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9.ローレラ伯爵家
しおりを挟む彼はルーファス・スタンリー。スタンリー侯爵家の嫡男。
彼の話では、リックネル帝国第2王子の婚約者の暗殺未遂があったらしい。侍女の自首で発覚したが、使用された薬物がどこの国でも栽培を禁止している植物から作られた毒茶。
ルーファスは皇帝陛下の勅命を受けてその植物の出所を探すために内偵していたそうだ。そして、辿り着いたのはサイハル王国のローレラ伯爵家。私の家だ。
「お前の兄が我が国への留学中、植物研究所の研究員を買収して、メイハン草を手に入れた。それをサイハル王国に持ち帰り密かに栽培してたんだ。その栽培施設はもう取り押さえた。」
「お兄様が……。」
「お前の両親と兄はおそらく……死罪だ。」
「し、死罪……。」
「メイハン草はそれだけ危険視されている植物だ。栽培だけでも一生牢で過ごすことになる。お前の家族は販売して、人の命を奪った。お前のお友達が熱を出していた原因も、その母親を殺した原因もお前の母親、ローレラ伯爵夫人が盛った毒のせいだ。」
「そんな……。セレニティーに?……お母様が……?」
「ああ。それが真実だ。」
「お父様たちが……犯罪を……。嘘……。信じない……。」
そう言葉には出したが心のどこかで彼の言う事が真実だと分かっていた。
「……そうか。だが……。」
彼は黙ったまま。
いつもはずけずけと話すのに……。冷たく見える黒曜石のような瞳は、痛ましそうに細められていた。
「家族、みんな……死んじゃうってこと?」
「……ああ。」
「い、いや……会わせて。みんなに会わせて……。」
ほとんど会話をしない家族だった。それでも……、ずっと同じ家で過ごしてきた。
「無理だ……。すまない……。彼らはライアット侯爵家に君が嫁いだら、侯爵領にあるバーネラ港からの交易を盛んにしてそこから交易品に紛れ込ませてメイハン草も輸出するつもりでいたんだ。かなり悪質だ。もうお前には会わせられない。」
私は家族に利用されていたということだろうか……。
「どうして……、どうして……。」
彼の胸をポカポカと力無く叩いた。だってどうすれば良いか分からなかった。
あんなに意地悪だった彼が、されるがままで……。
行き場の無い悲しみを彼にぶつけるように、いつまでも彼の胸を叩きながら泣いていた。
ーー私には帰る場所も既に無かった。
そして、それから1ヶ月の間、私がちゃんと眠って食事を食べているか、彼は見守っていてくれた。
時々食べることを止めてしまったり、逃げたくなったりした。
眠れない夜には何故か彼がホットミルクを運んできてくれる。まるで、私が眠れないのを知っているみたいに。
毎日じゃない。けれど、眠れなくて窓から星を眺めていると、必ずノックの音がする。夜の静寂の中、控えめに響く音にほっと息を吐く。扉を開けると、ふわりとミルクの温かい香りがした。
優しい言葉なんて無い。ただ、ポンっとカップを渡してくれる。そのミルクの優しい匂いは私を慰めてくれた。
ルーファスが仕事でいない日中は侍女が私の身の回りの世話をしてくれた。彼女の帝国訛りの言葉が、ここは異国だと強く認識させる。
ミュウと名乗ったその侍女は、底抜けに明るくて……。
彼女はお茶を溢したり、花瓶を倒したり、とにかく失敗が多くて、目が離せない。
私の服はサイズを間違えて注文して、湯殿の準備をすると水が張ってあった。
それでも明るくて可愛くて、すぐに仲良くなった。
ただ時間に流されるように、この屋敷で過ごし、私は少しずつこの先のことを考えるようになっていった。
☆
「セレニティー、元気かしら?」
彼と一緒に夕食を食べながら、ポツリと呟いた。
セレニティーの病気は私のせいだ。お母様に言われる度に私は彼女をお茶会に招待してた。メイハン草で作る茶葉は普通の茶葉と同じ味で、判別するのは難しいそうだ。
「ああ、身体は健康だと思うぜ。」
ルーファスから解毒剤を処方したから、セレニティーは健康になるって教えてもらった。
あのお医者様はルーファスだったらしい。
「だから、あの時見覚えあるって思ったのね。」
「よく分かったな。別人に見えるように魔術を掛けておいたのに。」
あの皮肉めいた表情でニヤリと笑う。
自信家のルーファスらしい笑顔。
「そうなの?」
「ああ、夜会の時にも俺の姿を正しく認識出来ない魔術を掛けてた。俺の顔は思い出せなかっただろ?」
「ええ。そうだったわ。」
ルーファスは帝国一番の魔術師らしい。だからこんな偉そうで自信満々なんだ……。
私は何回もこの家を出て修道院に行こうとしたが彼に止められた。
「お前は自分の幸せに無頓着だからな、俺が幸せにしてやるって決めた。」
ルーファスはこんな無茶苦茶な事を言って引き留める。
それでも、犯罪者の娘がこんな所に居ちゃいけない。ここは侯爵家だ。私は脱走を試みたが直ぐに見つかってしまった。
「お前は幼馴染の前だと、しおらしかったのに、俺の前だとどうしてそう反抗的なんだ?」
「あなたが強引だから……。」
「ははっ。思ったよりお転婆だったな。」
彼は出ていこうとした私の手を引っ張っで自分の方に引き寄せた。
「俺がお前の正体をバラすようなヘマするかよ。」
いつも尊大な彼の声がなんだか真剣で、胸がドキリと高鳴った。
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