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なな!
しおりを挟むそれから私達は諸々の手続きを経て正式な婚約者になった。
ラティオー伯爵はデートに誘ってくれるけれど、びっくりするほど無口で、ほとんど私が一方的に喋るだけだから、何を考えているかイマイチ掴めない。
正式に婚約者になって名前で呼び合うことを決めたけれど、私達の距離感はそのまま。恋人らしさの欠片も無かった。
デートだって、甘い言葉ひとつなく淡々としている。先日の美術館デートなんて、係員に一つ一つの展示品について説明を受け、短い相槌を返す彼を見ていたら、視察かな?なんて思ってしまった。
何度か会ってデートをして分かったことは、彼が大食いだって事と全然喋らないってことだけ。
私が助けて貰った翌日より多く話せた日なんて一日もない。あの日はもしかしてラティオー伯爵も頑張って話をしてくれたのかも……。
ラティオー将軍の退官式は、陛下が直々に開催することを決めた。本来なら、一年に一度の叙勲の式典で国の功労者に勲章や褒章授けると共に退官の儀式もまとめて執り行われているもの。
こんなことは異例だが、誰からも文句は出ない。それほどの貢献がラティオー将軍にあることをみんなが知っていた。
高位貴族と軍人王宮士官だけが参加するその式典に私も参加することになり、国の英雄である彼の姿を遠目に眺めた。
「……本当に大きい」
はっきりと分かるその体躯の異端さ。
居並ぶ軍人も充分大きいというのに、ラティオー将軍の大きさは異質に感じるほど。
国王の長い話にも身動ぐことなく、堂々した佇まいでその場に立っていた。若くして従事し、陛下も即位したばかりで国が不安定な時期に何度も国王を救った英雄だとされているラティオー将軍。
あらためて、凄い人と結婚するんだなぁ、なんて思ってしまった。
軍人なんて怖いし野蛮だなんて思っていたけど、盛装をしたラティオー将軍は素敵で、不覚にもときめいてしまった。
前に座っている人の背丈が高くて、彼の姿が見えにくくなると必死に首を伸ばすようにして彼を見つめた。そんな時、ふと目が合った気がして、恥ずかしくなり直ぐに視線を逸らせた。
☆
私はラティオー伯爵の退官の日、王宮での挨拶回りに婚約者として付き添っていた。
「ラティオー卿、君と手合わせをしたいと望む若い奴らが大勢いるんだ。領地に引きこもる前に相手をしてくれないか」
上司だった軍の司令官の提案に、彼は快く応じた。
急な話にも関わらず、彼の剣技を間近で見たいと言う若い兵士たちが集まり鍛錬場は大勢の見学者で溢れた。
「急にこんなものに付き合わせてすまない」
「いえ、ヴィンスさまが慕われていることは私も嬉しいです。ただ、お怪我だけには気をつけてください。あの……心配です」
最近忙しくて鍛錬などしていなさそうだ。それに……こんな大勢相手では、いくら英雄といえど疲れてしまう。
気になってチラリと顔を見上げると、彼は片手で顔を多いその耳は真っ赤になっていた。
「……あの……申し訳ありません」
近くにいる兵士が驚いた顔をして、私とヴィンスさまを見比べている。鬼神といわれるヴィンスさまに心配だなんて失礼だったかしら?
「いや、普段心配されることなんて無いから、……新鮮だな」
照れてるの?意外だわ。
そして、模擬戦が始まる前に私は見学席へと案内された。
「そこで待ってて欲しい」
「はい」
そう言われたけれど、私は模擬戦が始まると同時に席を立った。
☆
模擬戦でヴィンスさまは圧倒的だった。鬼神と言われるのも頷ける。
細かい技術のことは分からないが、彼は他の騎士たちをバッタバッタとなぎ倒し、本当に無敵だった。
「見学席に待ってるように言ったはずだが、模擬戦の最初の方、フローレンスの姿が無かった。どこに行ってたんだ?」
バレた!?
見学席ってグランドから結構離れているし、見えないと思っていたけど見えてたのねー。
なんて思っていると、ヴィンスさまは私の膝に置かれていた巾着袋に目を付けた。
「あっ……これは……」
ヴィンスさまは片眉を上げて私を制すると巾着袋の中身を出した。
「傷薬……包帯……ガーゼ……蘇生薬まであるな」
「ご、ごめんなさい。負けるなんて思っては無かったのですが、いざという時持っていないと後悔するかもと思って……」
彼のプライドを傷つけただろうか?
ヴィンスさまは額に手を当て空を仰いだ。
怒ってる?それとも呆れてるの?
「王宮内は安全だと思うが、居なくなるなら事前に知らせて欲しい。それに……模擬戦をする時はちゃんと治療士が近くにいる」
なんだー。
そうだったのねー。
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