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しおりを挟む彼の言う『大きな仕事』が終わるまでの間、私たちは彼の隠れ家に滞在することになった。
食材や生活に必要な物は全てフィンが買ってきてくれるから、私は家から出ずに隠れて過ごす。
バドン伯爵の死体はフィンが片付けたそうだ。彼は色んな不法取引にも関わっていたみたいで、行方不明の捜索が始まると共に彼の犯罪の証拠も色々と出てきて、捜査は混沌としているらしい。
「各方面から恨みを買っていたからね。遅かれ早かれ、バドン伯爵はこうなっていたと思うよ」
フィンはそう言って笑ってた。暗殺者になった彼はいくつもこんな事を経験してきたのだろう。淡々と話をする彼を見て、そう思った。
その一方で彼は私に対しては心配性だった。
「誰が来ても絶対に扉を開けちゃ駄目だよ。」
何回も何回もそう言い含めてから、それでもまだ不安そうに仕事に出掛けて行く。『大きな仕事』の下調べと準備は時間がかかるようで、夜出掛けて朝方に帰宅することもあった。
フィンは『慎重だから今まで生き延びて来れたんだ』って笑う。こんな世界に身を置いていても彼の目は希望を失っていない。
フィンしか知らないはずの隠れ家に、ある日一人の女性がやって来た。
「あんた誰よ?フィンは?」
肩まである金髪に真っ赤な口紅が印象的な、若い女性。彼女はスルリと窓から入ってくると、私を見るなり凄い迫力で詰め寄ってきた。
「わ、私は……」
奴隷だったなんて言えない。連れ戻されちゃう。
「彼の昔の知り合いで……」
そこへフィンが帰って来た。彼は女性を見ると驚いて、私を背後に庇うように彼女の前に立った。
「ドリー……何しに来た?お前、……セレサに何をした?」
「誤解よぉ。何もしてないわ。フィンとの関係を聞いてただけよぉー」
「……何しに来た?」
「フィン、私と組まない?今大きな依頼を受けてるの。フィンと私なら絶対成功するに決まってるわ」
「……断る。他を当たってくれ」
「冷たいのね。報酬も高額なのよぉーお願いだわ、一緒に組みましょうよ」
「断る。いいか、今度俺に付きまとったらただでは済まさないからな」
「んっもう!固いわねっ」
彼女は冗談めかした表情で大袈裟に肩を竦めて見せた後、チラリと一瞬だけ私を見た。
本当に一瞬だったけど、その目は何かを企んでいるような気がして、ゾクリと悪寒が走る。嫌な目だ。
彼女が帰るとフィンは彼女も同じ組織の人間なんだと教えてくれた。昔一緒に仕事をした事があるらしい。
「怖かったよね。ごめん。」
「お誘いは断って良かったの?」
「ああ、それは問題無い。けど、僕にずっと付きまとってるんだ。何かしでかさなきゃいいけど……。あの目は危険だな。別の隠れ家に逃げよう」
☆
「狭くてごめん。ここが一番知られてないと思う」
案内された隠れ家は、海の近く。漁師さんたちの使う小屋に混じってひっそりとあった。
「うん、ありがとう。凄いね。隠れ家……何ヵ所もあるの?」
「あと一つだけ……。同じ場所に留まると見つかり易くなるから……」
フィンがずっと身を隠して生きてきたのかと思うと胸がギュッと詰まる。あの小さな少年はこの過酷な世界でどうやって生き抜いて来たんだろう……。
「実は僕、これから危険な仕事があるんだ。充分に準備はしたけれど、帰って来れるか分からない。セレサ、今から言うことをよく聞いて。明後日の日没までに、僕が戻らなければこれを持ってこの街を出て。ハルシパという街に行ってルシアって女性を頼って欲しい。」
フィンから渡された巾着袋はずっしりと重い。中を覗くとたくさんの金貨が入っていた。
「フィン……こんな大金……」
金貨一枚だって私のような奴隷は見たことが無い。この巾着袋に入っている金貨を全部合わせると一体どんな価値があるのか想像もつかなかった。
「僕は大丈夫、信じて。これでもこの世界では有名なんだ。これで、この仕事は最後」
フィンは私を安心させるように笑う。不安だった。彼が背負うのは、とてつもなく大きな仕事だって気がしたから……。
「必ず無事で帰ってきて。二人で幸せになりましょう」
「うん」
そして、彼は最後の大きな仕事へと向かって行った。
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