受付の不機嫌な彼女

遊良可不可

文字の大きさ
上 下
7 / 8

第7話、大使館いう名の喫茶店

しおりを挟む
 君津駅では乗客の大半が降りた。
 この人たち、どこに行くのか? 音楽フェスでもあるんではなかろうか、と晶子は想像した。
 改札を出て、広々とした駅前ロータリーを見て晶子は驚いた。
「君津って、結構大きい町なんですね」
「だろ、ビバホームとかアピタとか西松屋とか全部あって便利なんだわ」
「そういうのは、ちょい田舎にありがちです」
「そうなの?」
 気にする様子もなく舟橋は、なれた感じで東口と書かれた方向に進んだ。後をついて駅を出ると、そこもキレイに整備され、広い駐車場になっていた。ただ車も人も少ない。
「どうです、鴇田さん迎えに来てますか?」
 晶子は一番気になっていたことを聞いた。
 まぁ、どうせ写真と全然違うオジさんなんだろうけど、どうでもいいわ位の心境でいよう、と晶子は思いつつ、ちょっと心がウキウキする。
「おっ、LINE来ていた。便利だけど気づかねぇのが弱点だな」
 おじさんは設定ミスをアプリのせいにしがち。
「ちょっと署に寄って来るので三十分程遅れるらしい。駅前の『大使館』って名前のレストランで待ち合わせだって」
 スマホを仕舞った舟橋は、付近を見渡した。
「どこにあるんだ、そんな店」
 とりあえず、知らないそのお店に入ったら、捜査の前に何か食べておいた方がよさそうだと晶子は思った。名前が『大使館』というからには、何か老舗レストランっぽい。イタリアンか、フレンチか。
 駅前を舟橋と一通り探したが、それらしいレストランは見当たらない。
 やっぱりマップで調べようと思った時、「ここじゃないか」と舟橋が指さしたのは、さっき一度通り過ぎたお土産物屋のような店。確かに白いプラスティック看板に『大使館』と紫色の明朝体で書いてあった。
 イメージした落ち着いたレストランとは全然違う。
 気乗りしないながらも、舟橋について店に入ると、「いらっしゃいませ。あいてる席どこでもどうぞ」と人の良さそうな私服のおばさん店員に出迎えられた。店内は広く奥行きがあったが、客は二人しかいなかった。舟橋と晶子は入り口すぐの席に座った。
 テーブルには、透明下敷きに入ったメニューが置かれていた。そこには、カツサンド750円、カレー800円、ナポリタン800円、自慢のオムライスハンバーグBIG1000円と、学生が好きそうなワンパクメニューが並んでいた。
 しかも、田舎の喫茶店にしては高くないか? と思ったが、晶子は空腹だったので外れの少ないナポリタンを頼んだ。舟橋はメニューを見ずにアイスコーヒーをオーダーした。
 料理を待ちながら店内を見渡すと、壁には謎の油絵と少年マンガがいっぱい詰まった棚があった。名前の『大使館』的要素はどこにもない。
 これで鴇田の顔見てアウトだったら、速攻帰ろうと晶子は思いはじめた。
「鴇田にLINE返しておいた。返信ではあと十分程で来るそうだ」
「早くないですか」
 さっき三十分って聞いてから、まだあまり経ってないのに、時間の進みが早い。君津では時間の誤差が十分単位なのか? 
 できれば、ナポリタン食べている最中には鴇田に来てほしくないと思っていると、「はい、ナポリタンです」料理がすぐ出てきた。
 一目で、玉ねぎ多めの手作り感と、ケチャップ感のしっかりある、レベル高めナポリタンだと分かった。スポーツ新聞を手にして舟橋は地元オヤジモードなので、そこは無視して晶子はナポリタンに集中することにした。
「いただきます」
 パスタのゆで具合、玉ねぎがまろやかに絡む甘くてコクのあるトマトソースも好み。でもベチャベチャでもなく、オリーブオイルもしつこくない。これは当たりだ。味変は、粉チーズが先か、タバスコが先か……などと孤独のグルメ気分に晶子が浸っていると、店の引き戸が開く音がした。
 パスタを噛みしめながら目線を送ると、逆光の中に長身の人物が立っていた。
「よぉ、ここだ」舟橋が手を上げる。
 声に応えて、その人物は笑みを浮かべると、ナポリタンをほおばる晶子の席に近づいてきた。

 日焼けした肌に白いポロシャツ、短髪で広めのおでこ、しっかりした眉毛、大きくて優しい目、高い鼻、引き締まった口元。
 晶子の頭の中でイケメンパーツ照合が瞬時に働いた。
 間違いない鴇田だ。
 アイコンと見比べても、とさらに精悍に引き締まり、たくましくなっていた。
 いやこれは……男前マシマシだわ。岡田健史の若さを越えて、大人の雰囲気になって、ヒョンビン風味入ってる。わぁどうしよう。
 晶子の頭の中は麻薬成分が出たようになり、さっきまでのモヤモヤが一気に入れ替わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

真実の追及と正義の葛藤

etoshiyamakan
ミステリー
警視庁より出向の刑事とたびたび起こる事件の謎を同僚たちと・・・・・。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

「ここへおいで きみがまだ知らない秘密の話をしよう」

水ぎわ
ミステリー
王軍を率いる貴公子、イグネイは、ある修道院にやってきた。 目的は、反乱軍制圧と治安維持。 だが、イグネイにはどうしても手に入れたいものがあった。 たとえ『聖なる森』で出会った超絶美少女・小悪魔をだまくらかしてでも――。 イケメンで白昼堂々と厳格な老修道院長を脅し、泳げないくせに美少女小悪魔のために池に飛び込むヒネ曲がり騎士。 どうしても欲しい『母の秘密』を手に入れられるか??

ここは猫町3番地の1 ~雑木林の骨~

菱沼あゆ
ミステリー
「雨宮……。  俺は静かに本を読みたいんだっ。  此処は職場かっ?  なんで、来るたび、お前の推理を聞かされるっ?」  監察医と黙ってれば美人な店主の謎解きカフェ。

法律なんてくそくらえ

ドルドレオン
ミステリー
小説 ミステリー

眼異探偵

知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が 眼に備わっている特殊な能力を使って 親友を救うために難事件を 解決していく物語。 だが、1番の難事件である助手の謎を 解決しようとするが、助手の運命は...

処理中です...