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戦争
しおりを挟む開戦時、隣国インサニア王国は戦争への備えが万全だったのに対して、我がモエニウム王国は遅れをとった。
戦況は芳しいものでは無く、王宮へと届く報告に皆が危機感を抱いた。
先陣を切った前衛部隊が何とか国境を守りきり王都へと帰還したが、そこにノヴァの姿は無かった。
王宮からの応援部隊が敵の工作員が起こした崖崩れに巻き込まれた。次々運び込まれる怪我人。
思うように援軍や支援物資を送れない状況で、私は遠く離れ最前線に立つノヴァが心配で、毎日が不安だった。
けれど、不安に浸れる暇は無い。
帰還した騎士や兵士の治療は聖女が行った。その補助は私たち聖女候補の役目。
「この方は右腕に大きな切創があります。」
騎士服の袖を捲り上げ、聖女様が治療しやすいように右腕を固定する。
「ここですね。少し温かくなりますが大丈夫ですよ。」
私の大好きなアリアナ様は国一番の神聖力の持ち主で、現在の筆頭聖女だ。
近くで見る彼女の聖魔法は凄かった。
生々しい傷がみるみる塞がっていく。
「聖女様、ありがとうございます。」
治療を受けた騎士は痛みが取れたようで嬉しそうにアリアナ様にお礼を言った。
それでも、聖魔法は万能では無くて一番神聖力が多いアリアナ様でも、欠損や致命傷となる傷までは治せないらしい。
いつかノヴァを治療する機会があった時のために、アリアナ様の魔法を一心不乱に見つめていた。
「フェリは熱心ね。」
「はい。助けてあげたい人がいます。少しでも覚えたいんです。」
「そうなのね。そうね、わたしの神聖力の流れを細かく見ると勉強になると思うわ。」
「はい。」
アリアナ様の聖魔法は緻密だった。細く紡がれた神聖力の糸が傷を縫うようにして傷を塞いでいく。私にはこんな細く正確な聖魔法は使えない。確かにアリアナ様の言うように、他の聖女とアリアナ様の聖魔法は違っていた。
「こんな風に細い神聖力の糸を作り出して思い通りに動かす練習をするの。細く、太さは一定にしないと、切れやすいわよ。」
私は夜一人で神聖力の糸を細く紡ぐ練習をした。
魔力が無くなりヘトヘトに疲れるまで練習を続け、深夜日付が変わる頃ようやくベッドへと入る。
そして、眠る前に魔法の教本に挟んである栞を眺めた。
ノヴァは出立直前に慌ただしく洗衣所に来て私にこの押し花の栞と小さな手紙を渡してくれた。小さく折り畳まれた手紙を広げるとそこには男らしい角ばった字で『これしか贈れるものがなくてごめん。』と書かれていた。
きっと、訓練場の片隅に咲いている花なのだろう。黄色い小さな花が貼り付けてあった。あの大きな身体でこの花を摘んだのかと思うと、ちょっと可愛い。
王宮に届く知らせの中にはノヴァの活躍を伝えるものもたくさんあった。
『狂戦士が一人で敵の第5小隊を壊滅に追い込んだ。』
『セナの湿地の戦況が狂戦士部隊の投入で覆った。』
彼の活躍は次々と噂になっていた。彼は騎士団で化け物扱いされていたらしいが、本当に桁違いに強いらしい。
その知らせは、彼が生きて戦地に居ることを伝えてくれたが、怪我などの情報は一切無い。
また無理していないかな?
私の知る彼はいつも怪我をしていた。
また碌な手当てもしないまま戦っているのだろうか?
彼の身体が心配だった。
☆
戦争が長引くにつれ自主練習が出来る日は少なくなり、ほとんどの日は夜遅くまで働き部屋へ戻ると眠るだけになった。
それだけ負傷者が多かった。シレークスだけでなく、国のあちこちで小さな住民の蜂起があったり、小競り合いがあった。
住民の蜂起はインサニアの工作員によって誘導されたもの。国民の不安を煽れば、簡単に住民たちが蜂起するほど国全体が揺れていた。
運ばれてくる負傷者は、身体が汚れて酷い状態で、キャロライン様たちは触るのを嫌がった。
泥だらけの傷や化膿した傷は清潔な水で洗ってから聖女の前に連れて行くのが私達の役目。
それを嫌がるキャロライン様たちに、他の聖女からは白い視線が向けられるようになっていた。
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