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勝利
しおりを挟む長く続いた戦争は我が国の勝利で終わった。
王都に戻る道中、私たちはどの町でも大歓迎された。馬車の窓から外を見ると、人々の明るい笑顔が見える。
これが、ノヴァの見たかった光景なのかな?
そう思いながら、私に向かって手を振る人々に笑顔を返した。
全てが元に戻るわけでは無い。戦争の傷跡は深く残る。
路上生活者は増え、閉店している店も多い。華やかだった街は変わってしまった。
住民の暴動は頻発したらしく、壊れたまま放置されている建物もある。
それでも、前を向いて人々は笑う。
明日のために皆が頑張っていた。
私はノヴァのことが心配で……。
心をシレークスに置いたまま、喜ぶ人たちを眺めていた。
人々の喜ぶ姿も、歓声もどこか遠くに聞こえてしまう。
……ノヴァ
……ノヴァ
……どうか生きていてーー
☆
久しぶりに戻った聖女の塔。入り口では、シレークスに行かなかった聖女や候補者たちが私たちを出迎えてくれた。
その中にはキャロライン様の取り巻きだった令嬢たちもいて、私に向かって恭しく頭を下げている。
私と目が合うと気まずそうな表情を浮かべ、媚びるような笑顔を見せる。
かつては、この人たちが怖かったっけ。
だけど今はどうでもいい。
私は何故か甲冑を着た騎士に挟まれ、先頭を歩かされた。私の後ろには神官や聖女がぞろぞろとついてくる。まるでお姫様みたいな扱い。
そして、案内されたのは聖女の塔の上階にある豪華な部屋だった。
「私がこの部屋を?何かの間違いじゃ?」
「いいえ、間違いではございません。この部屋をお使いください。わたくしは、今日からフェリチュタス様の側付きを任されます、アイラと申します」
そう私に自己紹介してくれたのは30代ぐらいの女性。立ち振いや言葉遣いがとても綺麗な人。
「よろしくお願いします」
「これからフェリチュタス様に大聖女の称号が授けられることになります。一緒にシレークスに派遣されたシエラ様とソフィー様も、聖女に認定されることになりました」
「大聖女……ですか?」
大聖女なんて……。王国の歴史の中で10人しかいない。大聖女への国民の期待と信頼はとても大きなものだ。自分に背負うことが出来るのか……。
大きな不安で押し潰されそう。
「はい。フェリチュタス様の神聖力はその水準にあるそうにございます。数十年ぶりの大聖女の誕生は国民の希望となるでしょう」
シレークスにいた時はノヴァのために、無我夢中だった。
限界まで神聖力を使う日々が、私を大聖女の域まで押し上げてくれたのかもしれない。
あの頃は、ただ私の聖魔法でノヴァの傷が塞がることが嬉しくて……。
「これからも王都には大聖女様の治療を求めて大勢の人々がやって来るでしょう。どうか大聖女様のお力をお貸しください。」
王都の治療施設には、未だに治療を受けられない人々が待っている。その光景は馬車から見ていたので知っていた。長い列をつくり、傷を押さえて蹲る人たち……。
「はい。もちろんです」
私はノヴァが命懸けで守りたかったものを守りたかった。今の私に出来ることはそれだけだから。
大聖女がどんなに大変なのかは分からない。それでも、今待っている人たちを助けることが私の望みだ。
「明日は、王宮で帰還を祝うパーティが開かれます。明後日には戦勝祝賀の儀。その時に大聖女の称号が陛下より授与される予定になっております。わたくしが朝、身支度に参りますので、今日はゆっくりとお休みくださいませ」
アイラは私の着替えを手伝い、荷物を片付けると、短い挨拶をして部屋を出ていった。
ようやく一人になりほっと息を吐く。
「ノヴァ……私が大聖女になるんだって」
思い出すのはノヴァの事。
私が大聖女なら、彼は英雄だ。
私は彼に貰ったボロボロの栞を眺めながら眠りについた。
☆
早朝からアイラの他に3人ものメイドが部屋にやってきた。
朝風呂に入り、身体中がヌルヌルになるマッサージを受け、見たことが無いような硬いコルセットで身体を絞り上げられた。
身体に沿った白いワンピースを着て、ローブを羽織る。金糸の刺繍で縁取られたローブは、細かい宝石が至るところにあしらわれた豪華なデザイン。
「こんな高そうなものを?」
「はい。フェリチュタス様のために殿下が仕立てた物です」
「殿下が?」
戦地に行った褒賞の一部なのだろうか?
全てがめまぐるしくて。
気がついたら私の頭にはお姫様みたいなティアラが乗せられ、自分でも見違えるような姿になっていた。
化粧をした私は、別の人のよう。
「お似合いでございます。きっと殿下も見惚れますわ」
殿下?
「ありがとうございます」
何故、殿下なのだろう。
パーティでは、戦争が始まってから長く寝込んでいた陛下が久しぶりに姿を見せた。
長く辛い戦争に貢献した戦士たちをねぎらうパーティ。みんながお互いの苦労を称え合い、笑顔が溢れている。
私は何故か国王陛下夫妻とビクター殿下と同じ並びに座らされて……。
ここに、ノヴァと一緒に居たかったな、なんて思いながら、なんとなく人々の顔を眺めていた。
「フェリチュタス、何か飲み物を貰おうか?」
「……え?」
「何か、考え事?」
「いいえ。いただきます」
ビクター殿下が給仕のメイドに声を掛け、私の前に綺麗な薄いピンク色の飲み物が運ばれてきた。
「アルコールは入っていない。ジュースだから安心してね」
「はい」
ほんの少し口に含むと、甘酸っぱいフルーツの香りが広がり、固くなった心が少し緩んだ。
「良かった。少し飲んでくれて」
「はい?」
「食事もほとんど食べれていないと、メイから聞いてたから……」
パーティの明るい雰囲気はよけいに辛かった。
みんな喜んでいる、これがきっとノヴァが望んだこと、なのに……私は……。
「ご心配かけて申し訳ありません」
「いいんだ。私が勝手に心配しているんだから」
ビクター殿下は優しかった。パーティの雰囲気を盛り下げるみたいに暗い表情の私に怒ることも無くて。ただ側に居てくれた。
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