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フィオレンティナ視点
しおりを挟むお母様が亡くなった後、お父様は王妃の部屋をそのまま残すよう命じた。
家具も、椅子も、ペンも、作りかけの刺繍もそのまま。
そして毎日その部屋に花を持って訪れていた。
一人その部屋に入り、何をしているのかは誰も知らない。泣きながら懺悔でもしているのだろうか?
お母様の遺したものは全て守り、お母様の痕跡を探すよう、昔家族で一緒に行った視察先をまわった。
「思い出はもう増やせないからな。消えてしまわないよう必死なんだ。ははっ、僕はいつまでも情けないままだな」
お父様はそう言って力なく笑った。
国王として忙しく過ごしていた父は、何を生き甲斐にしていたのだろう。そう思うほど、父は虚無の中生きていた。
笑っていても、心は空っぽ。
私にはそう見えた。
お母様が遺した、国王の座。そこにしがみつきながら、父は後悔の中生きている。
もう責任から逃れることも弱音を吐くこともない。
同じような境遇だったはず。
王家に産まれ、政略結婚をした二人。
父上は重圧から逃げて不誠実な浮気をした。
そして母上は異国の地で誇り高く王族として生きた。
お父様はいつも優しくて私たちを怒ったことなどない、穏やかな人だった。それでも私はお父様が愛妾を囲っていたことが許せなくて……。
お父様が病に倒れて亡くなる寸前、やっと母の気持ちを伝えることが出来た。
私に残る記憶。
お母様はあの時、私とルーファスを抱き締めながら言った。
『私はお父様だけを愛しているの。私にとって好きになった人は生涯たった一人。お父様だけよ』
父はきっと母に愛されていないと思っているのだろう。嫌われているとすら思っていたのかもしれない。
でも、お母様はお父様を愛していた。
絶対にあれは偽らざる本心。だからこそいつも堂々とお父様の隣に立っていられたのだ。
いつも凛と佇んでいた、お母様の姿を思い出す。
お母様に愛されていたなんて、お父様には教えてあげない。嫌われていると一生思ってればいいわ。
情けないお父様を、お母様を裏切ったお父様を、許す気持ちにはならなかった。
☆
私が侯爵家に嫁ぎ暫く経った頃、父は病に倒れた。
久しぶりに見る父の顔は、痩せこけていて……。もう長くないと一目で分かった。
はぁー
私はため息を吐きながら心の中でお母様の許しを乞う。
(お母様、ごめんなさい。私……お母様が言わなかった気持ちをお父様に伝えるわ)
「お母様、お父様の事が好きだったんだって。生涯愛したのはお父様だけ、そう言ってたわ」
哀れだと思う。その弱さも、狡さも。
お父様は信じなかった。
力の無い瞳で、後悔を滲ませるように、私に言った。
「彼女の愛情はとっくに尽きていただろう。それでも僕を支え、守ってくれた。感謝しているよ。でも、僕は告白もさせてもらえなかった。セイは賢くて気高い、僕とは釣り合わない、勿体無いほどの女性だったよ」
愚かなお父様はお母様の気持ちに全く気付かない。
自分がどんなに恵まれていたか。
そんなお父様が最期まで憎らしかった。
「お父様、きっと逆よ。お母様はお父様を愛していたからこそ告白を拒否したんだわ。嫉妬してしまうから。心を醜い感情に支配されるのを拒んだのよ」
嫉妬になんて振り回されたくなくて、母は恋心を自分だけのものにした。お父様から愛されることを期待するのを止めたのだ。
一方通行の恋を、孤独を選んだ。
プライドの高い人だな、と思う。そして王族として誇り高い。
不器用な人たち。
でも間違いなく愛情深い人たちでもあった。
今は……そんなお父様とお母様の間に生まれて良かったな、とも思うのだ。
※これで終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。
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娘視点、愛情深い人たちって愚王は当てはまらないでしょう。⦦(°Ꚁ°⌯)⦦ハァ?ってなりましたわ。
煮え切らない優柔不断のグズグズ野郎が愛情深いは無い。
ハピエン風にしたかったのかもしれないけど、愛人を囲って大切な母親を蔑ろにしてきた父親を嫌ってた娘がそうはならんでしょ。【娘なら尚更に。
この二人の子供で良かった、もなぁ〜
愛情深い母親の娘の事を誇りに思えど、二人の子供で良かったとはならないと思う。
王妃が高潔であろうとし、自分だけの恋心を守り貫いた姿は良かったけど、娘視点は蛇足でした。
名無しさん様
感想ありがとうございます
(๑ˊ͈⚇ˋ͈)ᵃʳⁱᵍᵃᵗᵒ〜❇️॰ॱ
モヤモヤするお話ごめんなさい!
┳┻|
┻┳|sorry💦
┳┻| ∧ _∧
┻┳|っω<`。)
┳┻| ⊂ノ
┻┳| J
そっかぁー
蛇足だったかーーー
φ(๑•×•๑U )...
セイディさんが立派でした
理想の女性像かなと思います
この終わり方ってレオにはちゃんとざまぁ になっていて
個人的には好きです☺
完結お疲れ様でした💐
(\_(\
(。- .•)
o_(“)(“) オツカレサマՇ”ਭ˒˒*ೄ
青空様
恋愛大賞凄い勢いでしたね!
嬉しいお知らせ待ってまーす。
∧_∧
( ・∀・) わくわく
oノ∧つ⊂)
( ( ・∀・) ワクワク
oノ∧つ⊂)
( ( ・∀・) wkwk
∪ ( ∪ ∪
と__)__)
僭越ながら作者様のチャレンジ、
旨くキイタのではないでしょうか?
とてもモヤる、現実にありそうな、
煮え切らない男女が旨く描かれてたかと。
話跳ぶかの如くですが、少女漫画家の一条ゆかりさん、
ご本人さっぱりした方で、描かれる主人公も潔い‥
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作者様も今回作はイロイロご苦労されたかと思います。
物語ならではの実験、また繰り広げてみて下さいませ。
この度は興味深い作品を有り難う御座いました。
ulalume様
そのお話読んだことあります。他の作品も。
割り切れないヒロイン、自分とは違うキャラなら書いているとイライラしそうですねー。
ヒーローは色んなキャラが書きやすいのですが、ヒロインは自分を投影してしまうので書き分けが難しいです。
沢山コメントありがとうございました。
とても励みになります。
(\ (\ ͡ ◜◝╮⚪︎
( *´ㅅ`*) オハヨーゴザイマス✨
╰◟◞ ͜ ◟◞╯