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別れ
しおりを挟む聖女候補として塔に入り二年が過ぎていた。
その知らせは突然届いた。
「シレークスで暴動があった。私達は国境に向かう。今日の訓練は中止だ」
隣国インサニアとの国境の街シレークスで紛争が起きた。住民の蜂起自体は国境兵によって治められたが、そこに隣国が介入し一気に戦争への気運が高まった。
そして、王宮から騎士団と魔法師団の派遣が決定した。
「ねえ、知ってる。」
「あの、狂戦士が、前方部隊前衛に選ばれたんですって。」
立ち話が聞こえてきて足を止めた。彼女たちはいつもキャロライン様と一緒に居る令嬢たちだ。
「まあ!あの呪われてるって噂の?」
「ええ。わたくしの兄も騎士団に所属しておりますが、気味が悪いといつも言っていましたの。でも前衛に選ばれたのなら、近日中には出立するはずですわ」
「そうね。皆、早く騎士団から出ていって欲しいと思っていましたもの。痛みを感じないなんて呪いとしか思えませんわ……。近くにいると思うだけでおぞましい」
「わたくしも見かけた事がありますけど、あの闇そのものみたいな真っ黒な髪が恐ろしくて、震えてしまいましたわ」
『痛みを感じない』なんてノヴァの事かも……。それに黒髪の特徴も一致する。
彼は狂戦士なんて呼ばれているらしい……。
「孤児院から連れて来られたんでしょ?得体もしれないし、あの方が居ないとホッとしますわ。」
「ええ、攻撃が当たっても構わずに突っ込んでくるので、『あいつの相手は嫌だ』と、兄も立ち合い稽古を嫌がっていました」
彼女たちの会話で、ノヴァが騎士団からも聖女候補からも忌み嫌われていたことを知った。
彼は親に捨てられたと言っていた。騎士団にも歓迎されず、私よりずっと孤独な人なのだろう。
あんなにも優しい人なのに……。
何も知らない人たちに、こんな風に陰口を言われて……。それでも、彼はこの国のために命を懸けるんだ。
自分の事のように悔しくて、握った手に力を込めた……。
いつも怪我をしている彼を思い浮かべる。誰も手当をしてくれなかったのだろうか?全く身体を気にする素振りを見せなかった。
きっと、騎士団の訓練中にも彼は自分の身体の傷に無頓着なのだろう。大きな怪我かもしれないのに……。
『痛みを感じない』それは、彼の心の底に澱みとなって溜まっている。本当にまるで呪いだと思う。
そのせいで、ノヴァはいつだって自分は大丈夫なんて錯覚する。
そして他人を優先するのが当たり前で、彼は自分を大切にしない。率先して危険な任務に就く姿が想像出来た。
誰かが戦争に行かなければこの国は隣国に攻め滅ぼされるのだろう。インサニアの新しく即位した国王は野心家らしい。
奸悪な臣下に操られているという噂もある人物。
私にはどうすることも出来なくて、ただ彼の無事を祈った。
☆
「あの、……。」
いつもの洗衣所にノヴァの姿を見かけて追いかけた。
「なに?」
「こ、これを。」
「ん?ハンカチ?」
私は魔法の授業で作ったハンカチを差し出した。戦地に行く男性にハンカチを贈るなんて、まるで恋人か奥さんだ。
そう思うと顔が熱くて恥ずかしい。ノヴァの顔を見れずに彼の胸元に押し付けた。
「聖魔法を込めてあるの。お守りぐらいにはなると思う。」
授業で初めて魔蚕の糸を使用してハンカチに刺繍した。魔法を込める事の出来る魔蚕の糸は、高くて自分では買えない。
だから、上手く出来なくても代わりのものは無かった。
「いいの?俺が貰って。」
「うん。いつも手伝って貰ったお礼。戦地に行くって聞いたわ。」
「ああ。」
「必ず無事に戻ってきてね。」
「……。」
ノヴァは少し考えて困ったように眉を下げ、申し訳なさそうに謝った。
「ごめん。約束出来ない。戦争だし。死ぬこともあると思う。」
その答えは予想していた。真面目な彼らしい返事だと思う。
「わ、わかってる。わかってる……けど」
戦争に行くのはノヴァだ。泣いちゃいけないと思うのに、涙が溢れる。
「わ、私のために……帰って………」
最後は涙声になり、言葉が途切れた。
しゃくりあげる私のそばまで来て、彼は戸惑いつつも背中を撫でてくれた。そーっと、そーっと宥めるように。
背中に触れる彼の手は、確かに温かくて……。
余計に死を身近に感じて怖かった。
私に力が無いことが、ただ悔しくて……。
☆
戦争の影響で、聖女選定の儀も遅れていた。教師たちが、紛争地へと駆り出され、私たちへの訓練も滞っていた。
私たちは聖女候補のまま。まだ聖魔法は十分には扱えない。
私はノヴァが戦地へと出立したその日から、時間のある限り、聖魔法の自主的な勉強に励んだ。
いつか、彼が帰ってきたときに傷を治してあげるために……。
最近では私の自主的な訓練にシエラやソフィーが付き合ってくれた。彼女たちにもそれぞれ心配する人が居るらしい。
育った環境は違うけれど、聖魔法を習得したいと思う気持ちは同じ。
そうして少しずつ一緒に過ごすことで、私も貴族的な考え方が理解出来たし、貴族への不信感も和らいでいった。
そう、皆がキャロライン様みたいじゃないんだ。私もこの国には大切な人がいる。
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