私が大聖女の力を失った訳

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告白

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 パーティでは、人々が陛下や殿下に挨拶するため、長い列を作っていた。

 きっと直接王族と言葉を交わすなんて、高位の貴族なのだろうけど、私に詳しくは分からない。

 中には、年頃の娘を連れて挨拶に来て、ビクター殿下に娘を紹介する人たちも居た。愛らしい笑顔で殿下に話しかける少女たち。

 だけど、ビクター殿下はそんな令嬢たちには興味を示さず、ずっと私の事ばかりを気にしていた。

 ビクター殿下に素っ気なく対応された令嬢たちは彼の視線の先にいる私を、恨めしげに見ていたみたいだけど、その時の私はそんな事には気づかなかった。

 華やかなパーティの中にいても、私の心は沈んでいた。私にとって戦争はまだ終わっていない。
 今すぐにでも、シレークスに戻りたかった。



 パーティが終わった後、ビクター殿下から、少し思い詰めたような表情で話がしたいと言われ、サロンに案内された。

「フェリチュタス。疲れているところ、時間を取らせてすまなかったね」

 殿下はソファーに座り、侍女の運んできた紅茶を一口飲むと、ふーっと深く息を吐いた。

 ビクター殿下は、物語の世界から飛び出して来たような素敵な王子様。顔は彫刻みたいに整っているし、立ち振る舞いも綺麗。令嬢たちに大人気ってのも頷ける。
 パーティ中もマナーが分からない平民の私を気遣ってくれた。

「君が何かを悩んでいることは知っている」

「えっ……はい。パーティの雰囲気を台無しにして申し訳ありません」

「謝らないでいい。きっと君のせいじゃない。だが、私の思いを君に伝えたくて。フェリチュタス、君のことが好きだ。一生大切にすると誓う。だからどうか私の花嫁になってくれないか?」

 鈍い私でも、うすうす気がついていた。
 ビクター殿下の態度から、その視線から、特別なものを感じたから。

 ビクター殿下は私を真っ直ぐにみつめる。その瞳は、彼の人柄を表すように誠実で優しい。
 だからこそ嘘はつけないと思った。

 「私には心に想う人がいます。そのお話はお断りさせていただけませんか?」

 実際、断るなんて出来ないのかもしれない。王族からの求婚だもの。だけど、例えそうだとしても、きちんと自分の気持ちは伝えておきたかった。

「急がないよ。君が私のことを見てくれるようになるまで待とう」

「私がこんなことを言える立場じゃ無いことは分かっています。でも、今は何も考えられなくて……」

「うん、分かった。……実は、兄上が君たち聖女と聖女候補に戦地に赴くよう提案した時、謁見室の影から君たちを見ていたんだ。真っ先に手を挙げた君は凛としていて美しかった。その時、私は君に恋をしたんだと思う。だから……待つよ。君が大聖女だから求婚しているわけではない。それだけは知っておいてもらいたかったんだ」

 あの日、私はノヴァの側に行くことしか考えていなかった。ノヴァのために、必死だった。
 そんな私を、殿下は見ていてくれたのか……。

「……はい……」

 私を見つめる殿下の笑顔は、柔らかくて陽だまりのように温かった。この人と結婚したら、真綿にくるむように大切にされて、幸せになれると思う。

 だけど、ノヴァの事を思うたび胸が軋む。息が 出来なくなる。

「私、何も約束している訳では無いんです。彼が私をどう思っているかも知りません。彼は他に好きな人がいるかもしれませんし、私の気持ちもはっきりしなくて……。私……、これが恋か愛かも分からないんです。……ただ、今は彼の事しか考えられない……」

「そう。自分の気持ちがはっきり分かるまで考えるといいよ」

 ビクター殿下はどこまでも優しい。王族なのに、こんな我が儘な私の意思を尊重してくれる。

 ノヴァを想う時、例えば春の暖かい日差しのように幸せな気持ちになるわけでは無い。身を焦がすような激しい恋心とも違う。ただ彼を思い出すと、どうしようも無く心を揺さぶられる。彼の傍に居たいと願ってしまう。

 この感情を「同情」だとか言う人がいるだろう。

 もしかして、そうなのかもしれない。

 けれど、もしそうだとしても、私は繰り返しノヴァを選ぶ。 


 その日からビクター殿下は時間があれば、私の部屋を訪ねてきたり、花束を贈ってくれた。





「……ノヴァ……。」

 相変わらずノヴァの安否は不明。

 私の気持ちが追い付かないまま、それでも流れていく時間の残酷さを感じていた。

コンコンコンーー

 ノックの音が聞こえて、慌てて押し花の栞を聖魔法の教本に挟んだ。

「どうぞ。」

「フェリチュタス様、ビクター殿下より花束が届いてます。花瓶に入れて飾りますね。」

 毎日届くビクター殿下の花束で、部屋中が華やかに彩られ、花の香りは私の心を穏やかに鎮めてくれた。
 本当に素敵な人だと思う。
 私にはもったいないほど……。

 それでも毎日、ノヴァがくれた栞の色褪せた花を繰り返し眺める。色が変わっていってしまう事が悲しくて、時間が過ぎていくのを憎いとさえ思った。


 そして、私たちが帰還してから一ヶ月後、王太子殿下が隣国との交渉を終えて戻ってきた。
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