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しおりを挟むオプス王国は肥沃な土地が広がる有名な農業大国。
人々はのんびりしていて、他国から移住する人も多い。そこにフィンは土地と家を買い、私たち二人の王国民としての身分証も手に入れた。
「いい場所ね」
「うん」
彼は買った土地を満足そうに眺めた。農業を知らない私たちでは、何年かはまともに作物がならないかもしれない。けれど、フィンは当分働かなくても食べていけるだけのお金は充分にあった。
「自分たちの食べる物は自分たちで作って、余った物は売る。そんな生活に憧れてたんだ」
年を取って農作業が出来なくなった人から土地を買ったらしい。前の持ち主が真面目だったのか雑草は殆どなくて土もふかふかだ。これなら直ぐにでも種を植えられるだろう。
「直ぐにでも何か種を植えたい気分だよ」
彼はそう言うと私の方を振り返って笑う。
フィンのそんな屈託の無い笑顔は初めてみた。
その笑顔が眩しくて、涙が滲む。
「え?や、やっぱりもうちょっと街の方が良かった?」
私の涙を勘違いした彼が慌てて私の顔を覗き込んだ。
「……ちがう。ふふっ」
今度はおかしくなって笑いが込み上げた。
「ん?セレサ?」
「何でも無いわ。私たちようやく普通に暮らせるのね。何だかジンとしちゃった」
「うん」
フィンが大きな手で私を包んでくれた。安心するごつごつした手、その体温。
「セレサ」
「ん?」
「あらためて……僕と夫婦になってください」
彼は向かい合ってそう言うと、ちょっと照れくさそうにはにかんだ。
「こちらこそ、お願いします。そしてね、たくさん、たくさん、ありがとう。感謝してるの」
私たちは二人とも奴隷だった。私が性的な奉仕をする奴隷だったことや彼が暗殺者だったことは、心を抉られるような辛い記憶。だけど私たちは生きている。
「二人で幸せになろう」
「ありがとう、フィン。そのまま動かないでね?」
「うん?」
私は思いっきり手を広げてフィンの大きな身体を抱きしめた。
「私ね、まだちょっと男の人が怖いの。でもこうやって自分で抱きしめるのは怖くないわ」
「……そう」
フィンは何も聞かない。私が伯爵家でどういう事をさせられてきたのか……。
私も同じようにフィンが暗殺者として何をしてきたかなんて聞かない。
傷を持つ者同士、分かることだってある。記憶を辿ることも、話をすることすら、おぞましい。
私たちの生まれた国は既に無い。革命の混乱に乗じて隣国に攻められ、革命軍の暫定政府は直ぐに降伏を宣言したらしい。
私は彼の最後の仕事の内容を聞かなかったけれど、革命のきっかけとなった保守派の貴族の暗殺事件に絡んでいたのではないかと思っている。
☆
広い農地を暖かな風が通り抜ける。耕された畑の濃い土の匂い。
これから毎日この匂いを嗅いで、いつか土の匂いに飽きるのだろうか……。
「何を植える?」
フィンが買ってきた作物の種を並べながら、私にそう聞いてくれた。
奴隷だった私は、ずっと自分で何かを選ぶことなんて無い生活だったから、そんな風に聞かれることが新鮮だった。
「私が選ぶの?」
「うん。全部この辺りでは栽培しやすい野菜さ。種を植える時期はちょっとずつ違うけどね」
「すごい。詳しいのね」
「うん。ずっと準備してきたから……」
フィンが用意してくれた色んな作物の種を見て説明を聞きながら育てる野菜を選んだ。
私があまりにもワクワクしてるから、フィンは心配そう。
「上手く野菜が出来るかは分からないよ」
「うん。きっと初めから上手くいかないよね。それでも自分で選べることが嬉しいの」
フィンはそんな私を見て笑う。
二人で泥だらけになって種を植えて、上手く育たなくて落ち込んで……、いつか実がなった時にはものすごく美味しく感じるのだろう。
そうやって私たちは二人で相談して植える種を決めた。
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