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4,嫉妬
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体調も回復したので、気は進まないが陛下への夕刻の挨拶に訪れた。
いつまでも寝ている訳にはいかない。後宮に居る間は役割を果たさねば。
「ケイト様、お身体はいかがですか?わたくし、とても心配しましたのよ。」
側室達と久しぶりに顔を合わせた。
みんな表面上は友好的な態度だ。
「ご心配お掛けしました。もう大丈夫だと言いたいんですけど、心労が重なって、暫く離宮で療養する事にいたしましたの。」
私が離宮に行くことは聞き及んでいるのだろう。驚いた表情は見せず、少し眉を下げて心配しているかのような態度を見せる。
「ケイト様がいらっしゃらないと、寂しくなりますわ。」
側室達を代表して話しているのがミレーゼ様だ。
ミレーゼ様は社交界の華と謳われる程の美貌を誇る。
しかし、あまりに宝石や衣装代が高く、後宮の予算が無くなってしまうと女官長に泣きつかれ少し出費を控えるよう注意したばかりだ。
また……新しいドレス?見覚えの無いドレスを見て眉を顰める。
「ミレーゼ様、女官長の言うことも少しは聞いて差し上げて?そのドレスは新しい物でしょう?」
「まぁ、ケイト様。皇帝陛下の妃達が美しく装うのは義務ですわ。ケイト様のように流行遅れのドレスを着回すなんて、皇帝陛下の威信が地に落ちてしまいます。」
そう言われてしまえば、言い返す事はしない。
「そうですわね。」
お妃教育で培った優美に見える微笑みを浮かべる。
「ケイト様こそ、いつも地味な色ばかりお召しになって。……あーそうだったわ。ケイト様の地味なお顔にはその色の方が映えるんでしたわね。」
ミレーゼ様のあからさまな嫌みに、側室達の周りを囲む侍女達やセリーヌ様がクスクスと嘲笑を漏らす。
今までもこんなやり取りはしてきた。
私の両親が鬼籍に入ったために派閥の力は弱まり、側室にすら侮られてしまっている現状。
こんな悪意の塊のような言葉にも、今までの私は何の感情を示す事も無かった。
感情が無くなっていたのか?と不思議に思う。
けれど、今はこんな不快な会話を長く続ける気はない。
私は侍従に入室の許可を得て、執務室に入った。
「陛下、夕刻の挨拶に参上いたしました。」
「ケイト?動いて大丈夫か?」
陛下は私の顔を見ると驚いていた。少し心配そうに眉を下げる。
「ご心配をお掛けしました。本日も陛下の恩寵の下、恙無く過ごす事が出来ましたことを感謝申し上げます。」
「ケイト、無理しないで欲しい。直ぐに休んでくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
私が下がると、昨日房事を共にしたミレーゼ様が陛下の前に進み出る。
「ミレーゼ、昨夜は楽しい時間を過ごした。次も頼む。」
「はい。ありがとうございます。」
陛下の表情は優しく、ミレーゼ様を慈しんでいるのが分かる。
どの妃にも同じ………
陛下はミレーゼ様にも私と同じように口づけたのだろうか?
陛下の口元に目が行ってしまう。
あの無骨な手で彼女の全身を……。
陛下の形の良い指先を見つめる。
彼女は陛下のあの甘い吐息を聞いたのだろうか?
ミレーゼ様の横顔を伺い見る。
私と同じように目眩く夜を共に過ごしたのだろう。世界中に二人しかいないと錯覚してしまうような甘美な時間を。
あの時間を他の女性と共有したのかと思うと、今まで感じたことの無い、胸が引き絞られるような感覚に息が苦しくなる。
ミレーゼ様の挨拶が終わると、セリーヌ様、レイダ様がそれぞれ挨拶をするのを見届け、部屋に戻った。
こんな醜い感情は早く捨ててしまいたかった。
ケイトとしての記憶は、この感情を持つことを拒否している。
「げに賤しきは嫉妬なり。」
お妃教育で一番始めに教えられる言葉。
このような教えをお妃教育に取り入れたのは、5代前のサリィーヒ皇后の起こした事件のせいだ。
サリィーヒ皇后は嫉妬深い性格で、陛下の寵愛を受ける側室を全員誘拐し、辺境の兵士へ慰みものとして送ったのだ。
強い媚薬で自我を無くさせ、救出された時には既に廃人となっていたそうだ。
この事件は普段は帝都から出ない近衛が一斉に辺境に向かったことで、全ての国民が知るところとなった。
知らずに犯罪の片棒を担がされた辺境の兵士達は一時期皇家に不信感を持って関係が悪化したが、被害に遭った側室の息子が辺境の地に赴き事態の沈静化に努めた。
その子孫が今もグレンシア辺境伯として辺境の地を治める。
皇帝陛下の権威は失墜し、国民がこの事件を忘れ、王族が信頼を取り戻すまで、数十年の時間を必要とした。
そして愛する人を失った当時の皇帝陛下は側室に使われた強い媚薬の売買と帝都への持ち込みを死罪とする法を制定した。
嫉妬という感情はここまで苦しいのか………。
自分の全てを否定したくなる、そんな気持ち。
「ケイト様?大丈夫ですか?」
部屋に戻ると専属侍女のシェリーが私の様子に気付いて心配してくれる。
「ごめんなさい。疲れたみたい。少し一人になりたいの。」
