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二人で
しおりを挟む暖かい魔力が私を包んでる。雲の上みたいにふわふわして気持ちいいー。
だあれ?誰かが私を呼ぶ……声がする。懐かしい声。
……フェリ……フェリ……って。
切なくて哀しそう……。わたし行ってあげなくちゃ。
ーーーーー
目が覚めると豪華な天井。視界が霞んでぼんやりする。あれ?……手が熱い……。
「ノヴァ?」
彼の右目には青い眼帯……。彼は左目も閉じていてウトウトと眠っているみたい。
「わたし……」
徐々に頭がはっきりしてきた。
そうだ、私……禁戒魔法を使ったんだ……。
「わたし……生きてる?」
相変わらず彼の右目は眼帯で覆われている。魔法は失敗したのだろうか……。
ふと自分の右手がしっかりと彼の両手で握られていることに気が付いた。
「……手が……」
ノヴァの目蓋がゆっくりと開けられ、深い碧の瞳が私を捉える。驚いたように目を大きく見開くと、彼の瞳はたちまち潤み、つーっと涙が頬を伝った。
野性的な彼の顔がくしゃりと歪む。
「フェリ……良かっ……」
ノヴァはその逞しい肩を震わせ泣いていた。こんなに大きな人が、まるで小さな子供のように……。
「これは……現実?」
「ああ。ずっと目覚めなくて……。俺……フェリが目覚めなかったらどうしようかと……」
「ノヴァの目は治らなかったの?私の魔法は失敗したのね」
ノヴァは腕で乱暴に涙を拭くと顔を上げた。
「フェリの魔法は成功したと思う。俺の傷は綺麗に塞がったし、欠損した腕も元通りになった。ありがとう」
「目は?」
「……あの時、
フェリから、大きな波が襲ってくるような熱い力が流れ込んできて……」
その時の事を思い出しているのだろう。ノヴァは遠い目をした。
「怖かった。フェリが命がけで俺を助けようとしたのを感じて、咄嗟に身体を引き離したけど……止まらなくて」
禁戒魔法は、制御出来なくなる、そんな魔法だもの。仕方ない。
「俺、焦ったよ。自分の身体はみるみる回復するのに……君の顔色が白くなっていく。まるで俺の身体が勝手にフェリの命を吸い取ってるみたいだった。今までの聖魔法とは違うって分かったよ。この魔力の流れを止めないと、君の命がなくなる気がして……。全てが俺に流れ込むのを、俺の魔力を使って阻止したんだ。目が治ってないのはそのせいだと思う」
「目は治らなかったのね。きっと不便だわ」
「やっぱりフェリは命懸けで俺を助けようとしたのか?」
咎めるような強い目。
彼がそんな事を望む人では無い事を知っていたから……気まずくて目を反らせて頷いた。
「ノヴァが傷つくのを見ていられなかったの……。どうしても幸せになって欲しかった。ノヴァがそんな事望んでないのは知っているわ」
「フェリ……」
あの瞬間、私は全てを投げ出した。こんなことをしても誰も喜ばないって……、私が死んだらノヴァは例え身体が全快しても喜ばないって知っていた。
「ごめんなさい。勝手なことをして……」
「……フェリ、聞いて欲しい」
彼は私の両手を握って少し屈むと、しっかりと目を合わせた。
「俺、今まで自分は戦場で死ぬ運命だってそう思ってきた。戦って誰かを助けることで自分の生きる意味を見つけてきた」
彼はずっと死ぬ覚悟をしながら戦地に立ってきた。いつだって他の誰かを優先してきた。そんな彼の姿を私は知っている。
彼の手は汗ばんでいて、握られた手が熱くて顔が火照る。恥ずかしくて目をそらしたいのに、その必死な縋るような視線が私を捉えて、目が離せなかった。
「フェリが居たから俺は生きて帰りたいって思った。前に言っただろ?フェリの作ったパイシチューは美味いって。俺、二人でパイシチューを食べる、そんな未来は楽しいだろうなって、はじめて明るい未来を見た気がしたんだ。フェリが『お帰りなさい』って言ってくれたこと、涙が出るほど嬉しかったよ」
二人でパイシチューを食べるだけ。特別な事なんて何もない、ありふれた光景だ。それが、彼の支えになってたなんて……。
当たり前のように毎日家に帰って、当たり前のように温かいご飯を食べる、そんな日常が、あの時の私と彼には目が眩むほど遠かった。
「フェリ、好きだよ。一緒に生きていこう。俺と結婚して?」
彼がこの言葉を口にするために、どれほどの孤独を乗り越えてきたんだろう。
彼の目には熱が籠っていて、確かに愛情を感じる。彼の気持ちが真っ直ぐに私に向けられているのが分かる。
彼を思う時、いつも彼は何か重い影を背負っていて、明るい家庭なんて想像出来なかった。
それは絶対に届かない未来だと諦めていた。
でもーー
「はい。私がノヴァを守ります。幸せにしてみせます。私の傍で笑っててください」
「ふはっ!」とノヴァが噴き出して笑った。
それは見たこともない明るい笑顔。
彼を蝕んできた『死』の影はもう感じない。
「俺、格好つかないや。フェリの方が男前だな」
「ご、ごめんなさい」
謝る私にノヴァは遠慮がちに手を伸ばした。
「フェリ……抱きしめてもいいか」
「うん」
嬉しくて、私は自らノヴァの首に手を回し、その首元に顔を埋めた。想いを伝えあった途端、ノヴァの顔をみるのが恥ずかしい。
「ごめん。俺、浮かれてるな。フェリは目覚めたばかりなのに……」
「ううん。ノヴァが好き。こうしてノヴァと一緒にいるのが嬉しいの。ノヴァこそ、身体はもう平気なの?」
「ああ。右目以外は全快だ。フェリ、ありがとう」
彼の声が身体に直接響く。低い声も、高い体温も、分厚い胸板も、そのどれもが私を包み込むように優しくて……。
「ふふっ。ノヴァって温かいね」
「フェリ、眠いだろう?もう少し眠っているといい」
ノヴァは私をベッドに横たえると、布団を掛けてくれた。
「眠るまで側にいるから」
無骨な指で髪を梳かれると心地良くて、私は再び瞼を落とした。
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