18 / 28
二章 柳(ヤナギ)
若きは此の国の
しおりを挟む
其の日、右衛門は登城していた。
城と云うのは大殿の表屋敷の事を指して、政務を司る表の役割。変わって裏屋敷とは大殿に連なる者の居住区を云った。
城は国の威信を誇るが、御前屋敷の絢爛とは異なり、質実剛健を良しとした重厚な造りである。
道を歩む右衛門の姿に殊更反応するのは大殿直臣に相当する譜代や大殿の親族筋の親代である。恐らく外様らは御前の噂すら知りはしない。
城の何処にも御前屋敷に関する物は見えず、口の端にも上らず、されども此の国の頂点である筈の大殿すら御前屋敷に参じているのを右衛門は知っていた。存外、城と御前屋敷の行き来は多い。其の殆どが城から御前屋敷へのご機嫌伺いと献貢であった。
御前の寵深き右衛門を表立っては非難出来ず、而して己らの貢いだ物の大半を湯水の如く与えられている右衛門と其の家門に向けられる眼は年経る毎に恨みを強める様だった。
「其処を行くは黒陵坂ではないか!」
悠々と道を行く右衛門の背後から、甲高い声が右衛門を呼んだ。
「此れは此れは若様。お久しゅう御座りまする。お変わり等は御座りませぬか?」
「誠に久しぶりじゃのう!変わりは特に無いわ。相も変わらず父上は気が塞ぐ様で読経三昧、母上は女官らと娯楽三昧じゃ」
「若様!」
追いついて来た守役が大声を上げるが、背後の事など気にせぬ風で若様_次代の大殿は高々と言い放った。
「其れは其れは」
「そんな事より黒陵坂よ。また戦で勝ったと聞いたぞ。是非話を聞かせて給れ」
守役は目を白黒させて固まった。若様の我儘一つでも抑える事が難しいのに、御前の寵童である黒陵坂殿に粗相が有っては首が跳びかねなかった。
「勿論。宜しゅう御座いますよ。只此の後、某、予定が入って居ります故、其れ迄と為りまするが宜しゅう御座いますか?」
口をへの字に曲げて刻を区切られたが不満と表しながらも、若様は渋々頷いた。
理由は知らぬが黒陵坂は大殿の若である己の命にも否を返せる数少ない相手であるので、此処で頷かねば、では又の機会に、と素気無く断られる事が目に見えていたからだ。
周りを四角四面の大人に囲まれた若様には傾いて見える黒陵坂は存在其のものが格好良く見えた。
おまけに黒陵坂は戦の上手であるらしい。初め「流石は黒陵坂殿」と嫌な笑いを見せていた者が、最近では「されど黒陵坂殿は○○であるからして。否、××であるからしてと陰口を渋面で叩いているのである。
小気味良い。痛快だ。
退屈の病に侵される次代の大殿は、酷く楽し気に笑った。
城と云うのは大殿の表屋敷の事を指して、政務を司る表の役割。変わって裏屋敷とは大殿に連なる者の居住区を云った。
城は国の威信を誇るが、御前屋敷の絢爛とは異なり、質実剛健を良しとした重厚な造りである。
道を歩む右衛門の姿に殊更反応するのは大殿直臣に相当する譜代や大殿の親族筋の親代である。恐らく外様らは御前の噂すら知りはしない。
城の何処にも御前屋敷に関する物は見えず、口の端にも上らず、されども此の国の頂点である筈の大殿すら御前屋敷に参じているのを右衛門は知っていた。存外、城と御前屋敷の行き来は多い。其の殆どが城から御前屋敷へのご機嫌伺いと献貢であった。
御前の寵深き右衛門を表立っては非難出来ず、而して己らの貢いだ物の大半を湯水の如く与えられている右衛門と其の家門に向けられる眼は年経る毎に恨みを強める様だった。
「其処を行くは黒陵坂ではないか!」
悠々と道を行く右衛門の背後から、甲高い声が右衛門を呼んだ。
「此れは此れは若様。お久しゅう御座りまする。お変わり等は御座りませぬか?」
「誠に久しぶりじゃのう!変わりは特に無いわ。相も変わらず父上は気が塞ぐ様で読経三昧、母上は女官らと娯楽三昧じゃ」
「若様!」
追いついて来た守役が大声を上げるが、背後の事など気にせぬ風で若様_次代の大殿は高々と言い放った。
「其れは其れは」
「そんな事より黒陵坂よ。また戦で勝ったと聞いたぞ。是非話を聞かせて給れ」