行儀が悪いと分かっていたが、着替えもせずにベッドにうつ伏せて倒れ込む。
あのまま、陛下を神様のような存在だと信じていられたなら良かったのに……。
いつまでも寝ている訳にはいかない。後宮に居る間は役割を果たさねば。
「ケイト様、お身体はいかがですか?わたくし、とても心配しましたのよ。」
側室達と久しぶりに顔を合わせた。
みんな表面上は友好的な態度だ。
「ご心配お掛けしました。もう大丈夫だと言いたいんですけど、心労が重なって、暫く離宮で療養する事にいたしましたの。」
私が離宮に行くことは聞き及んでいるのだろう。驚いた表情は見せず、少し眉を下げて心配しているかのような態度を見せる。
「ケイト様がいらっしゃらないと、寂しくなりますわ。」
側室達を代表して話しているのがミレーゼ様だ。
ミレーゼ様は社交界の華と謳われる程の美貌を誇る。
しかし、あまりに宝石や衣装代が高く、後宮の予算が無くなってしまうと女官長に泣きつかれ少し出費を控えるよう注意したばかりだ。
また……新しいドレス?見覚えの無いドレスを見て眉を顰める。
「ミレーゼ様、女官長の言うことも少しは聞いて差し上げて?そのドレスは新しい物でしょう?」
「まぁ、ケイト様。皇帝陛下の妃達が美しく装うのは義務ですわ。ケイト様のように流行遅れのドレスを着回すなんて、皇帝陛下の威信が地に落ちてしまいます。」
そう言われてしまえば、言い返す事はしない。
「そうですわね。」
お妃教育で培った優美に見える微笑みを浮かべる。
「ケイト様こそ、いつも地味な色ばかりお召しになって。……あーそうだったわ。ケイト様の地味なお顔にはその色の方が映えるんでしたわね。」
ミレーゼ様のあからさまな嫌みに、側室達の周りを囲む侍女達やセリーヌ様がクスクスと嘲笑を漏らす。
今までもこんなやり取りはしてきた。
私の両親が鬼籍に入ったために派閥の力は弱まり、側室にすら侮られてしまっている現状。
こんな悪意の塊のような言葉にも、今までの私は何の感情を示す事も無かった。
感情が無くなっていたのか?と不思議に思う。
けれど、今はこんな不快な会話を長く続ける気はない。
私は侍従に入室の許可を得て、執務室に入った。
「陛下、夕刻の挨拶に参上いたしました。」
「ケイト?動いて大丈夫か?」
陛下は私の顔を見ると驚いていた。少し心配そうに眉を下げる。
「ご心配をお掛けしました。本日も陛下の恩寵の下、恙無く過ごす事が出来ましたことを感謝申し上げます。」
「ケイト、無理しないで欲しい。直ぐに休んでくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
私が下がると、昨日房事を共にしたミレーゼ様が陛下の前に進み出る。
「ミレーゼ、昨夜は楽しい時間を過ごした。次も頼む。」
「はい。ありがとうございます。」
陛下の表情は優しく、ミレーゼ様を慈しんでいるのが分かる。
どの妃にも同じ………
陛下はミレーゼ様にも私と同じように口づけたのだろうか?
陛下の口元に目が行ってしまう。
あの無骨な手で彼女の全身を……。
陛下の形の良い指先を見つめる。
彼女は陛下のあの甘い吐息を聞いたのだろうか?
ミレーゼ様の横顔を伺い見る。
私と同じように目眩く夜を共に過ごしたのだろう。世界中に二人しかいないと錯覚してしまうような甘美な時間を。
あの時間を他の女性と共有したのかと思うと、今まで感じたことの無い、胸が引き絞られるような感覚に息が苦しくなる。
ミレーゼ様の挨拶が終わると、セリーヌ様、レイダ様がそれぞれ挨拶をするのを見届け、部屋に戻った。
こんな醜い感情は早く捨ててしまいたかった。
ケイトとしての記憶は、この感情を持つことを拒否している。
「げに賤しきは嫉妬なり。」
お妃教育で一番始めに教えられる言葉。
このような教えをお妃教育に取り入れたのは、5代前のサリィーヒ皇后の起こした事件のせいだ。
サリィーヒ皇后は嫉妬深い性格で、陛下の寵愛を受ける側室を全員誘拐し、辺境の兵士へ慰みものとして送ったのだ。
強い媚薬で自我を無くさせ、救出された時には既に廃人となっていたそうだ。
この事件は普段は帝都から出ない近衛が一斉に辺境に向かったことで、全ての国民が知るところとなった。
知らずに犯罪の片棒を担がされた辺境の兵士達は一時期皇家に不信感を持って関係が悪化したが、被害に遭った側室の息子が辺境の地に赴き事態の沈静化に努めた。
その子孫が今もグレンシア辺境伯として辺境の地を治める。
皇帝陛下の権威は失墜し、国民がこの事件を忘れ、王族が信頼を取り戻すまで、数十年の時間を必要とした。
そして愛する人を失った当時の皇帝陛下は側室に使われた強い媚薬の売買と帝都への持ち込みを死罪とする法を制定した。
嫉妬という感情はここまで苦しいのか………。
自分の全てを否定したくなる、そんな気持ち。
「ケイト様?大丈夫ですか?」
部屋に戻ると専属侍女のシェリーが私の様子に気付いて心配してくれる。
「ごめんなさい。疲れたみたい。少し一人になりたいの。」
行儀が悪いと分かっていたが、着替えもせずにベッドにうつ伏せて倒れ込む。
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