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よん
しおりを挟む「どうしてここが分かったの?」
「ハンナが王立図書館でお姉ちゃんを見かけたって教えてくれたの」
「そう」
突然、妹のリリィが職場までやってきた。
「お祖母様の葬儀の後、突然居なくなっちゃうし、みんな心配してたのよ。ねぇ、どうして何も言わず出ていったの?」
数年前、祖父母が相次いで亡くなった。
私は葬儀が終わった後、誰にも連絡せずに家を出た。男爵家に戻されてしまうことが怖かったから。
「ずっとね、私は貴族令嬢として生きていくのは無理だって思ってたの。だから、家を出たのよ。社交界に出て、お茶会やパーティーを開いて。そんな生活、私には出来ないわ」
「……そっかぁ。それはそうかもね。社交界って人付き合いが大変だから。そのことは分かった。でも、お姉ちゃん、一度家に帰ってくれない?お父さんの事業が失敗して大変なの」
「ごめんなさい。帰るのは無理よ」
「もうっ、お姉ちゃんっ!お母さんたちが大変なんだよ?もう少し親身になってよっ」
私は困ってしまった。
実際、もうすでに自分の人生と実家のことは切り離して考えていたから。
冷たいかもって思うけど、助けようなんて気にはならない。
「ごめんね。今は自分のことだけでいっぱいいっぱいなの。何も手伝えることは無いわ」
「実家を出たからって……薄情過ぎるよ。こういうピンチの時にこそ協力するのが家族でしょ?」
家族……なのかな?
そう、家族。
少なくともリリィにとって、私は家族なのだろう。
「うーん。私はもう家を出たし……。ごめんね、力になれそうにない」
私はなるべく早く会話を切り上げて業務に戻った。
リリィは不満そうに私を見ているけれど、私はもうあの家族とは関わり合いたくない。
冷たい?
だけど……どうしてもあの家に戻りたくなかった。
それからリリィは時々職場に来て、私に家の話をした。
父の事業が失敗して、父は資金繰りに走り回っていること。
母親がすっかり気落ちしてしまったこと。
リリィは、持参金が準備出来なくなり子爵令息との婚約が白紙になったこと。
弟のジュードが父親の手伝いをするようになったこと。
だけど、全てに興味は無いし、まるで他人の家の話を聞くようだった。
☆
「お姉ちゃん!喜んで。家に援助してくれっていう人が現れたのっ!!」
「そう、良かったわね」
久しぶりに来たリリィは明るい表情をしていて、何か良いことがあったのだとひと目で分かった。
「どんな人?」
「モルス伯爵よ。私達のどちらかと婚姻関係を結んで縁戚になれば、すごく沢山のお金を援助してくれるんだって!」
「私達のどちらかと?」
「そうよ!モルス伯爵ってダンディで素敵らしいの」
「リリィ、貴女が伯爵夫人に?」
「違うわ。お母さんがお姉ちゃんの方がモルス伯爵と年齢が近いし、結婚するならお姉ちゃんの方が良いんじゃないかって」
「嫌よ!その人いくつなの?」
「39歳。そんなにオジサンってわけでも無いわ。見た目も若いんだって。貴族の政略結婚ならあり得る年齢差よ?」
39歳なんて……。
私とでも14才離れている。リリィとならば19才差だ。
「貧乏な暮らしより断然良いでしょ?ねぇ、お姉ちゃん、伯爵夫人なんて凄いわ。お母さんがお姉ちゃんは今まで苦労したからこれからは幸せになって欲しいって言ってたよ。だから、贅沢な暮らしが出来る伯爵夫人の座はお姉ちゃんに譲ってあげなさいって」
リリィは明らかに私にその縁談を勧めている。
きっと母親だって同じ。
私をそのモルス伯爵に嫁がせるつもりだ。
「困るわ」
「え?どうして、お母さんもお勧めだって言ってたし、絶対に幸せになれると思うわ」
無邪気に笑うリリィを見てゾッとする。
全く悪意なんて感じないその視線。母親の勧めることは絶対に良いことだって信じて疑わない。リリィにとって母親はいつも味方だったから、そう思うのだろう。
「いいなぁ!お姉ちゃん、伯爵夫人かぁ。伯爵家以上だと、王宮舞踏会にも招待されたりするんでしょ?きっと凄く豪華なんだろうなー」
カウンターで頬杖を付いて、リリィがうっとりと呟く。彼女にとって、高位貴族は憧れなのだろうか?
けれど私は貴族には戻りたくない。
私がどうやって断ろうか困っていると、茶色い髪の男性が話し掛けてきた。
「あれ、レオナの妹さんかな?はじめまして。僕、レオナさんとお付き合いしているグレッグです」
「え?お姉ちゃん、付き合ってる人居たの??」
リリィが驚いて顔を上げ、男性の方を振り返った。
もちろん私も驚いた。
私と茶色い髪の男性は付き合ってなんかいないから……。
だけどーー
「そう、実はこの方とお付き合いしてるの。だから私はそのモルス伯爵には嫁がないわ」
「そうなの……。そっか、お相手がいるなら……そうだよね。ごめんなさい、お姉ちゃん。変な話を持ってきて」
「良いのよ。言わなかった私も悪かったわ」
「恋愛結婚なんて素敵だね。良かったね、お姉ちゃん」
リリィは手を振り笑顔で帰って行った。
後ろめたさもわだかまりも感じない清々しい笑顔。
あー、そうだった。
私はリリィのこの笑顔を見ていると、辛くなるんだった。
家族を好きになれないこんな自分が、嫌いだった。
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