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ろく!
しおりを挟む翌日、早速ラティオー伯爵が屋敷に訪ねてきた。
てっきり婚約を白紙に戻すための話し合いをお父様とするのだと思っていたけれど、彼は私と二人きりで話し合いをしたいと言ってきたので、私の部屋で話すことになった。
「昨夜はありがとうございました。そしてごめんなさい。他の男性とあのようなこと……」
頭を下げた私が顔を上げるとそこには、ラティオー伯爵が見えないぐらいの大きな薔薇の花束があった。
「へ?こ、これは?」
怒られると思っていた私は、目の前の豪華な花束の意味が分からず間抜けは声を出してしまった。
「……部下から……女性を慰めるのには花がいいと聞いた……」
少しの沈黙の後、似合わないほど自信なさげな声が聞こえた。彼の感情が分からなくて顔を見たいのに、自分の顔が見えないよう薔薇で視界を遮っているみたいだった。
ラティオー伯爵は怒ってたんじゃ無くて、私が傷ついているって思ってたってことかしら?
花束を受け取ると、彼の顔が見えた。表情だけ見れば眉間に皺を寄せ怒っているように見える。
「こんな綺麗な花をありがとうございます」
「ああ」
私から目を逸らし、ラティオー伯爵は少しぶっきらぼうな返事を返した。
やっぱり怒ってる?
彼の表情からは感情が読めない。ラティオー伯爵はそれきり何も言わなくて、私は彼の気持ちが今ひとつ掴めなかった。
「昨日のこと、怒ってないんですか?」
沈黙が重苦しくて、彼の真意を率直に聞いてみると、彼は考えを巡らせるように上を向いた。そして、静かな声で私に座るよう促し、自分もソファーに腰を下ろした。
「……怒っては、いない。いや、それよりも好きな人がいるのに、俺と婚約なんてことになってすまないと思う。あんなヤツでも好きだったんだろ?」
怒っていても仕方ないのに、私が傷ついていないか心配してくれていたなんて……。見かけは怖いけれど、本当は優しい人なのかも……。
「ごめんなさい」
素直に謝ると硬かった彼の表情が少し緩んだ。
「あまり変わっていないと思ったよ」
「!?」
「突拍子も無いことをするとこ。それと……」
「え?……私……ラティオー伯爵とお会いしたことありましたか?」
「君が覚えていないのも当然だ」
「申し訳ありません」
会った事あるのに覚えていないなんて失礼だよね?
でも、軍に知り合いなんていない……。
「いや、幼かったし、君はあの時俺のことを船頭か何かと勘違いしていたと思う。君たちは、毎年ウェントスの湖に旅行に来ていただろ?その時よく見かけていた」
ウェントスの湖……と聞いて記憶を辿る。
確かに私達家族は、毎年夏になるとウェントスの湖の畔になる避暑地に滞在していた。
「あの場所にラティオー卿も?」
「あの頃俺は船頭の真似事をしてて、いつも君をボートに乗せていたんだ。覚えてるか?」
「あっ……」
あの日に焼けた少年?
彼がラティオー卿なの?
ラフな格好でいたから、貴族だなんて思わなかった。
「ずっと軍に残るつもりだったのに、急に爵位を継ぐことになって、早く伴侶を見つけろと促されて広げられた姿絵の中に君の姿を見つけた。……婚約は俺からオクリース子爵に申し込んだんだ」
「そうだったんですね。それなのに浅はかなことをしてごめんなさい。私はラティオー伯爵夫人になるのに……。私のせいで伯爵に不名誉な噂がたつところでした」
「そんな事気にしなくていい。婚約の話も急だったし、好きな人がいるなら身を引こうと思っていたんだが、相手がその……あまり良い評判を聞かない人物だったからな。お節介な部下からの情報であの男が、いかがわしいパーティーを開いていると聞いて、もしやと思い心配になって行ってみたんだ。……間に合って、良かったと思う」
早口な私とは違いラティオー伯爵はゆっくりと喋る人で……。落ち着いた声のトーンが心地良く、彼に対する恐怖心が薄らいでいった。
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