい…御身の御心の儘に
これからよろしくお願い致しますね
愛しい御嬢様』

優しく微笑み頭を撫でてくれる大事な契約者
大事な執事
大事な黑夜

『というか
そろそろ私の上から退いてもらっても……?
一応私も男なのですよ御嬢様…ですから』

『え~~…やだぁぁああ』

『あー…はは。本当に可愛らしい御方ですね
これは本当に先は長いようで……。』

『吸血鬼の僕は寿命なんて
人なんかより!だいぶ長いし!
黑夜だって契約者なんだし!
たくさん長い時間があるんだよっ』

きっとこの先に待つのは
幸せばかりではない
それでも、黑夜の側。
もう大事なものを失くさないように
護れるように。

しめてこの始まりの物語は
こう締め括るとしよう。

共に新しくやり直す人生
其れはきっと激流のような日々ばかりなのだろう
生まれ変わった今日この日から
たとえどんな運命を辿るとしても
固く結ばれた契約…
そうして絆を産み出す2人に幸あらん事を。 
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