夫の裏切りの果てに

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夫の裏切りの果てに

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 レオの告白を受け取らなかったからなのか……彼は悲しそうだった。時々切なげに私を見つめてくるけど、その視線には応えなかった。

 私だって「愛してる」って言葉をまっすぐに受け取ることが出来たら、そして「私も」って返せたらどんなに幸せだっただろう。
 もう私の気持ちを彼に返すことは出来ない。


 そして年月が過ぎ、フィオレンティナが成人となった年、陛下が崩御され、王太子だったレオが即位した。
 実は陛下はもう何年も具合が悪く、王妃様はそれを隠すため奔走していた。けれど、そのお陰でレオの即位はスムーズに決まったようなものだ。

 彼はその眉目秀麗な外見で人気を集めた。

 王になっても私たちは相変わらずで、人前でだけは仲睦まじく振る舞った。もう仕事仲間のようなものだ。

 バッカス帝国は、後継者争いで内戦状態となって何年もの間、国内は不穏な状況だったが、戦争に批判的だった第2皇子が即位してから、周辺国との和平交渉を始めていた。

 だから、気が緩んだのかもしれない。
 
 国境近くのランドン領への視察の日。

 私たちが宿を出る直前にその報告があった。

「近くの森林で大型の一角猪の被害がありました。怪我人は一名。街の中心部に向かって行く姿を最後に、見失ってしまったようです」

 一角猪は凶暴で有名な魔獣だ。動きが早く、捕獲するにはそれなりの人数が必要だろう。

「護衛騎士たちも捕獲作戦に協力して頂戴。怪我人が増えたら大変だわ」

「ですが、陛下の護衛の人数が減ってしまいます」

「構わない。最近は治安も安定してきた。手練の者を数人残しておけば良い」

「はっ」

 私とレオの考えは一致していた。
 民の被害を最小限に抑える。それが、優先だ。

 そのまま、私たちは護衛騎士数名を残して、視察の地に向かった。
 レオの護衛の人数が減るから視察を延期するかと側近から聞かれたけれど、陛下の視察を待っている人たちが居るから延期しないって、それは私が決めた。

  
 







 
 男の怪しげな行動に気が付くのと身体が動くのは同時だった。
 私はくるりと身を翻し民衆に背を向けた。驚くレオと目が合った瞬間、私の背に衝撃が走る。

「セイっ!!」

「「セイディ様っ!!」」

「きゃあーーー!!!」

 人々の悲鳴が晴天の空に響いた。

「セイっ!大丈夫かっ?」

 倒れそうになった私をレオが支えてくれる。

「逃げて……」

「セイっ、セイ、セイっーーっ!」

 護衛騎士たちが一斉に集まり、私たちを囲んでくれた。
 
「あっちだっ!!男が逃げたぞーーっ!!」   
「直ぐに捕まえろっ!」

 悲鳴と怒号が上がり、周囲が騒然となった。

 ズキズキとした痛みを感じながら、必死な顔をしているレオを見上げた。青い瞳からボロボロと……涙が、溢れる。

「どうして……僕なんかを……セイ」

 感覚的に分かる。傷は深い。
 レオの表情が、哀しみと絶望で歪んでいた。

「レオの治世を支えるって決めたから……。貴方に恋をした日、そう決めたの……」

 力の無い言葉は呟きのように地面に落ちていく。
 彼の治世を守ることが私の役目だから……。

 背中の灼け付くような痛みすら遠のいて……手足が冷たくて凍えそうだ。冷えた私の手をレオが握る。
 久しぶりのレオの体温。

「駄目だ……、死ぬなっ……セイっ。治癒師、治癒師はまだかーっ!!」

 治癒魔法ではもう間に合わないと思う。
 
 何故だろう。全ての光景が美しく見えた。

 最期に見る、愛する人の顔。

 グシャグシャの顔でレオが私を呼ぶ。

「どうして……、どうして……セイ」

 私は出来るだけ綺麗に見えるよう彼に微笑んだ。

「セイ、セイっ!!」

 ずっと聞いていたいのに……彼の声が遠い。

 視界は白黒の世界に変わり、私の意識はそこで途切れた。そして、それきり。

 私の意識はもう戻ることは無かった。



 
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