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8.隣国でした
しおりを挟む目が覚めるとダマスク柄の豪華な天井。
「ここは……?」
室内には誰も居ない。私は天蓋つきの大きなベッドに寝かされていた。
クリーム色で統一された家具は上品でセンスの良さを感じる。私に着せられているパジャマも上質なシルク。
私、誘拐されたはずじゃ?
「おーっ、目が覚めたか?」
ガチャリと扉が開き、男が入って来た。
夜会でダンスを踊ったあの男。
「何故、貴方が……。」
「攫っ たのは俺だからな。」
「なっ……。」
「お前を気に入ったから攫った。あんな浮気野郎より俺と結婚しようぜ。」
「ふ、ふざけないでっ!!」
近くにあった枕を彼の顔面めがけて投げつけた。彼は難なく枕をキャッチすると、ニヤリと笑った。
「そうそう、俺の任務は危険を伴うからな、それくらい気が強く無いと駄目なんだわ。」
おどけた口調。
貴族令嬢の誘拐なんて大それた事をしておいて……。彼の本心が読めない。
「家へ返してよっ!!」
「無理だな。ここはリックネル帝国。お前は今日からここに住むんだ。」
「ど、どうして?話にならない。もう帰るわ。」
ベッドから出て部屋を出ようとすると、くらりと眩暈がした。
「大丈夫か?悪いな。馬車の中で騒がれては困るから、ずっと魔術で眠らせて運んだんだ。」
ふらついた私を咄嗟に支えると、彼は心配そうに顔を覗き込んできた。
黒髪、黒目の美丈夫。二十代半ばだろう。
あれ?彼はこんな顔だっけ?何回も見た顔なのに思い出せない……。
「あなた……誰よ……。」
「説明は後だ、今は休んどけ。」
「きっとみんな、心配してるわ。早く帰らないと……。」
きっとセレニティーもキリアンも私の家族も。みんな必死に私を探しているだろう。
「そうか?お前の周りの人間はお前自身の幸せになんか興味は無さそうだったぜ。」
「……っ。」
酷い言い草……。
なのに、率直なその言葉が真実だとも思った。まだ、混乱しているのかもしれない。
「悪い、言い過ぎた。今はとにかく寝てくれ。顔色が悪いぞ。」
黙りこんでしまった私を見て、彼は少し慌てたみたいに謝ってきた。
誘拐なんて非道なことをしておいて、心配するように私を見つめながら、ベッドにそっと横たえてくれた。髪を撫でる手は、乱暴な口調からは想像がつかないほど優しくて……。
横になると急に意識がぼんやりと霞んできた。
どうして誘拐されてしまったのか、あれからどれくらいの時間が経ったのか、聞きたいことが山ほどあった。
「なぜ……わたしを攫ったの……。」
「お前がーーだったから……。」
彼の声は小さくてよく聞きとれない……。
疲れていたのか、魔法の影響か、私は直ぐに眠りの世界に落ちていった。
☆
「ぅんーー。」
目が覚めても、やっぱり見慣れない天井の部屋。
冷静になって考えてみるとなんて酷い男。無理やり攫って娶ろうなんて……。
あんな男と結婚するくらいなら、愛は無くても気心の知れたキリアンと結婚した方がましだ。
幸い部屋には誰も居なかった。まだ眠っていると思っているのだろう。
私はそっと部屋を抜け出した。
「広い……。」
部屋を出ると廊下が真っ直ぐ続いていて、かなり長い。伯爵家の我が家より断然広くて、調度品は飾り気の無いデザインながらも質の良さを感じる。きっと高位貴族の邸宅だろう。
けれど、その割には使用人は少なくて建物内はしんとしていた。
彼は一体何者なんだろう。そんな疑問を感じながらも、外へと通じる通路を探しながら歩いた。
「……ぁ。」
扉が少し開いて灯りが漏れていた。中から男性の話し声が聞こえる。あの男かもしれない。
「フィオナ様に真実を伝えては?」
「分かってはいる。隠しきれるものでもないしな。だが、…………誰だっ!」
キィー
「フィオナ……か……。」
「何?何なの真実って!」
彼は何とも言えない表情を浮かべて黙り込んだ。
その表情に不安が募る。
「お前の家族は罪を犯した。今はもう捕まって取り調べられているはずだ。」
「……え?……ま、まさか……。」
彼に詰め寄りじっと顔を見上げた。その苦しそうな表情が全て真実であることを告げていた。
「全て話すから……落ち着いて聞いてくれ。」
彼は私をソファーに座らせると事の経緯を話し始めた。
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