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12.御披露目
しおりを挟むそれから数ヶ月、私はスタンリー侯爵夫妻の元で侯爵夫人教育なるものを受けた。侯爵夫妻はそれぞれ女性の姿だったり、男性の姿だったり……。
スタンリー侯爵は男性の姿だと、途端に無口で控え目になる。そのギャップが未だに慣れない。
四人の家庭教師がついた気分。
一方ルーファスは忙しいらしくて、帰りが遅くて夕食を一緒に食べれない日も多かった。
☆
そして、スタンリー侯爵家主催の夜会の日がきた。
私は別人になって、ルーファスの婚約者として紹介される。
私の名前はセレスティア・コンスル。コンスル伯爵令嬢だ。遠い姻戚関係にある少女を養子に迎えたことになっている。
名前はルーファスと一緒に相談して決めた。自分の名前を自分で決めるなんて不思議な気分。
私がコンスル伯爵にエスコートされ会場に入ると、すでにルーファスは大勢の女性に囲まれていた。
美しく着飾った女性たちがルーファスの興味を引こうと四方から話し掛けている。彼はいつもの意地悪そうな笑顔さえ見せず、無表情のままで会話に応じていた。
こうやって彼を見ると、確かに素敵だ。スラリと背が高くて、黒い艶やかな長髪に整った顔立ち。
その切れ長の瞳はクールで知的な印象を彼に与えている。
思わず見惚れてしまう。
ルーファスは私の方をチラリと見ると令嬢方との会話を中断して此方に歩いてきた。
着飾った令嬢からの秋波を無視して、まるで私しか見えないみたいに真っ直ぐに歩いてくる。彼の瞳に見つめられ鼓動が早くなる。
このドレスはお義母様と一緒に選んだ。クリーム色のマーメイドラインの大人っぽいドレス。ドレスの全面にシルバーの刺繍が施され、模様が浮き出て見えるようになっている。
彼は綺麗だと思ってくれるだろうか?
ルーファスが歩くと、令嬢たちも後ろについてくる。ルーファスはちょっとあり得ないほどモテるみたい。
彼は私の前に立つといつもみたいに意地悪く微笑んだ。
周囲の人々がはっと息を呑む気配がする。
「……?凄い人気なのね。」
「当たり前だ。帝国一だからな。」
口角を上げて自信たっぷりないつもの表情。彼は私の前に立つと、頭から爪先までたっぷりと見つめてふっと小さく息を吐いて笑った。
「上出来だ。」
手を差し出して私をダンスに誘ってくれる。周囲から『ルーファス様が笑ったわっ!』なんて驚きの声が聞こえてくる。
「この令嬢か……。国一番の魔術師が掴まえたのは……。」
壮年の男性が話し掛けてきたのを、無視して彼は私をダンスフロアーへと連れてった。
「いいの?」
「ああ、自分の娘を紹介したいだけだ。相手にすると疲れる。」
ダンスの練習相手はお義母様。サイハル王国では無い曲やダンスがたくさんあって、今まで練習してきた。彼と踊るのは久しぶり。
「母さんと練習してきたんだろ?」
「う、うん。」
見上げた彼の顔の近さに緊張する。心臓が煩いぐらいドキドキして、顔が熱い。以前踊った時はこんなに恥ずかしく無かったのにっ。
「あの人、ダンスにはうるさいからな。楽しみだ。」
「ふふふ。任せてっ!」
彼の期待に応えたくて、私も自信たっぷりに見えるように笑顔を作った。
やっぱりルーファスとのダンスは楽しい。覚えたばかりのステップが決まるとツンと顎を上げて彼を見た。
「合格だ。」と言わんばかりに微笑んでくれる。その瞳には、ほんの少し甘さが混じっていて……。
「頑張ったな。上手くなってる。」
耳元でそう囁かれると、嬉しくなってニカッと彼に笑いかけた。
「ふふっ。見直した?」
「ああ。」
ダンスの時間は楽しくて、あっという間に終わってしまった。
ダンスが終わり挨拶すると、私たちは会場中の視線を集めていた。
やっぱりルーファスは人気があるらしい。敵意の籠った令嬢方の視線が痛い。
ちょっと居心地が悪くてルーファスの方を見ると、彼は、はっとするぐらい優しい微笑みを浮かべて私を見ていた。
これは、私だけに見せてくれる特別な笑顔。
そんな気がした。
ドキドキして胸が苦しい。上手く笑えそうに無い……。
そんな中、彼に話し掛ける能天気な声が聞こえた。
「ルーファス!」
「ああ、ロイか……。」
彼の表情から気安い友人なのだろうと思った。
「凄まじい視線浴びてるな。相変わらずモテモテのご様子で。女嫌いのお前が突然現れた令嬢とダンス踊ってるもんだから、あちらのお嬢さん方が殺気立っちゃって大変だぜ?」
「はっ。ほっとけよ。」
彼はうんざりした様子で、チラリと令嬢の方を見やった。
「この女性が噂のコンスル伯爵令嬢か?はじめまして。俺はルーファスの友人のロイ・デッケラです。コンスル伯爵令嬢、俺とダンスを踊っていただけませんか?」
手を差し出されて、その手を取ろうとした瞬間、彼の手がパシリとはたかれた。
「阿呆。誰が婚約者を他の男と踊らせるんだよ。」
「は?お前、そんなタイプだった?」
「当たり前だ。ほら、ティア。挨拶に回ろう。」
「え?……ええ。」
「そんな独占欲強いと嫌われるぞっ。」
背後から聞こえる友人の声を気にも留めず、彼は強引に私を引っ張って、その場から立ち去った。
「別にアイツとは話す必要ないから。」
ロイさんの言うとおり、独占欲なんだろうか?見上げる彼の表情からほんの少しの苛つきを感じた。
私と彼の婚約披露を兼ねたパーティー。
身構えていたけれど、彼は一時も離れず私と一緒に来客の方々と挨拶して、私の事を婚約者だと紹介してくれた。
彼の両親は変装姿じゃなくて、威厳のある侯爵夫妻って感じだった。
「ご子息の婚約者も決まって安心ですな。」
「うむ。」
来客にそんな風に話し掛けられて、スタンリー侯爵は鷹揚に頷いた。
いつもハイテンションの侯爵様とは別人。
スタンリー侯爵夫妻も私を大切に扱ってくれて、私との婚約を歓迎していると態度で示してくれた。
そうして私はルーファスの婚約者として周知されたのだった。
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