病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

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15.帝国の魔術師

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 私達の婚約も整い、結婚準備のため私達はますます忙しく過ごしていた。

 由緒あるスタンリー侯爵家の挙式。私の花嫁修業も大詰めだ。

 結婚式を控えて少しマリッジブルーに陥っていた頃、スタンリー侯爵が帝国の歴史の勉強中に何の脈絡かは忘れたが、ルーファスのことを話し始めた。

「ティアちゃん、ホントにありがとう。今のルーファスを見ていると私達も嬉しいのよ。」 

 急にお礼を言われて戸惑ってしまう。彼は何か変わったんだろうか?

「昔は違ったんですか?」

「私も経験あるんだけど、侯爵家うちの生業って諜報活動が多いからさ、人間の裏の顔を見ちゃうの。」

 少し物憂げに指先に髪を絡めて話す様子は女性そのもの。知っていても、これがあのスタンリー侯爵なのかと思うほど完璧な女装。

「あの子は、魔術の才能があったから、丁度多感な年頃に、たくさん人間の醜い部分を見ちゃったのね。一時期は本当に刺々しかった……。」

 スタンリー侯爵は、それでルーファスの負担を減らすため自身も女装をして潜入調査を多く請け負うようになったそうだ。

「人間不信って言うの?あれ、辛いわよね。そばで見ていてもしんどかったもの。周囲に誰も近寄らせないなんて……孤独よね。」

「そうだったんですか……。」

「まさかあの子が結婚するなんて思わなかったわ。私たち、ティアちゃんには感謝してるのよ。あの子を救ってくれたのはティアちゃんよ。」

 そう……なんだろうか?
 自信家で尊大な彼しか見たことが無い……。

 黙り込んでしまった私に、スタンリー侯爵は綺麗に微笑んだ。

「これからもよろしくね。ティアちゃんしかあの子を支えられないから……。」

「私で大丈夫でしょうか?」

「勿論、保証するわ。」

 スタンリー侯爵は、寂しいような安心したような、そんな親としての複雑な表情を覗かせた。
 
「それと、皇太子殿下が一度直接会いたいそうよ。スタンリー侯爵家の嫁が信用に値する人物か直接確かめたいんだって。」

「え?こ、皇太子殿下??」

「大丈夫よ。皇帝陛下は全部事情はご存知だから。皇太子殿下は少し強引な所もあるけど……そんな無理難題は言ってこないと思うわ。」

 ルーファスもスタンリー侯爵夫妻も、皆が私を必要としてくれている。その期待に応えたいと思った。

「何か気を付けることはありますか?」

「兎に角、微笑んで何を要求されても応じない事ね。あとは……ルーファスが妬くから近づき過ぎない事。」

「……。」

「あの子があんなに独占欲が強いなんて思わなかったわ。ティアちゃんはこれからも大変よ。」

 パチリと片目を瞑る仕草は壮絶な色気があって……。
 きっとお義父様に本気で恋する殿方もいると思う。
 義父に女子力で負けてるなんて洒落にならない。
 もっと頑張らなきゃ。







 男装?したお義父様が皇宮にある殿下の執務室に案内してくれた。
 内密に会いたいらしい。

 皇太子殿下は30代半ばだろうか、精悍な顔立ちだが、穏やかに微笑んでいてフレンドリーな印象だった。

「君がルーファスが大切にしている令嬢か……。」

「は、はじめまして、皇太子殿下。お目にかかれて光栄です。」

「カチカチになって緊張して、可愛いなぁ。ルーファスが夢中になるのも分かるよ。」

 殿下は此方に歩いてくると、手を差し出して握手を求めてきた。
 急いで手を出すと、ぐいっと腕を引かれてバランスを崩した。

「きゃっ!」
「おっと、危ない。」  

 転びそうになった私を殿下は抱き止めてくれた。

「あ、ありがとうございます。」
「いや、構わないよ。役得だね。」

 その時、バタンと勢いよく扉が開きルーファスが部屋へと入ってきた。

「やぁ!ルーファス、早かったね。」

 殿下の軽い口調にルーファスは苛ついたように顔を歪ませた。かなり怒っているみたい。
 そして、大股で此方に歩いてくると、私を腕の中へ取り戻し、殿下から見えないように背中に庇った。

「ティアは俺のだ。触んなよ。」
 
 皇太子殿下にそんな態度で良いのだろうか?不敬罪で逮捕とかされない?

ルーファスにお咎めが無いかドキドキする。

「思ったより酷いな……。」

 殿下は呆れたように溜め息を吐いた。

「あ?何がだよ?」

「ルーファス、君が腑抜けてるって事さ。この子は君の弱点になるだろう。帝国の要になる君を動かすため、この子は狙われるだろうね。この子を人質に取られてもルーファス、君は国を裏切らないと約束できるかい?」

「俺が守る。口出しすんなよ。」

 私がルーファスの弱点……。
 ……そうか……ルーファスは帝国にとってそれだけ大切な存在なんだ……。

「守りきれるのかい?この子はお人好しだね。誰かに利用されるのは目に見えているよ?」

「守りきるさ。」 

 皇太子殿下は私の方を向いて、優しげな口調で話し掛けてきた。一見柔らかい笑顔の中には、私に対するはっきりとした侮蔑の色があった。

「ねぇ、セレスティア嬢、彼には俺の妹の方が似合うよ。美姫と評判で非常に聡明だ。彼の後ろ楯にもなれる。君は身を引いてもらえるかい?どちらを娶った方が彼のためになるのか、考えなくても分かるだろう?」
 
 頷きたく無かった。お義父様にも要求に応じるなって言われた。きっとこの事だ。
 私がルーファスの隣に立ちたい。

 黙って殿下を見返していたら、ルーファスは私の頭をポンポンと軽く叩いた。まるで私に心配するなって言ってるみたいに……。

「そっちがその態度なら、俺はこの国を出るぜ。」

「セレスティア嬢はここに残るんだ。ルーファスのお荷物になりたくないだろう?」

「関係ねぇよ。ティアはまた俺が誘拐するんだからな。」

「え?え?ルーファス?」

 ルーファスは私を肩に担ぐと、部屋を飛び出していった。

「しっかり掴まってろよ。」
「で、でも……。」
「俺のこと好きなんだろ?おとなしく、攫われてろよ!」

 答えの代わりに彼の肩にしがみついた。

「ルーファスっ!待てっっ!!女のために地位を捨てるつもりか?」

「ああ。」

 ルーファスはあの時と同じように、騎士たちが追いかけてくるのを華麗に躱しながら宮殿の外へと逃げていった。

 いつも私のことを揶揄って、意地悪で……。でも一瞬の躊躇もなく、私を攫って逃げてくれた。

「夜会の時とは追っ手の数が違う。手を離すなよっ!」

 兵士達の剣が、矢が、歪んだ空間に吸い込まれる。景色は滑るように流れて、振り落とされないように必死に彼の服を握った。
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