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誘拐
しおりを挟む悪い知らせは突然もたらされた。
「セイディ様っっ、メ、メリッサ様が……」
休憩に行ったはずのティファが大慌てで戻ってきた。
「メリッサが?どうしたの?」
「ゆ、誘拐されたそうです。……メリッサ様は、自分が殿下の愛妾であると触れ回っていたようです。おそらくは、そのせいで……盗賊団から狙われたのかと……。フェーヌム伯爵家から極秘で捜索の要請がありました」
メリッサが……誘拐?
最近、治安の悪化したバッカス帝国から盗賊団が流れてきているという情報はあった。特に国境付近は商団が襲われる事件が多発していたけれど、まさかメリッサが……。
「詳しく教えてちょうだい」
「はい」
盗賊団はメリッサが王太子の愛妾だとの噂を聞きつけ、計画的に連れ去ったようだった。盗賊団は高額な身代金を要求していた。
確かに私や子供たちに比べて警護体制の薄いメリッサを狙う方が容易いかもしれない。
「レオは?」
「今、フェーヌム伯爵と対応を協議中です」
「そう、レオの部屋へ行くわよ」
私はティファと一緒にレオの私室へと向かった。
彼女、一刻も早く助けなきゃ。
「レオ、ちょっといい?」
「え?ああ」
彼はフェーヌム伯爵と机に広げた地図を見ながら話し込んでいた。地図上にはいくつか赤い丸で囲んだ印が付いている。私は驚いているレオに構わず部屋の中に入った。
「メリッサが誘拐されたと聞いたわ」
「どうして……それを?」
「レオの愛妾だったんでしょ?心配なのは分かるけれど、王宮から衛兵団を送るのは噂を肯定したことになるわ。それに彼女の名誉を守る為にも、私の女性騎士達を派遣しましょう」
私が嫁ぐ際、ルーベス王国から一緒に来てくれた護衛の女性騎士たちがいる。
彼らはこの国の貴族では無いし、比較的自由に動ける。
「良いのか?」
「ええ、女性騎士たちがいない間、私は部屋に閉じ篭もるわ。『感冒症状があり静養のため公務を中止する』と発表してください。そうすれば、私の護衛騎士たちの不在も目立たないわ
「分かった」
「妃殿下、ありがとうございます。娘の救出へのご協力、感謝いたします」
頭の薄くなった伯爵は私に頭を下げた。
元々フェーヌム伯爵は、ルーベス王国とエレット王国が婚姻によって関係を強化することに反対していた貴族の一人だと聞く。
嫁いだ当初は必ずしも友好的な雰囲気じゃなかった。
けれど今は一人娘を誘拐され憔悴していた。
メリッサ……無事だと良いけれど。
☆
数日後、フェーヌム伯爵家の私設兵団と私の護衛騎士たちでメリッサを助け出したとの知らせが入った。
多少の衰弱はあったものの、メリッサは無事だったようだ。彼女は眠らされていたようで誘拐されていた間の記憶は無かった。
「良かったわ。メリッサが無事で」
「ああ、しかし衰弱しているらしく、王都から離れ静かな土地で療養させるそうだ」
「そう」
貴族令嬢が盗賊団に誘拐されて行方不明だったのだ。下世話な噂話をする者もいるだろう。王都から離れられるなら、その方が良いかもしれない。
「セイディ、ごめん」
「何が?」
「メリッサという愛妾が居ることを隠していた事。不誠実だったと思う。心から謝るよ。僕にとってメリッサは過去の事だ。縋りつかれて、なかなか別れられなかった。可哀想だと同情もしてた。だけど、僕は君のことが一番……」
そんな懺悔みたいなセリフは聞きたくなくて……。
私はレオの言葉を遮った。
「レオの気持ちがどこにあるかなんてどうでもいいのよ。謝らないで」
彼が誰を好きかなんて、私の想いに関係は無かった。
私がレオを好きでいると決めたこと、その決心に揺らぎはない。自分だけの気持ちだから。
「でも、僕は君のことを本当に、あ……」
「その言葉、本当にいらないわ」
冷たく言い放つ。
『愛してる』なんて言わせない。
かつては嬉しかったセリフも今ではどうしようもなく陳腐だ。
自分の彼に分かるまで説明するつもりも無い。
告白を拒否されたレオは項垂れてしまった。
私は慰めるのも面倒で、彼のことは放っておいて部屋を出た。
数日後、メリッサは静かな郊外の療養所へと旅立った。
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