上 下
5 / 19

5,テオパルド視点

しおりを挟む
テオパルド視点(皇帝陛下)

幼い頃、私の婚約者として紹介された令嬢に私は恋心を抱いた。
ケイトは公爵夫妻に大切に育てられたのだと分かる、素直で優しい令嬢だった。
キラキラ輝くアメジストの瞳に、透けるような白い肌、シルバーブロンドの髪は緩やかに波うち、整った顔の周りを華やかに彩っている。  

彼女は素直で表情がくるくる変わっていつも楽しそうだった。
「テオ様ー、見て!あんな所に鳥さん達がいるわ!親子かしら?夫婦かしら?」
「このお花の蕾が膨らんできたわ。きっともうすぐ花が開くわ。咲いたら一緒に見ましょう。」
王宮の庭園でキラキラ瞳を輝かせながら、本当に嬉しくて堪らないといった様子で笑う。

その笑顔が眩しくて、可愛くて……。

彼女を生涯守る事を心に誓った。

「好きだよケイト。」

そう告白するとケイトは目を潤ませ、頬を染める。
それが嬉しくて言葉にしてよく愛を囁いていた。
その頃は彼女も
「わたくしもテオ様大好きー!」と飛び付いてくれて感情を露にしてくれていた。
その温かいぬくもりが、甘い匂いが、目眩がするほど愛しくて……。


しかし、お妃教育が始まると、彼女の反応はガラリと変わった。
「好きだよケイト。」
そう愛を囁いても顔色を変えることなく、少し微笑んで
「ありがとうございます。」
と返してくれるだけになった。
ケイトは本当に素直だ。素直が故、お妃教育の教えをどんどん吸収していく。
そうして彼女は私への想いを自ら変えてしまった。

時を同じくして、私も帝王学の勉強も本格的になり、表情の作り方までをも厳しく指導され、子供の頃のような告白は出来なくなっていった。

彼女は私の皇帝としての笑い方を「慈愛に満ちた微笑み」と評するが、あれは祖父が孫に見せるような微笑み方だ。
一切の欲を感じさせず、只管穏やかに見せる微笑み。目尻を限界まで下げほんの僅かに口角を上げる。
目尻を下げる事で感情が読みにくくなる効果もある。

あまりに繰り返すこの表情は私に張り付いてしまった。

私が感情を露にすると、ケイトは不安げに瞳を揺らす。
私が生身の男であることを拒否するようで……。
彼女の理想の皇帝を演じる、無意識にそう振る舞うようになっていった。

結婚して私は彼女に少しでも異性として好きになって欲しくて、二人きりの閨では、彼女を夢中にさせたくて、頑張った。

初恋の彼女と身体を重ねるのだ。その白い肌にどれだけ跡を残しても、もっと溺れて欲しくて舌を這わせる。

閨の中は二人の世界。
私は皇帝陛下としての姿を捨てて、彼女に愛を囁き、愛を乞う。

「ケイト、好きだよ。君だけだ。君だけを愛してる。」

けれども彼女はいつも私の告白を本気にしない。
私は自分の想いを全て注ぎ込むように、閨では彼女を愛した。
彼女に妃としての仮面を外して欲しかった。

それでも、彼女の妃としての仮面は外れることが無く、まるで彼女こそが理想のお妃そのものになってしまったように感じる。
それが堪らなく寂しかった。


そして彼女は本当に人の悪意に疎い。両親の愛を一身に受け、人の醜い部分は見ないで育った彼女には人を陥れるなんて思いもしないのだろう。

お妃教育で自分の身を守る事が大切だと知ってはいる。だから危険な場所や、健康管理には気を付けていた。
他国の間諜にも気を付ける……と思う。
だが、困っている人がいたら、護衛も連れずに助けに行ってしまう。罠だと疑うことが出来ないようだった。

彼女は「敵です」って看板を首からぶら下げて敵が襲ってこないと気付かないぐらい鈍かった。

そのため、両親が亡くなり後ろ楯を失った彼女の後宮での生活は危険を伴った。

排除しても排除しても、彼女を狙う輩が湧いてくる。

護衛や影を秘密裏に付け彼女を守っていた。
彼女が人助けの為に予想外の行動を起こすと、護衛の必要人数は連絡役を含めると3倍になってしまう。

彼女が善意で行う咄嗟の行動。これが一番厄介だった。

それでも、彼女が好きで好きで一緒に居たくて、自分の警備が手薄になっても護衛を彼女に送り込んだ。

彼女を守ることは出来ても犯人を捕らえることは難しかった。なかなか証拠を掴めない。

結婚して半年、私の願い虚しく、彼女の懐妊の兆候は無く、私は側室を受け入れざるを得なくなった。

彼女以外の女性と房事なんて出来ない。

私は房事の日には側室を寝室に呼んで、少しお茶を飲んで会話しお茶の後は、奥の自室で鍵を掛けて寝ることにした。
側室の部屋には絶好入らない。何をされるか分からない。
側室の侍女にばれないように着替えも用意しておいた。

皺の無いサラサラの衣服で帰るのは不味い。

側室の侍女達は家から派遣されている。彼女達の家は自分たちの選んだ妃が未だに寵愛を受けていない事を知れば、別の令嬢を寄越すだろう。
側室が増えることは避けたい。

側室は全員、家と派閥の期待を背負って後宮に入ってくるのだ。
彼女達の体面を保つため、翌日の夕刻の挨拶には
「昨夜は楽しい時間を過ごした。また頼む。」と声を掛ければ、プライドの高い彼女達は自ら寵愛を受けていないと暴露することはない。

それを聞くケイトの表情も崩れること無く穏やかな微笑みを浮かべている。

今になっても繰り返し夢に見る。

「テオ様!」
私を見つけて花が綻ぶように笑うケイトを。

失われた笑顔を思い出す度に胸が焦がれる。涙が出るほどの憧憬。

いつか君の笑顔を、もう一度。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:2,893

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:185,566pt お気に入り:7,561

私が貴方の花嫁? お断りします!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,909pt お気に入り:1,722

氷の軍師は妻をこよなく愛する事が出来るか

恋愛 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:3,680

【R18・完結】婚約解消した王子が性癖を拗らせて戻ってきた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:958pt お気に入り:568

狂王の娘

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:66

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,181pt お気に入り:2,822

【R18】婚約者は浮気を認めて欲しいそうですよ【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:976

皇帝陛下と珠玉の華君

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:10

処理中です...