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匂わせ
しおりを挟むそれからもレオは完璧な夫だった。優しくて、愛情深くて、フィオレンティナを可愛がってくれている。
メリッサとの事を知らなければ、私はどんなに幸せだっただろう。
「もうすぐ産み月だね。楽しみだよ」
「ええ。楽しみね」
レオが私の膨らんだお腹を撫でる。その眼差しは温かい。
触れて欲しくない。
私も笑わなきゃ。
笑顔?上手く笑えているか自信がない。
そんな中で生まれた男の子はルーファスと名付けられた。レオに似た美しい金髪。その眩しさに涙が滲む。
跡継ぎの誕生にレオは喜んでくれた。
☆
「殿下にメリッサと会うのを止めてって言わないのですか?」
怒ってティファはそう尋ねてくるけど、私には選択肢はない。
私は身分以外何も持たない人間だもの。私が彼と結婚出来たのは、私がルーベスの姫だったからというだけ。
ルーベス王国としても彼と私との結婚を望んだ。
全ては国のため。
この与えられた地位でその責任を全うする以外の選択肢は私にはない。
未だ、古い家臣の中にはエレット王家にルーベスの血が混ざることを嫌う人が居る。そういった家臣ほど考えが古く、男性の浮気について寛容だ。
側室制度の残るこのエレット王国で一定の影響力を持ち続けている化石のような長老たち。そんな人たちに隙を与える訳にはいかない。そしてメリッサの父親もそういう考えをもつ貴族の一人だった。
だから……この小さな命、ルーファスのために。この子がこの国で安全に過ごすために。
私がこの国で信頼を勝ち取らないと……。
☆
王太子の嫡男ルーファスのお披露目パーティーは盛大に催され、私は仲睦まじい夫婦を演じた。
ルーベスとエレット、この両国の関係は強固だとアピールしなければならない。
バッカス帝国は今でも他国で同盟関係を崩すための工作活動をしていると聞く。我が国もまだ万全ではない。
そんなある日ーー
王宮舞踏会でレオが席を外したタイミングを狙って、メリッサが話し掛けてきた。内容は他愛のない世間話。
彼女の指にはサファイアの指輪が嵌められていた。レオと同じ透き通るような美しいブルーの一粒石は、彼女のほっそりとした白い指によく似合っていた。
「綺麗な石ですわね。どなたかの贈り物?」
「ふふっ、秘密です」
「素敵ね」
その後も、メリッサはレオの色を纏ってパーティーに出席する。私に見せつけるためだと思う。呑気なレオはその事に気づいていなかった。
私はいつも悠然と微笑む。長年王女として振る舞ってきた私には感情を覆い隠すことは容易い。
メリッサに狼狽える姿なんて見せたくなかった。
ティファから聞いた話では、メリッサは、跡継ぎが産まれたタイミングで自分を正式な側室とするよう求めているらしい。
けれど、陛下もレオもそれは認めていないようだ。
相変わらずコソコソ人目を忍び逢瀬を繰り返す日々をメリッサはどう思っているのだろう。
☆
「ルーファスは僕によく似ているとみんなから言われるんだ。なんだか、こそばゆい気持ちだよ」
レオはルーファスをあやしながらニコニコと上機嫌。
父親の胸の中で指を咥えているルーファスの柔らかなほっぺをつつきながら、私はあやすように口を開けた。
きゃっきゃっと喜んで手足をバタバタさせるルーファス。
愛らしい仕草は私たちを自然と笑顔にしてくれる。
あー、くらりとする。
私たちは幸せな家族だと錯覚しそうだ。
レオは確かにメリッサと会っていて……私はまだ彼が好きなのに……。
誤魔化すように足元にいたフィオレンティナを抱き上げた。
ルーファスが産まれてから、少し寂しそうなフィオ。この子のことも気遣ってあげなければ……。
子供特有のさらさらとした髪に顔を埋め思いっきり息を吸って気持ちを落ち着かせた。
私が強くならないと……。
☆
ルーファス誕生から一年。私は淡々と王太子妃としての公務に励んでいた。
美麗な王太子は各地で人気があった。彼のエスコートを受け共に民に手を振って歩く。
あの日から房事は拒否し、エスコートされる時も手袋を欠かさない。素肌に触れられることも嫌だった。
けれど、表情だけは愛おしげにレオを見つめる。
王太子妃としてのプライドが私を支えていた。
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