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ルカ視点

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「あー、ややこしいことになったな……」

 スヤスヤと眠るあどけない少女の顔を見て俺は大きな溜息を吐いた。

 突然.現れたチンチラ獣人のエラト。彼女は俺の番らしいのだ。



~・~・~・~・~・~



 俺の母親は、男が出来て幼かった俺と親父を捨てた。親父はショックで酒に溺れ、ある夜酔っぱらって川に転落しそのまま死んでしまった。

 遺された俺を育ててくれたのは大工の頭領をしてた親父の兄貴だった。

 そして成長した俺は育ててくれた叔父と同じ大工になった。

 大工って仕事は結構儲かる。金回りが良いと顔のいい俺はすぐに女にモテるようになった。わざわざ口説かなくても女の方から寄ってくる。俺は後腐れ無い相手を選んでとにかく遊びまくっていた。

 特定の恋人はつくらなかった。親父みたいに捨てられてボロ雑巾のようになるのが怖かったからかもしれない。
 
 そんな時、俺の前に番だって言うチンチラ獣人のエラトが現れた。

 彼女は小さくて真っさら。『番さん』と言って真っ直ぐに俺を見つめる。その瞳は子供みたいに綺麗で濁りが無くて……

 怪我した彼女を衝動的に家に連れ帰った。
 彼女はこんな屑みたいな俺を信頼し、小さな身体をすり寄せる。






「ルカさん、ありがとうございます!」

 傷の手当てが終わるとエラトは俺を見てニコニコと笑った。
 俺が連れていた女に突き飛ばされたのに、どうしてそんなに嬉しそうなんだ?

「どこに住んでるんだ?」

「ラザニさんのお店で住み込みで働いているの……」

「そうか……送るわ」

「……あのルカさん、また会ってもらえますか?」

 ちょっと不安げに俺を見上げる。

「俺、特定の恋人はつくらねぇんだわ」

 俺がそう答えると、エラトの目がみるみると涙を溜めていく。『しょぼん』と音がしそうなほどがっくりと肩を落とすエラトを見ていたら俺の口が勝手に動き出した。

「わざわざ待ち合わせしてデートとかはしねぇけど、ここに住むならいいぜ?」

 しまった!
 そう思った時には遅くて……

 ぱあぁーと花が咲いたように笑う彼女を見て、取り消そうと思った言葉も飲み込んだ。

「ここに泊まるって事、『ラザニさん』に言っとけよ……心配するだろうからな」

「はい!」

 ラザニさんに『番が見つかった』と報告してエラトは家に引っ越してきた。
 ほんの小さなカバンとリュック。エラトの荷物はこれだけだった。
 

 俺と暫く一緒に暮らせば、俺がどうしようも無い人間だって分かるだろう。獣人の男は一途で生涯番だけに尽くすらしい。だから獣人の男に憧れている女も多い。

 だけど、俺はそんなに一途でも無いし、女に尽くすようなタイプでもない。

 きっと彼女は俺の本性を知ったらガッカリして国に帰るだろう。
 




 翌日、俺はエラトを家に残して仕事に出掛けた。彼女はラザニさんのお店に通いで働くことになったらしい。

 別に夜遊びを止めるつもりは無かった。エラトには遊び人の俺に愛想を尽かして国に帰ってもらうつもりだったから。

 だけど仕事中もソワソワしてエラトの事ばかりを考えてしまう。エラトがどうしているか、気になって仕事が手につかない。

 俺は夜の街に出るのを止めて真っ直ぐ家に帰った。

 酒を飲みに行くのは明日でもいい。今日はエラトが来た始めての日だ。心細いだろうから少しだけ一緒に居てやるか……。

 今日だけだ、今日だけ……。

 家に帰って見たのは、涙目になってベタベタになった床を拭くエラトの姿。

「どう……したんだ?」

「ごめんなさい。私……水の止め方分からなくて……」

 彼女は台所の使い方が分からなかったらしい。きっと祖国の一般的なものとは使い方が違うのだろう。

「悪い。俺が説明しなかったから」

「お母さんとたくさん料理の練習をしたの……。だからルカさんに食べて欲しくて……」

 エラトは涙声で「番なのに役に立たなくてごめんなさい」と謝った。シュンとして俯く彼女に「気にするな」と言っても一向に元気にならない。

 そっと小さな頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じるから、らしくない言葉を掛ける。

「気持ちだけで嬉しいから泣くな。初めてだから上手くいかないのは当然だ。今度はエラトの手料理が食えるんだろ?楽しみにしてる」

 パッと俺の顔を見上げると、涙目だったエラトの表情がふわりと綻んだ。

 コイツの感情は俺の一言で左右されるらしい。
 すっぽりと収まる小さな身体を抱きかかえて、慰めてやると、エラトはみるみる元気になった。

「明日は名誉挽回しますよ!ほっぺたが落ちるぐらい美味しい料理をつくりますからね!」

 めげないヤツ……。

 フンフンと鼻息荒く張り切るエラトをみているとちょっと可愛いと思えてくるから不思議だ。



 その日の晩飯は無いし、俺達は二人で近所の屋台に『おでん』を食べに行った。エラトの国には『おでん』は無いらしい。彼女は大根が気に入ったみたいで、ふーふーと冷ましながら満足そうに頬張っている。

「こんなに美味しいものレネールには無かったです。」

「良かったな。また来るか?」

「はいっ!」

 『また来るか?』って何だ?俺。
 コイツとずっと一緒に居るつもりか?

 こんな子供面倒くさいって思っていたはずなのに嬉しそうに食べるコイツを見てるともっと食べさせてやりたくなってくる。
 屋台の椅子はエラトには高いらしく足をぶらぶらさせたまま、次に何を食べようかを選んでいた。

 自分の感情に戸惑いながら『清酒』を飲んでいると、エラトが俺の手元を覗き込んできた。

「ルカ様は何を飲んでるんですか?」

「ああ、これは『清酒』だ。」

「お酒ですか?私も……飲んでみたいです……」

「これはエラトには飲めないと思うけど?」

「ルカ様!私は大人ですからね!レネールではお酒も飲んでました!子供扱いしないでください!」

 エラトはそういうと店主に

「おじさん!私にもルカ様と同じものを!」

 そう自信満々に注文した。





「大丈夫か?」

「ら、らいりょうぶれす(大丈夫です)」

 エラトはフラフラになっていて呂律も回っていない。とうとう、屋台の机に突っ伏して眠ってしまった彼女をおぶって家に帰ることになった。

「何してんだかなー」

 随分とエラトに振り回されている自覚はあるが不思議と嫌な気分じゃない。

 エラトはお腹いっぱいに食べて満足したのか、俺が風呂から上がるとソファーで気持ちよさそうに眠っていた。無防備で幸せなそうな寝顔。

「何が大人だよ……ばぁか」

 俺はエラトをベッドに運ぶと、自分はソファーで眠った。
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