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18.誕生日②
しおりを挟む交易船の到着は5日に一回。
到着日には港街の広場に交易船で運ばれた品物が並べられ、バザーが開かれる。買い付けに訪れた商人や観光客で、毎回お祭りのような賑わいになるそうだ。
色とりどりの果物やお野菜、そして工芸品や生活用品まで。並んだ商品たちは全てが珍しくて見ているだけでワクワクしちゃう。
「楽しそうだね。」
「ええ、こんなに楽しい気分になるのは久しぶりだわ。アル、ありがとう、連れてきてくれて。きっとここがこんなに賑わっているのも、お義父様たちの努力の賜物なのね。」
食べ歩きにすっかり慣れてしまった私は、フルーツに飴を絡めて串に刺したものを食べながら、美しいガラス細工の置物に見入っていた。
この真っ赤な飴はパリッとしていて中のフルーツはじゅわっと甘酸っぱい。この食べ物がすっかり気に入った私は今持っているこの飴がなんと三本目。
アルはクスクス笑いながら三本目を買ってくれた。
「シャル、この置物も欲しいの?」
「ええ、お揃いで欲しいの。アルはどう思う。」
「お揃いか……。いいね!今回の旅行の記念に買おう!」
小さな鳥の番のガラス細工をお店の人が割れないように何枚もの布で丁寧に包んでくれた。
そんな私たちの元に若い男性が話し掛けてきた。
「シャル……。」
その男性は切ない顔で私を見つめて名前を呼ぶけれど、全く見覚えは無くて首を傾げる。
騎士みたいな服装……。こんな知り合いいたかしら?
「シャノン、こんな所まで追いかけて来たのか?」
背後にいたアルが低い声で呟いて、私の前に立った。
今まで愉しそうに一緒に笑っていたのに、どこから出たのかと思うような地を這う不機嫌な声。
「……俺、どうしてもシャルに会いたくて……。」
「どうして?」
「俺、ギガース将軍の所に預けられる事になった。もう帰って来れないかもしれない……。最後に一目会おうと思って逃げてきたんだ……。」
シャノンと呼ばれた男性は何度もサンチェスカ侯爵邸を訪ねたらしい。けれど門前払いされたそうだ。
ギガース将軍とは死神と恐れられていた猛将で、第12騎士団長をしていた人だ。今はもう引退しているが……。『ギガース将軍』というのは所謂あだ名。彼は優男が嫌いで、軟弱な男性を鍛え直すことに生き甲斐を感じていることで有名。
女性問題を起こした貴族令息がよく修行しているのだと後からアルが教えてくれた。
「アル、私から話をするわ。大丈夫よ。」
アルは心配そうにしていたが、私はニコッと微笑んでシャノンの前に立った。
「シャノン様ですよね。私はあいにく貴方の記憶がありませんし思い出したいとも思っていません。何度お越しになっても同じです。私の婚約者はアルなんです。ですからどうか、私の事を『シャル』と呼ぶのは止めていただけませんか?」
はっきりと言い過ぎたかしら?
でも、いつまでもこの男性に愛称で呼ばれているわけにはいかない。
「えっ……だってシャル、君と俺とは幼なじみでずっと仲良くしてたんだ。婚約者だった間柄だよ?」
「それでもっ!!私はもう、サンチェスカ侯爵家のアルヴィン様の婚約者です。もう私とは関わらないでくださいませ。パメラとの事はお気の毒だったと思いますが、それだけです。貴方のこれからの人生に幸運を。」
私はそれだけ言うと踵を返して、アルに抱きついた。
「見守っていてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
アルの胸の中で、小さく息を吐いた。
彼は好んでハーバル系の香水を使うから、いつもちょっとすうっとするような匂いがする。大好きな香り……。
そっと遠慮がちに回された手は背中を優しく撫でてくれた。
アルの優しさに包まれているから、私は強くいられる。
「シャノン、じゃあな!」
「ああ。」
私たちがその場を去った後も、シャノン様は寂しそうにその場に立ち竦んでいた。
☆
帰り道、海岸沿いの街道を通っていたらものすごい厳つい顔で仁王立ちした男性とヒョロヒョロした男性が浜辺で何か訓練をしているようだった。
「あれは……シャノン……か?」
「よく分からないわ。」
ヒョロヒョロしている男性は腰にロープを巻いて重りを着けて砂浜を走っていた。
厳つい男性の手には竹で出来た棒が握られている。
「ギガース将軍に見つかったのか……。」
ここは観光地。観光客が愉しげに行き交う砂浜で、彼らだけは別世界。
罪人かしら?と思うような鎖で鉄球を引きずりながら彼は走っていた。
「あの分じゃ、数ヶ月で見違えるだろうな。ギガース将軍の元で修行すると人生観が変わるらしいよ。」
「ええ?そんなに辛いの?」
「ああ、だがたくましい男に成長すると、一部の貴族には密かに人気だ。あんな風にマンツーマンで指導してもらえるなんて、シャノンは恵まれているな。」
ギガース将軍は類稀なる脳筋。その髪は燃えるように赤く、重力に反発するように逆立っていた。
あの人の元で修行すると、確かに価値観そのものが変わるのかもしれない。
真っ青な海の向こうに見える空は今にも雨が降りそうな重い灰色で……。まるで彼の心の中を表しているようだった。
☆
そして、私たちが王都に戻って半年後ーー
ベルック王国で最も古くて由緒正しい教会で、私とアルは結婚式を挙げた。
その日は雲ひとつない青空。前日に雨が降ったせいか空気が澄んでいて、今日のこの慶事に相応しい。
荘厳な鐘の音は空に吸い込まれるように響いた。天国にいるはずのお母様にも届いているかもしれない。
結婚式には国内外の貴族が招待され、ベルック王国の外交を支えてきたサンチェスカ侯爵家の影響力を見せつけた。
そんな衆人環視の中での誓いのキスは、私たちのファーストキス。今時、貴族でも珍しいと思う。
アルは普段はお調子者の一面もあるが、根っこの部分はすごく真面目なのだ。
それは忘れられないキス。そっと肩に置いた手は震えていて、私にもその緊張が伝わった。目を閉じてそっと上を向いてキスを待つ。
唇への柔らかい感触を期待したのに、訪れたのは触れるか触れないかの掠めるような感覚だけ……。
体温も柔らかさも感じないほど一瞬の出来事。
肩に置かれた彼の手にぎゅっと力が入ってて……。その重みの方が鮮明に覚えてる。
目を開けると彼が照れくさそうに微笑んだ。彼のそんな珍しい表情は私だけのもの。
二人で手を繋いで、招待客の方を向くと一斉に歓声が沸き上がった。ステンドグラスから射し込んだ光が私たちを照らす。それはまるで私たちの明るい未来を祝福してくれるようだった。
ーー(完)ーー
すみません。
R18の甘々を予定していたのですが、一旦完結にさせていただきます。
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