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戦地への派遣
しおりを挟む開戦してから約一年。
王都周辺でも、既にインサニア王国の間諜が潜入していて王都の治安は乱され事故や暴動が頻発した。王都に住む住民も不安な日々を過ごしていたが、ここ数ヶ月でようやく周辺の治安は改善してきたみたい。
私たちは聖女様からの直接の指導で、聖魔法の訓練を再開し、少しずつ傷の治療が出来るようになった。私は今、比較的軽い怪我の民間人の治療を任されている。
「こんな汚い所まで、聖女様に来ていただけるなんて……」
「聖女様、よう来てくださった。ありがとうございます」
「いいえ。皆さんの治療をするのが私達の役目ですから……」
今日は聖女様5人と私で王都の外れにある村を回っていた。
本来聖女の治療は教会で行っているが、アリアナ様の発案で教会に来れない人々のために、直接村に出向いて治療することになった。
キャロライン様や他の聖女候補たちは、村に行くことは嫌がった。
無理も無いと思う。
豪華な屋敷や聖女の塔で暮らしている彼女たちには、埃の溜まった床の軋むような家で、膝を付いて治療するなんて、到底出来ないだろう。
その点、アリアナ様は凄い。
アリアナ様だって侯爵家の令嬢なのに、嫌な顔なんてしない。
「身体に痛みがあれば、掃除が出来ないのは当然です。気にすることはありませんわ」
そう言って、恐縮する人々に優しく笑いかける。そして、怪我人がどんなに汚れていても、躊躇なく触っていた。
「痛かったでしょう?もう大丈夫ですからね」
ドロドロになっている包帯を取り、傷口にそっと手を当て聖魔法を掛ける。
慈愛に満ちたアリアナ様の行動に、人々は心を癒やされるのだ。
そんなある日、聖女と聖女候補者が王宮の広間へと集められた。
何故集められたのか分からずに皆が戸惑った様子でお互いに顔を見合わせている。
「何かしら?急に集まれなんてっ」
「ええ、まったく」
取り巻きたちに囲まれたキャロライン様は不満そう。ただでさえ、聖女選定の儀が遅れていることで苛ついているのだ。
キャロライン様も今日何故呼び出されたのかは知らないらしい。
ただし、噂はあった。
そろそろ戦地へと聖女を派遣するのではないかと……。
口には出さないが、戦地への派遣命令が出ることを皆心配していた。
今までも紛争地への派遣はあった。しかしそれは圧倒的な戦力の差があり、鎮静を図るための戦い。だから、勝利は決まっていたし、聖女に危険はなかった。
今度の戦争は違う。
戦いは拮抗していて、後方支援の部隊も敵の急襲にあっている。決して安全とは言えない。
温厚で平和主義だった陛下は体調を崩してしまった。最近では政務はほとんど王太子殿下が代行しているらしい。
ファーガス王太子殿下が宰相を従え私たちの前に姿を表した。殿下は聖女の塔に来た日とはまるで違う。険しい表情、威厳に満ちた佇まい。
彼を取り巻く環境が大きく変わったことを示していた。
「急に皆を集めてすまない。今日の御前会議で、聖女と聖女候補を戦地へと派遣することが決定した。」
広間の空気がざわりと震える。
真っ先に異論を唱えたのはキャロライン様だった。
「わたくしは、公爵家の者です。そんな戦地など野蛮な土地へは向かえませんわっ!」
「そんな危険な場所はわたくしも無理です。お父様が許可なさいませんわ」
「今すぐでは無くても、安全が確保されてから行けば良いではありませんか?」
次々と聖女候補たちが声を上げた。
みんな戦地に行くのは嫌みたい。けれど、私は少しでもノヴァの近くに行きたかった。
私はファーガス王太子殿下に見えるように真っ直ぐに手を挙げた。
「私、行きます。行かせてください。」
王太子殿下は私の顔をじっと見つめると僅かに口角を上げ頷いた。そして、他の聖女たちをぐるりと見回した。
「ほかには?」
「わたくしも行かせてください。」
私に続いてアリアナ様も手を上げて戦地へ行くことを希望した。
「君たちか……。ありがとう。助かる。」
「は、はい。私……行っても良いのですか?」
「勿論だ。フェリチュタス、君の評判は聞いている。これからもよろしく頼む」
「は、はいっ!」
王太子殿下は私の目を見て頷いた後、アリアナ様に視線を移した。
「それと、アリアナ。君の筆頭聖女としての働きには感謝している」
「王太子殿下、勿体無いお言葉でございます。聖女として、これからも精進することをお約束します。」
他にも五人の聖女と二人の聖女候補が戦地へ赴く事を希望した。
「今希望してくれた者たちを来週から戦地へと派遣する。皆、それぞれに準備して欲しい。君たちには騎士団と治療班も同行する。」
「「「「はいっ。」」」」
手を挙げなかった候補者たちは、自分が行かなくて済むことにほっとした様子だった。
「ムスカン公爵令嬢に言っておこう。何をもって王都が安全だと思うのか?もうこの国全体が非常事態だ。安全な所など無い。先ほどの御前会議で反対した貴女の父親には『国や民を守る気概の無い貴族などいらないっ。』と言ったばかりだ。貴女の父親も貴女も、貴族が何のためにあるのをもう一度考えるといい。国民は貴女方の贅沢のために税金を払っているのでは無い。それを忘れないでもらいたい」
王太子殿下はキャロラインを蔑むように冷たく見下ろした。
キャロライン様は俯いたまま、ぐっと扇を握り締める。何を考えているのか読めない表情。けれど何だか不気味で……。私はぶるりと身震いして、彼女の方を見ていた。
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