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6.誘拐

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 再び訪れた夜会の日。私は幼馴染の二人のダンスを眺めていた。私は目立たないよう壁際に立つ。両親からそうするように言われていたから。

 楽団の奏でる円舞曲の華やかな音色。
 きらびやかに着飾った人々。
 招待客はそれぞれ、ダンスを楽しんだり、踊り疲れた人たちはシャンパンで喉を潤しながら会話を楽しんでいる。

 体調が回復したセレニティーは本当に楽しそう。弾けるような笑顔。セレニティーのお母様が亡くなってから、彼女のこんな笑顔は見たことが無い。セレニティーが元気になった事が嬉しかった。 

 だから

 この夜会が彼女と会える最後の日になるなんて思っても無かった。

「侵入者だっっ!!!」

 楽しげな雰囲気を壊す、切迫した怒声。続いて響く大きな破壊音。

 ガシャーーーーーーン!!

「キャアーーーーーーッッ!!」

 招待客が甲高い悲鳴を上げながら逃げ惑う中、真っ黒なローブを羽織った男が此方に走ってくるのが見えた。

 侵入者である黒いローブの男を捕まえようと、衛兵が鋭い剣で切りつける。けれど、何か不思議な力が働いているかのように剣はむなしく空を切った。

「賊だっ!魔術を使うぞっ!!」

 誰かが大声で叫んだ。

 そして黒いローブの男は真っ直ぐに私の方へとやって来た。
 


キリアン視点



 レニィの体調が回復し、来週の夜会には出席出来ると連絡があった。

 俺は早速エスコートを申し出た。勿論、婚約者であるフィオナを優先すべきであること解っていたが、レニィの身体が心配だった。

 フィオナも可愛いが妹のような存在。レニィを優先することを快く許してくれる。二人は大の親友だから。

 俺とレニィは既に身体の関係もあった。
 彼女が「いつ死んでしまうか分からないから、キリアンのものにして欲しい。」と泣いて縋ってきたから……。

 死ぬ前に全てを俺に捧げてしまいたいなんて、好きな女に言われれば、手を出さない男なんていないだろう。
 あの頃、彼女は母親を亡くしたばかりだった。同じような症状の原因不明の病。

 浮気している気なんて全くなかった。生きている間だけは、俺の全てはレニィのものだ。



 ある日、フィオナが他の男と仲睦まじくダンスを踊っていたのを見て、心の中がモヤモヤするのに気付いた。俺より明らかにダンスの上手い男。茶色い髪と瞳で、特徴の無い地味な男だった。侯爵家の嫁になるためには、他の男と姦通していてもらっては困る。
 何より、いつも笑顔で俺とセレニティーの後をついて来たフィオナが他の男と楽しそうに踊るのが気に入らなかった。

「フィオナ、君は俺の婚約者なんだから、他の男と続けて踊るのは感心しないな。」

 フィオナにそんな言葉をぶつけた。フィオナがシュンと俯くのを見て、自分の放った言葉に後悔した。

 フィオナは、男女の睦事なんて分からなくて、きっとただ楽しくダンスを踊っていただけだろう。

その後、レニィに
「フィオナだって、ダンスが好きなんだから見てるだけじゃ可哀想よ。」
そう言われて、自分勝手なことを言ってしまった事に気が付いた。そうだ、彼女はダンスが好きだった……。俺が踊ってやらないから、退屈だっただろうに……。

 フィオナへ謝罪もしないまま、彼女は次の夜会で黒いローブを羽織った男に連れ去られてしまった。

 俺がレニィとダンスを踊っていた、直ぐ横を通り抜けて。

 フィオナの婚約者は俺だったのに……。
 俺はレニィの手を握っていた。

 追いかけられもしなかった。誰が抱えられているのかも知らなかったから。彼女から目を離していたからだ。

 父親が血相を変えて俺の元に走って来るまで、俺はフィオナが無事かも確認しなかった。

「今、攫われたのはローレラ伯爵令嬢では無いのか?黄色いドレスだっただろう?」

「え?」

「馬鹿者っ!見て無かったのかっ!お前の婚約者だぞっ。婚約者を攫われて気付かないなんて間抜けにも程があるっ。」

 既に侵入者は屋敷から逃げてしまった。
 間抜けな顔で見送った自分に腹が立つ。

 俺に怒られた彼女は、きっと誰とも踊らず会場で一人、俺たち二人のダンスを見ていたのだろう。会場で一人だったフィオナは誰にも守ってもらえず、連れ去られてしまった。

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