アルバトロスはどう応えたか

湯月@重陽

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海の竜

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「まじかよ。嘘だろ」
「嘘だったら良かったんですけどねー」

丈夫さ重視の机に日に焼けて色が褪せ始めた壁紙と床板。
傭兵団上がりの外人部隊は、地位はあっても基盤が弱い。
執務室と名ばかりの保管書類が山積みされた事務部屋で、副官に手渡された書類を一瞥して呻く。
声は本気の忌避で塗れていた。

「あれか。脳みそのない危機感ガバのバカか」
「ですよねー。そう思いますよねー。びっくり、お貴族様部隊の第一軍らしいですよ。それ」
再び零れ落ちた呻き声。天を仰ぐ先に天井の貧相なシャンデリア。
嘘だろ。2 回目のそれは弱弱しく宙に消えた。

事の起こりは 3 日前。
貴族階級者のみ在籍資格を持つ第一師団の第一隊の斥候が、第一級魔獣_竜の幼生を確認。
そして・・・。
「元々が触らぬ何やらに祟りなしで地元住人が存在は知りつつも遠巻きにしていたところを、住民が止めるのも聞かずに名声目当てに突撃し、当然の帰結として親竜を怒らせて逃げ帰った」
逃げ帰った先の砦はさすが軍用施設の面目を保ち竜の襲撃を何とかしのいだが親竜の怒りは当然収まらず、それ以降、我が国の船が最寄りの海峡を通る際に何処からともなく飛来し襲撃を繰り返しているらしい。
「あー、支給の演練軍装備で突撃してくれたもんだから国章っていうか国の魔素覚えられたって訳かコレ」
平時の軍の装備には公軍商共通の国章及び国別の魔素の印がある。
襲撃者を個人でなく集団と捉えて敵意を向けているのだろう。
竜種は嫌になるくらいに賢い。

「ん?海峡?」
「海辺に営巣する種類らしいですよ」
「へー、そんなん居るのか」
基本、竜といえば山である。
「で」
「うん?」
目の前にコートを突き付けられる。
「うちにお鉢です。将軍、敵情視察と行きましょう」


竜が出没するという海峡を一望できる岩山に登った。
穏やかな波に煌めく海。海際の家々の煙突からは細く煙が上っている。
問題の海峡は今のところ竜の影も見えず、平和そのものだった。
「時間です」
副官の声掛けのタイミングで、安全のため一時的に船の行き来が制限された港から、この国の国章を掲げた船が一隻滑り出る。
国章の魔素に隠ぺいの魔法を掛けたダミー船だ。
国の許可を持つ船が所属国の国章を国毎に異なった魔素を混ぜたインクで描き掲げるのは国家間の取り決めによるものだ。少しばかり都合が悪いからと言って、此処でだけそれ無しとは言えない。
この海峡には国でも有数の商用港もある。国も手をこまねいているわけにいかず、これからちょっとした実験を行う予定だった。
ダミー船が海峡に差し掛かる。
大きな影が船を覆った。

飛来した竜は、家々や船の大きさから見るにかなり大きい。
濃色の鱗を日の光に煌めかせながら、海上を縦横に舞い、船を攻撃していた。
マストの帆を破き、甲板を踏み割り、衝撃波で船組を崩す。海際には国の術師の威信をかけた守りがあるので海峡岸の家々は無事だが、船はみるみる破壊されていく。
竜の独壇場。船はほんの半刻ほどで解体しつくされて海の藻屑へと消えた。

総評。術による国章魔素の隠蔽効果なし。

「うん。無理だなコレは」

視線の先では海に突き出す尖岩の上で竜が勝鬨をあげている。
早急に他の方法を考えなければならなかった。

「そういえば、ちょっとした与太話の類にはなるんですが、気になる情報が」
副官が口を開いたのは岩山を下りて帰路につこうというタイミングだった。
出所の怪しい情報と分かっていながらこの副官が知らせようとするなど、どう考えても碌なものではない。
「なんだよ」
「いえ、何百年も前の竜の営巣時の語り草を聞いた記憶があるという老人の噺なんですが、」
先回と比べて竜の動きが優しいと。
「優しい?」
「前回も竜の幼生に手を出そうとして竜の怒りを買った連中が居たそうなんですが、前回は海辺の町まで燃やし尽くされたそうです。全部」
「個体差じゃなく、こっちの力量が上がったからでなくか?」
「前回の営巣が少なくとも200年よりは昔の話だそうですから、むしろ術関係なら今よりも前回の方が優っているのでは?」
「・・・だよなー」
話す彼らの上を大きな影が過る。
我が国の国章を掲げる船はまた暫く往来が止められる。
竜も巣に戻るようだ。
「海の、竜」
海の側を生息域とする竜が、攻撃の手を緩める。
野生の獣が配慮する。そうしなければならない理由。


_今あの船は、
_何処を廻っているだろう?

「海ね」





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