病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

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11.スタンリー侯爵夫妻

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 領地からルーファスの両親が屋敷にやって来ることになった。

「貴女ね。ルーファスのハートを射止めたのはっ。」

 屋敷に入るなりスタンリー侯爵夫人はパタパタと駆け寄ってきて、私に抱きついた。

「逃がさないわよ。やっと来た我が家のお嫁さんだもの。」
「え、え?」
「あの子の結婚なんて諦めていたけど、好きな子が出来たのなら、もう逃がさないっ。次はないもの。」

 腕に籠った力に執念を感じる。

「スタンリー侯爵夫人?」

「嫌よ、リロイって読んで。」

 涼しげな目元。ルーファスはお母様似なのだろう。クールな外見に似合わない熱い性格みたい。

「ヤメロ!俺のフィオナに触るな。普通に腹立つから。」

 抱きしめられている私を見て、ルーファスは慌ててこちらに駆け寄ってきた。

『俺のフィオナ』って言った?何だか恥ずかしい。

「やあね。嫉妬深い男は嫌われるわよ。器が小さいってね。安心して、私はビアンカ一筋よ。」

 ルーファスは私を取り返すと、庇うように胸に抱き込んだ。

「二人とも、ちゃんと説明しないからフィオナちゃんがびっくりしてるわよ?」

声のした方を振り替えると、見目麗しい男性が困ったように微笑んでいた。

「母さん、このオヤジ止めてくれ。」

「あんたこそ、何してんのよ。折角惚れた女が出来たのにぐずぐずして逃げられそうになってんじゃないわよっ!」

「え、え?ど、どっちがお母さんって?」

 ルーファスは男性の方を向いて「母さん」って言った??
そして、「オヤジ」と指差す先にはドレスを着た美しい女性……。私がスタンリー侯爵夫人だと思っていた人……。

ルーファスは、気まずそうに私を見ると両親を紹介してくれた。

「こっちのドレス着てんのがオヤジ。……で、あっちで男装してんのが俺の母さんだ。」

「こ、侯爵夫妻って……。」

「ふふふ。私たちねぇ、潜入調査するときは、二人でこうやって夜会にいくのよぉー。そしたら癖になっちゃってぇ。」

ドレスを着たスタンリー侯爵は朗らかに微笑んだ。その辺りにいる令嬢よりも美しくて華がある。

「あっ、勿論普段からこんな格好している訳ではないのよ。」
「普段からある程度訓練しておかないと、いざという時に襤褸が出るからな。」
「ふふ。そうね。」

 侯爵夫妻はお互いの顔を見つめ合う。
 とても仲の良い夫婦みたい。

「とにかく、お前はこれからオヤジと母さんの元でサイハル王国訛りの言葉を直したり、淑女教育を受けて欲しい。リックネル帝国の歴史、貴族の顔、覚えることは山ほどある。」

「私……本当に別人としてこの国で生きていくの?」

 ルーファスは私の身の振り方をどんどんと決めてしまう。彼が私の為を思って色々と手を回してくれているのは嬉しく思う。

 でも……。

「新しい身分は用意する。だからフィオナは俺に全て任せておけばいい。」

 自分のことなのに、全てルーファスに決められてしまうのが納得いかなかった。

「少し考えさせて……。」

  分かってる。祖国に戻っても私の家は無い。ここにいる為には、この国の人間として自然に振る舞う必要がある。
 私が死んだはずのフィオナ・ローレラだとばれてしまえば、スタンリー侯爵夫妻にも迷惑が掛かってしまう。

 私は混乱したまま、逃げるように部屋へと戻ってしまった。





「ちょっと、いいか……。」
「ええ。」

 夕食後、部屋でぼんやりしていたらルーファスが飲み物を持って部屋へと訪れた。

「……なに?」
「お前、まだあのキリアンって奴の事が忘れられないのか?」
「へぇっ?……き、キリアン?」

 思いもしなかった名前が出てきたのに驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。

「違うのか?」
「キリアンは……。」

  兄のような存在だった。憧れてもいた。
  ルーファスにこの気持ちを上手く説明出来そうにない。どう話そうか考えていると、ふと彼の手元のグラスが目に入った。

「それ、お酒?」
「ああ。」
「少し、頂戴。」
「別に構わないが……。」

 お酒を飲むと、口が滑らかになるって聞いた事がある。ちょっとお酒の力を借りてみよう。そんな風に思い立ち、グラスを受けとる。
 渡された琥珀色の液体は果実のような甘い匂い。

「いただきます。」

 美味しそうな匂いにつられて、グラスを一気に飲み干すと、喉の奥がカッと焼けるように熱くなった。
なにこれ?痛いっ!

「ぅう゛っっ……。」
「馬鹿っ!それは強い酒だ。一気に飲むなっ。」

 彼は慌てグラスを私の手から奪い取って水を飲ませてくれた。

「だって……美味しそうだったんだもの。」

 女性用の果実酒と違って、飲んで直ぐに頭がくらりとした。早くも酔いが回ってしまったらしい。

「ああ、こんなに一気に……。」

 呆れたように呟く彼をよそに、私はふわふわしていい気持ちになっていた。
 本当に口が滑らかになったみたい。私は思いきって気になっていたことを聞いてみた。

「ねぇ、ルーファスは私の事をどう思ってるの?」
「は?」
「『気に入った』とか『結婚しようぜ』とか、軽く言ってるけど、そんな軽い気持ちじゃ結婚なんて出来ないよ。」

「軽い気持ちじゃ……。」

「愚かで可哀想な私を気まぐれに助けるだけなら止めて。」

「そんなんじゃ無い。」

「じゃあ、私の事、どう思ってるの?」

 彼はぐぅっと喉の奥で唸り、暫く黙り込んでしまった。

「……。お前の方こそ、俺の事、どう思ってんだよ?」

 彼の表情からは、いつもの余裕が失われていて……。黒曜石の瞳に、私の惚けた顔が映った。

「わ、私は……。」

 私の中のこの感情は何だろう?
 キリアンに向けていた気持ちとは別のもの。
 彼の一挙手一投足に振り回され心が落ち着かない。ルーファスに見つめられるとドキドキして、逃げたくなってしまう。でもそばにいたいし、もっと近づきたいとも思う。

「わ、私……恋愛とかわかんない。けど、今、私を一番喜ばせることが出来るのも、悲しませることが出来るのも、貴方だと思う。……ごめん。はっきりしなくて……。」

何?これ……。
愛の告白みたいに恥ずかしい……。
熱に浮かされて頭がぽうっとして意識が遠のく……。ふらふらして、彼の肩に凭れ掛かった。

「そうか……。一回しか言わないからな……。俺はお前のことが好きだ。」

 彼の低い声が身体に心地よく響く。

「結婚するのはお前しか考えられない……。だから……結婚してくれ。」

「……。」

「フィオナ?」

「……くぅ……。」

「くぅ?……フィオナ?」

「zzz……。」

「おいっ。……マジか。……はぁーー、ブランデーのせいか……。ストレートで飲んだからなー……。」

 彼の呟く声は私には届かない。その夜は甘酸っぱい夢を見た気がした。
 



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