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帰還
しおりを挟む※後半、暴行を連想させる表現があります
王太子殿下が国境の街から戻った。隣国との交渉は上手くいき、我が国の損害を隣国が補填することで同意した。
戦争が完全に終結したのだーー
そして、王太子殿下が戻って直ぐに、私は執務室へと呼び出された。婚約の話かと思って身構えていたが、話の内容は全然違っていた。
「ノヴァは生きていたよ」
「え?」
「交渉でノヴァは取り戻した。腹心の部下を討たれ激昂したインサニア国王に見せしめのように拷問を受けたそうだ。助け出された時は瀕死の状態でね。片目と片腕を失い、逃げられないように足の腱は切られている。日常生活も今まで通りには過ごせないだろう」
そんな……残酷過ぎる。
私が王都に戻って平和に過ごしていた間も彼はそんな目にあっていたなんて……。
拷問を受けながらどんな思いで過ごしていたのだろう。私たちはのうのうと帰還してしまったのに……。
どんなに孤独だったのだろう?
置き去りにした私達を恨んだのだろうか?
絶望していたのだろうか?
自分の身体を、運命を呪ったのだろうか?
「今はどこに?」
「移動出来る状態じゃ無くてね。暫く向こうで回復を待ってから王都に戻る予定だ。」
ーーノヴァが、帰ってくる。ーー
「君の想い人ってノヴァだろ?ビクターから聞いたよ。早く安否を君に伝えて欲しいって言われてね」
ビクター殿下は……私の想う人がノヴァだって気付いていたんだ。
「ビクター殿下が……。あ、ありがとうございます。私……ビクター殿下の求婚をお断りしたんです。なのに……そんな……」
「ノヴァ相手じゃ仕方ない。彼は我が国の英雄さ。私もビクターも君の結婚を無理強いするつもりはないんだ。一週間後にはノヴァは王都に帰還する。此方できちんと治療を受けさせてあげたいからね。帰還の式典には君も大聖女として参加して欲しい」
今直ぐに迎えに行きたくて……。早く彼を癒したい。少しでも早く。彼の元へ……。
「私、迎えに行きます。行かせてください」
「すまない。それは出来ない。君は国民の希望なんだ。朝になれば君のいる治療施設には治療を求める人々が列を成す。彼と同じように治療を求める人々がいるのに、君を行かせることは出来ない」
王太子殿下は苦しそうに顔を歪める。施政者としての判断。
分かっていた。
私の治療を待つ全ての人に大切な家族がいて、みんなが切実に私を待っている。
「今、大聖女が王都を離れたら国民は不安に陥ってしまう。必ず会うことが出来るから、もう少しだけ堪えてくれないか」
「はい」
夜、一人になって彼を思い出す。いてもたってもいられず、この窓から外へ飛び出したくなる。
大聖女になってから、私の居室は聖女の塔の最上階にある広くて豪華な部屋へと移された。部屋の前には常に護衛がいる。私が移動するときは、メイドや護衛があとをついてくる。
守って貰うと同時に閉じ込められているような息苦しさを感じていた。
☆
いよいよ英雄ノヴァの帰還の儀。
彼の為だけの厳かな式典。
私は式典用の大聖女のローブを着て、壇上の王族に並ぶ。
その場所から彼の入ってくる扉はひどく遠く見えた。
コールが聞こえ、広間にいる人々の視線が真っ直ぐ入り口へと向かう。豪奢な装飾を施された分厚い扉が、重い音を立ててゆっくりと開いた。
ノヴァは傷だらけの身体。無残なその姿に会場にいた全ての人が息を呑んだ。時が止まったような静寂の中、ノヴァを支える二人の騎士の靴音と衣擦れの音だけが響く。彼は両脇を仲間の騎士に抱えられるようにして大広間へと入ってきた。
左腕は肩の少し下辺りから失い、右目には眼帯を当てている。治療され傷は全て塞がっているが、治りきらない痕が痛々しい。
恐らくもう立つことすら出来ないのだろう。包帯を巻かれた足はダランと力無くぶら下がっていた。
彼はこの戦争の最大の功労者だ。急襲部隊の殿を努め、作戦が失敗した後もその場に残り、敵将を討ち取った。その後、敵の捕虜として捕まり、見せしめのために拷問を受けたそうだ。ボロボロになった彼の姿を見れば、どんなに凄惨な拷問だったのかが解る。
残された左目には感情が無くて……見えているのかすら分からなかった。
「ノヴァっ!」
私はたまらなくなって、壇上から駆け下りた……
「だ、大聖女さま!何をっ……」
神官や貴族達が私を止めようとする声が聞こえる。
「大聖女様、お戻りくださいっ!!」
「フェリチュタスっ!!」
もう彼には少しも傷ついて欲しく無かった。身体も心も……。今まで彼は人ために、こんなにも深く傷ついてきた。
いくら強くても、傷の回復が早くても、痛みを感じなくても……。
大聖女として私が負う責任も民の期待も……。
その瞬間全てを忘れて彼の元へと走った。
「ノヴァ、お帰りなさい」
ノヴァを抱えた騎士たちは、驚いて私を見ていた。私は彼の首に手を回して、彼にだけ聞こえるような声で囁いた。
「もう無理しないでね。私がノヴァを治せるのはこれが最後」
その瞬間大きな光が彼と私を包み込んだ。その深い碧の瞳に涙が滲む。
私の意識は光に吸い込まれるように薄らいでいく。
その場にいる人々は私と彼にキラキラとした光が降り注ぐのを呆然と見ていた。
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