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危機一髪
しおりを挟む出立の日までは大忙し。怪我人の治療を続けながら、夜は荷造りをした。
ノヴァは開戦してからずっと最前線にいるはずだ。
やっと彼の役に立てる。
聖魔法も覚えた。何も出来なかった頃とは違う。私は少しでも彼を癒したかった。
眠る前に月明かりの中、栞を眺める。何回も開いたり畳んだりを繰り返した手紙は、折り目の所がもう破れてしまった。
「本当に?……もうすぐ会える……?」
彼を思い出す時、そわそわして落ち着かなくなる。胸がぎゅっと軋むようで、辛かった。
彼の体調を気遣ってくれる人はいるのだろうか?
きちんとご飯、食べているのかな?
傷、放置してないかしら?
月を眺め、祈るような気持ちで目を閉じる。私が着くまで、どうか、無事で……。
☆
「ねぇ、フェリチュタスさん。包帯が切れてしまったから取りに行ってくださらない?」
出立の慌ただしい朝、やけに機嫌良くキャロライン様が話しかけてきた。
本来なら、備品の補充は下働きの人たちの仕事。だけど、馬車に多量の荷物を運び込んでいて、皆が忙しく働いていた。
自分で取りに行った方が早いかな?
キャロライン様は雑用なんてしないだろうし……。私はキャロライン様の態度に違和感を感じながらも、倉庫へと向かった。
「あれは……?」
荷物を運んでいるのはシエラとソフィー。
「シエラ、ソフィー!どうしたの?二人とも、こんな所で……。」
「キャロライン様が備品を取って来て欲しいって仰るので取りに来たの。」
おかしい、と思った瞬間、物陰から男が出来てて、ソフィーが背後から男に掴まれた。
「ソフィーっ!」
「……き……むぐっ」
悲鳴を上げようとして、ソフィーは口を塞がれた。首にナイフが当てられている。
「……ソフィー」
「大声は出すなよ。」
男の仲間が四人、その手にはナイフ。私達に切っ先を向けて握られていた。
「な、何を?」
「殺されたくなければ、大人しく言うことを聞けっ」
私達は男たちに取り囲まれた。
「無駄な事はするなよ。そっちへ歩け。そうだその小屋に入るんだ。早くしろっ!」
手にナイフを持ったリーダ格の男に指示され、私たちは小屋へと入った。
「やめて……」
「うるせぇ……喋るな」
男たちは抵抗出来ないようにナイフで脅しながら、手際よく私たちを後ろ手にして縛った。
「今からシレークスに行くの!お願い……。」
折角、ノヴァの所に行けるチャンスなのに……。
「駄目だなぁー。お前たちには暫くここにいて貰うぜ。出立直前に怖くなってここに隠れたことになってる。少しでも抵抗したら、お前のお友達も無事じゃ済まないぜ?」
男はニヤニヤと薄気味悪い笑顔をして、ゆっくりと近づいてくる。見せつけるようにナイフをゆらゆら揺らし私たちの恐怖を煽る。
シエラとソフィーは固まったようにそのナイフを見つめていた。
「よく見るとべっぴんさん揃いじゃねぇか。ちょっと楽しもうぜ。」
「や、やめてください。」
「そんな訳にはいかないな。あきらめて楽しもうぜ。へっへっへっ。」
シエラとソフィーには別の男がナイフを向けている。私が暴れれば、男は容赦なく彼女たちを傷つけるだろう。
目の前の男は下卑た笑みを浮かべて身体を触ってくる。触られた途端に鳥肌が立つ。
気持ち悪くて吐き気がする。
怖くて、怖くて……。
こんな場所、誰も通る人なんていない。悔しくて唇を噛みしめると血の味がした。その時ーー
ドンドンドンドンーー
「誰だっ?」
扉を乱暴に叩く音が響き、次の瞬間ーー
ドォォーーーン
ガラガラガラガッシャーーーン
「な、なんだっ? どうした?」
大きな音と共に扉が蹴破られ青年が小屋へと入って来た。
「全員動くなっ!!」
青年の後ろから、6~7人の騎士たちが雪崩れ込むように入って来て、シエラとソフィーにナイフを向けていた男を捕まえた。
「お前も彼女から離れろ。」
「くそっ。」
背後から剣を向けられた男は抵抗することも無く、あっさりと捕縛された。
「大丈夫かっ?」
騎士たちよりも少し上等な服を着た青年が私の所に駆け寄ってきて縄をほどいてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
「いや、兄上に言われてムスカン公爵令嬢の周辺を見張っていたんだ。彼女には君に対する明らかな敵意があった。他に傷は無いか?」
青年は縄をほどきながら、私の身体に傷が無いかを丁寧に見てくれた。
「は、はい。大丈夫です。何かされる前に助けてくださったので……。男を雇ったのは、キャロライン様なのですか……。」
「ああ、彼女は君に嫉妬していたようだ。男たちも捕らえた。もう大丈夫。」
「あ、ありがとうございます……わたしどうしてもシレークスに……行きたくて……。」
ホッとすると同時に恐怖が襲ってくる。
身体の震えが止まらない。そんな私に青年は自分の上着を脱いで上から羽織らせてくれた。
「着てるといい。」
「い、いえ。助けていただいてありがとうございます。」
「唇が……。」
「これは自分で……。」
青年が真っ白な手巾を出して唇をそっと拭ってくれた。
「すみません。手巾に血が……。汚してしまいましたわ」
顔を上げて青年の顔を見ると、
「でん……か?」
よく見ると、ビクター殿下だ。
いつもよりラフな服装だったから分からなかった。
「し、失礼しました。で、殿下の上着を着るなんて……。」
急いで上着を脱いで返そうとしたら手をぐっと押して断わられた。
「いや、着てるといい。服が……。」
ビクター殿下が赤くなって顔を背けるから、何だろうと思って自分の服の胸元を見ると……。ボタンが二つ引き千切られ、中の膨らみが少し見えていた。
「あ、も、申し訳ありません。」
急いで襟元をかけ合わせて、胸を隠した。
私……本当に襲われる寸前だったんだ。
もし、殿下が助けに来てくれなかったら?
急に恐怖が甦ってきて、涙が出てきた。
ガタガタ震える身体を自分でギュッと抱きしめた。
「……うっ……うっ……。」
涙が溢れて止まらなくなった私にビクター殿下は優しくて……。気持ちが少し落ち着くまで一緒に居てくれた。
「出立は明日にしようか?」
「いえ、皆様が準備してくださっているので行きます」
「……大丈夫か?」
「はい」
向こうでは、シエラとソフィーもそれぞれ騎士に助けられて話をしていた。
少し安心したのかそれぞれに笑顔も見える。
良かった。全員無事で。
これでシレークスに行ける。
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