病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

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17.予行練習

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 名門侯爵家の結婚式を控え、私は連日リハーサルに追われていた。
 衣裳の重さも、儀式の手順にもやっと慣れてきたところ。重いティアラを外してふぅーと一息吐いたところでルーファスが能天気に話し掛けてきた。

「なあー!結婚式の練習しようぜ!」

 ルーファスがしつこい。
 彼の言う結婚式の練習は『誓いのキス』。「慣れておいた方がいいだろ?」なんて言うのだ。

サイハル王国では誓いのキスなんて無かった。人前で、キ、キスするなんて!!

「お前の元婚約者もしてただろ?」

「あ、あれは人前じゃ無かったわ。キスは人目を忍んでするものよ。」

「だから、慣れておこうぜ!まず、キスに慣れないと、だろ?」

 私とルーファスは口づけもまだだった。
 だって恥ずかしくて仕方ない。

 練習だと言われ、ルーファスと向かい合いそっとヴェールを外される。

 こうやってまじまじ見るとルーファスってかっこいい!好きになってしまってからは何倍も補正がかかるのか直視出来ないレベル。

 そして、「ん?」なんて小首を傾げて甘く微笑みかけてくる。
 くぅ~

 たくさんの夜会に参加して知った事実。
 この微笑みは私だけに向けられる特別なもの。
 綺麗な令嬢に囲まれていてもルーファスは令嬢たちが見えていないかのように振る舞う。

 ルーファスを好きだっていう皇女さまと会ったことがある。皇女様を見る彼の視線は凍っちゃうってくらい冷たくて……。

『ルーファスって興味ない女性にはこんな顔をするんだ。』って思った。

 だけどルーファスの人気は婚約後さらに高くなった。私だけを大切にしている姿を見て、他の令嬢が憧れるらしい。

 そんなルーファスは私を見つめると、本当に優しげに笑う。頬を撫でる指も低くて男らしいその声も、私のことを大切だって伝えてくれる。

「目、閉じろよ。」

 こうしてじっと見つめられると、顔が熱くて爆発しちゃいそう!
 だから当然目なんて閉じれなくて……。

 私だってルーファスの事、好きだもの。
 だから可愛い自分を見せたい。
 なのに……こんな真っ赤になってじっとりと汗ばんでいる顔を至近距離で見られるのは本当に辛い。

「だ、だって恥ずかしい……。か、顔……近い……。」

「目、開けたままでもするぞ?」

 ひゃあ!
 頭を押さえられたっ!
 もう、逃げられない!

 ぎゅっと目を閉じていると、ぷにぷにと親指?で唇を触られた。

「唇の力を抜けよ。」

「む、むり……。」

 固く唇を引き結んでいると、ふわりと柔らかい何かが触れた。
 え?
……今のって……。

「終わったぜ。」
 そう言われて警戒心が緩んだ。顔全体に入っていた力を抜いて目を開けると、
「んっ……!」
突然唇を塞がれた。さらりと彼の前髪が揺れる。

 温かくて、柔らかくて、何だか自然と心がほぐれる。
 キスってこんなに心地よいものなんだ……。彼への愛しさが溢れだして、逞しい身体に腕を回した。

 唇が離れると今度は寂しい。なんて勝手だろう。もう一回して欲しいな、なんて思う。

「顔、蕩けすぎ。人前でこんな顔見せらんねーな。」

 あっ!今、私……だらしない顔してた??

「その表情は禁止……だ。」

 もう一度顎を掬われ唇が重なる。

「ぁ…!」

 そしてまた唇が離れ、ルーファスは私の頬を両手で挟み、揶揄うように微笑んだ。

「そんなぽぉっとした顔すんなよ。止まんねぇぞ。」

 何度も降りてくるルーファスの口づけ。軽く響くリップ音。

「ティア……。」

 腰が砕けそうなほど愛しげに名前を呼ばれる。身体中の血液が逆流して顔に集中する……頭がのぼせる……。

「もっ……それ……反則……。」
「何がだよ?」
「立って……られない。」

 くすりと笑われ、胸に抱きしめられた。

「いいぜ。全部俺に預けてろよ。」

 ルーファスの胸の中は温かく私を包み込んでくれる。彼は言葉にこそしないがいっぱい『好き』を伝えてくれる。
 私もあんまり『好き』なんて照れてしまって言えない。だから、ルーファスに私の気持ちを伝えたくて……。

「ルーファス!」
「ん?」

 私を覗き込むルーファスの顔をぐいっと近づけて頬に唇を寄せた。

「っ!」
「わ、私からはこれが精一杯だからっ!」

 ルーファスはくくっと喉の奥で笑うと額同士をくっつけてきた。

「今時、子供の方が進んでるぜ。」

 意地悪な笑顔。その視線はまっすぐに私を見つめる。

「こ、こ、こ、今度ね。」
「楽しみにしてる。」

 ルーファスはその日、ずっと機嫌が良くてニコニコしてた。

 誓いのキスの予行練習はすればするほど酷くなった。ルーファスは悪戯するように私の耳朶を擽ったり、髪を梳いたりするから……。
 とうとう私はキスされると反射的に力が抜けてその場に崩れるようになり、話し合いの結果キスは頬にすることになった。

 お義父様とお義母様の生温かい視線。
 その恥ずかしさを私は忘れない。







 リハーサルの甲斐あって、結婚式は恙無く執り行われた。
 石造りの古い教会で行われた式は厳かでいて華やか。女の子の夢と憧れがつまった結婚式!!

 そして何よりルーファスが素敵だった。会場の女性から溜め息が漏れるほどの美貌。そして、私だけに向けられる甘い笑顔に会場の女性からは悲鳴にも似た声が上がる。

 キャーキャー言われて育ったからこんなに偉そうなんだ、なんてこっそり思う。

 それでも幸せで……。
 私は浮かれていて、その夜が初夜なんてすっかり忘れていた。


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