守役は目を白黒させて固まった。若様の我儘一つでも抑える事が難しいのに、御前の寵童である黒陵坂殿に粗相が有っては首が跳びかねなかった。
「勿論。宜しゅう御座いますよ。只此の後、某、予定が入って居ります故、其れ迄と為りまするが宜しゅう御座いますか?」
口をへの字に曲げて刻を区切られたが不満と表しながらも、若様は渋々頷いた。
理由は知らぬが黒陵坂は大殿の若である己の命にも否を返せる数少ない相手であるので、此処で頷かねば、では又の機会に、と素気無く断られる事が目に見えていたからだ。
周りを四角四面の大人に囲まれた若様には傾いて見える黒陵坂は存在其のものが格好良く見えた。
おまけに黒陵坂は戦の上手であるらしい。初め「流石は黒陵坂殿」と嫌な笑いを見せていた者が、最近では「されど黒陵坂殿は○○であるからして。否、××であるからしてと陰口を渋面で叩いているのである。
小気味良い。痛快だ。
退屈の病に侵される次代の大殿は、酷く楽し気に笑った。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
君がため
晦リリ
BL
幼い頃に患った病気のせいで見目の悪い穂摘はある日、大火傷を負ってしまう。
親に決められた許嫁は嫌がり、生死をさまよう中、山に捨てられた穂摘。
けれどそれを拾った者がいた。
彼に拾われ、献身的な看護を受けるうち、火傷のせいで姿も見えない彼に初恋を覚えた穂摘だが、その体には大きな秘密があった。
※ムーンライトノベルズでも掲載中(章ごとにわけられていません)
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜
ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。
高校生×中学生。
1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。
主神の祝福
かすがみずほ@11/15コミカライズ開始
BL
褐色の肌と琥珀色の瞳を持つ有能な兵士ヴィクトルは、王都を警備する神殿騎士団の一員だった。
神々に感謝を捧げる春祭りの日、美しい白髪の青年に出会ってから、彼の運命は一変し――。
ドSな触手男(一応、主神)に取り憑かれた強気な美青年の、悲喜こもごもの物語。
美麗な表紙は沢内サチヨ様に描いていただきました!!
https://www.pixiv.net/users/131210
https://mobile.twitter.com/sachiyo_happy
誠に有難うございました♡♡
本作は拙作「聖騎士の盾」シリーズの派生作品ですが、単品でも読めなくはないかと思います。
(「神々の祭日」で当て馬攻だったヴィクトルが受になっています)
脇カプの話が余りに長くなってしまったので申し訳ないのもあり、本編から独立しました。
冒頭に本編カプのラブシーンあり。
転生魔王様の淫紋モンスタークリエイト
黒川クロ
BL
魔王に転生して100年。減少した魔物を増やすため、せっせと交尾に取り組む魔王様のお話。
魔王城には、魔王であるフィリベルトと悪魔のワイアットとペットのアルミラージの3人で住んでいて、魔界を統治するためお仕事をしっかりとこなす日々。そのお仕事の一環として、魔王様にはモンスタークリエイトという繁殖のお仕事が課せられている。これは特殊な身体をしている魔王様にしかできないお仕事!
気持ちいいこと大好きなポジティブ魔王様のエッチな日常。
※魔王様総受け
※異種姦、♡喘ぎ、アホエロ、男性妊娠、産卵、腹ボテ等を含みます。苦手な方は回避をお願いします。
※R18の話には★が付きます。
※異世界転生設定は後々に活きてくるので最初は気にせずどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる