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エピローグ
其の答え
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「ええっと、ゼオ殿。大丈夫で?」
冬の間は隊を離れていたので、大冒険の詳細を知らぬニヒは、眼の前項垂れる男に声を掛けた。
そっとしといてやれと他の団員達には云われたが、余りに凹まれると少しばかり鬱陶しい。
「何…とか」
机にめり込みそうな頭をようやっと上げたゼオは、呻くと同じ音域で答えた。
「はあ。解決案は確約できませぬが、聴くくらいは出来ますが」
「否。…まあ、多分」此れが一番の妥協策だ。
気遣いに礼を云うゼオの言を信用するとなると、如何やら解決は一応しているらしい。
では、納得とか心の問題で拗らせてでもいるのだろうか。
普段よりかなり時期を遅らせての帰還であったゼオは、合流して後、少しばかり覇気が無い。_今朝の手合わせで随分暴れ回っていたのを知っているので、体の不調では無いようだ。
否、寧ろ。
「しかし戻られてより、随分と肌艶が宜しい」
体調自体は宜しいようで!
知らぬが故の暴投に、ゼオは完全に被弾して机に沈む。
其れ禁句。
実は傍で窺っていた団員の、嘆く声は大して聞かれずに消えた。
※
実は此度、此の団には、また団員が増えた。
其の一人。にこにこと人当たりが良いと思われていた其の男は、敵への容赦のなさの箍の狂いっぷりが早々に知れ渡り、歴戦の団員達にも可なり遠巻きにされている。
団長の眼は、ただただ遠い。
因みに古参の一人の呼び名も変わった。
団内で通称「黒髪の」と呼ばれていた団員は、性別が変わった事で混乱を来すと、“銀”と云う通称に収まった。
まあ其のあたり、拘りは無いので問題はない。
戦場を歩く“銀”に付き添う彼は、随分と機嫌が好い。
戻って以来、ずっと好い。
「何時か彼が戻ってきたら、如何する? 僕の対」
「仮定の話を今云って如何するんだ? 春」
「やだな。只の興味だよ」
にこにこと笑う春に、悪意の発露は無いだろう。_でも、解っている事を敢えて訊くのは悪趣味だ。
「戻って来たなら、彼奴は妾以外じゃないだろう?」
あっちの方が如何もしないさ。なら、こっちから如何斯うするような事もきっと無いさ。
わざとらしく丸くなる眼。ああ、お前。気が済むまで続ける心算なのか。
「恨んでないの」ああ其れとも、「愛してるの?」
「_だって、気付かなかっただろう?」
あいつ結局気付いてなかった。お前も妾だって事。
自分を殺した相手を肯定して愛するだなんて、出来るはずも無いのにな。
瞳に籠る陰は哀しみか。
愛してなかったわけではない。でも、あれは此方を傷つける。
寄りたくはない。_でも漸く。
此の世にもうお前が居ないなら、漸くお前を只 愛する事が出来た。
※
幽霊船は今日も変わらず、静寂と平穏。
_と、云いたい処だが、此処暫くは様子が異なる。
生き生きとした泣き声が響き渡り、赤子なんてものに慣れぬ船員達が右往左往している。
船長が御機嫌なのだけが幸い。せめて何方かでないと身が持たぬので、船長の上機嫌よ続けと、船員達は信じても無い神に毎夜祈っている。
そんな日々に珍客が現れた。
ある日気が付くと甲板に立っていた。此方の言葉も聴こえぬ様に動かぬ喋らぬ一人の若者。
何かを懐に大事に抱え込んでいる様だが、奪われると思うのか、手を差し伸べれば酷く抵抗する。
「生きながら冥府を彷徨っていたんだろう」
若者の様子を見た船長の言葉はシンプルで、何時もの新入りの扱いと同じように世話を押し付けられた。
何時もとは可なり状況が異なるんじゃ?と云う言葉は、船員達にも黙殺された。端的に云って其れ処ではないのだ。寝不足とは無縁だった筈の船員達の眼が、連日の夜泣きに血走っている。
まあ、世話と云っても此の状態では何をさせるわけにもいかず、懐のものに手を出さねば随分と大人しい。
特に理由も無く、其の頭にポンと手を置いた。
「お疲れさん」
ぴくりと、ほんの少しだけ反応があった。
少し後。
頻繁に船に戻るように為ったゼオが若者を見つけ、事情を聴くと眉を顰め、何事かを考え込み乍ら、また出て行った。
直ぐに姉と云う人が迎えに来て、若者は引き取られて行った。
見送り。
喜ばしいが、少し寂しい気もする。
其れにしても。
「息子って、居たらあんな感じかなぁ」
呟いた言葉に、ゼオは変な顔をした。
※
神々は最早鎮まらず、遊び、さざめき、駆けて行く。
気紛れに伴立つ事があっても、最早、永の誼は望めない。
「そう、嘆く事も無い」
「共にあらねば生きられぬと云う事さ」
「眼についた人間を、今までのように内外分けて助けるか否か決めることが出来なくなっただけ」
「簡単な事だ」
誰か一人を見捨てるならば、己が際に立った時に、手を貸してくれる人間は居ないと自ら証明する様なもの。
己が普通の人間であると云うなら、普通の人間は手を差し伸べて呉れぬと云う事。
「人間は、自分が一番大切な生き物じゃないか」
Fin.
冬の間は隊を離れていたので、大冒険の詳細を知らぬニヒは、眼の前項垂れる男に声を掛けた。
そっとしといてやれと他の団員達には云われたが、余りに凹まれると少しばかり鬱陶しい。
「何…とか」
机にめり込みそうな頭をようやっと上げたゼオは、呻くと同じ音域で答えた。
「はあ。解決案は確約できませぬが、聴くくらいは出来ますが」
「否。…まあ、多分」此れが一番の妥協策だ。
気遣いに礼を云うゼオの言を信用するとなると、如何やら解決は一応しているらしい。
では、納得とか心の問題で拗らせてでもいるのだろうか。
普段よりかなり時期を遅らせての帰還であったゼオは、合流して後、少しばかり覇気が無い。_今朝の手合わせで随分暴れ回っていたのを知っているので、体の不調では無いようだ。
否、寧ろ。
「しかし戻られてより、随分と肌艶が宜しい」
体調自体は宜しいようで!
知らぬが故の暴投に、ゼオは完全に被弾して机に沈む。
其れ禁句。
実は傍で窺っていた団員の、嘆く声は大して聞かれずに消えた。
※
実は此度、此の団には、また団員が増えた。
其の一人。にこにこと人当たりが良いと思われていた其の男は、敵への容赦のなさの箍の狂いっぷりが早々に知れ渡り、歴戦の団員達にも可なり遠巻きにされている。
団長の眼は、ただただ遠い。
因みに古参の一人の呼び名も変わった。
団内で通称「黒髪の」と呼ばれていた団員は、性別が変わった事で混乱を来すと、“銀”と云う通称に収まった。
まあ其のあたり、拘りは無いので問題はない。
戦場を歩く“銀”に付き添う彼は、随分と機嫌が好い。
戻って以来、ずっと好い。
「何時か彼が戻ってきたら、如何する? 僕の対」
「仮定の話を今云って如何するんだ? 春」
「やだな。只の興味だよ」
にこにこと笑う春に、悪意の発露は無いだろう。_でも、解っている事を敢えて訊くのは悪趣味だ。
「戻って来たなら、彼奴は妾以外じゃないだろう?」
あっちの方が如何もしないさ。なら、こっちから如何斯うするような事もきっと無いさ。
わざとらしく丸くなる眼。ああ、お前。気が済むまで続ける心算なのか。
「恨んでないの」ああ其れとも、「愛してるの?」
「_だって、気付かなかっただろう?」
あいつ結局気付いてなかった。お前も妾だって事。
自分を殺した相手を肯定して愛するだなんて、出来るはずも無いのにな。
瞳に籠る陰は哀しみか。
愛してなかったわけではない。でも、あれは此方を傷つける。
寄りたくはない。_でも漸く。
此の世にもうお前が居ないなら、漸くお前を只 愛する事が出来た。
※
幽霊船は今日も変わらず、静寂と平穏。
_と、云いたい処だが、此処暫くは様子が異なる。
生き生きとした泣き声が響き渡り、赤子なんてものに慣れぬ船員達が右往左往している。
船長が御機嫌なのだけが幸い。せめて何方かでないと身が持たぬので、船長の上機嫌よ続けと、船員達は信じても無い神に毎夜祈っている。
そんな日々に珍客が現れた。
ある日気が付くと甲板に立っていた。此方の言葉も聴こえぬ様に動かぬ喋らぬ一人の若者。
何かを懐に大事に抱え込んでいる様だが、奪われると思うのか、手を差し伸べれば酷く抵抗する。
「生きながら冥府を彷徨っていたんだろう」
若者の様子を見た船長の言葉はシンプルで、何時もの新入りの扱いと同じように世話を押し付けられた。
何時もとは可なり状況が異なるんじゃ?と云う言葉は、船員達にも黙殺された。端的に云って其れ処ではないのだ。寝不足とは無縁だった筈の船員達の眼が、連日の夜泣きに血走っている。
まあ、世話と云っても此の状態では何をさせるわけにもいかず、懐のものに手を出さねば随分と大人しい。
特に理由も無く、其の頭にポンと手を置いた。
「お疲れさん」
ぴくりと、ほんの少しだけ反応があった。
少し後。
頻繁に船に戻るように為ったゼオが若者を見つけ、事情を聴くと眉を顰め、何事かを考え込み乍ら、また出て行った。
直ぐに姉と云う人が迎えに来て、若者は引き取られて行った。
見送り。
喜ばしいが、少し寂しい気もする。
其れにしても。
「息子って、居たらあんな感じかなぁ」
呟いた言葉に、ゼオは変な顔をした。
※
神々は最早鎮まらず、遊び、さざめき、駆けて行く。
気紛れに伴立つ事があっても、最早、永の誼は望めない。
「そう、嘆く事も無い」
「共にあらねば生きられぬと云う事さ」
「眼についた人間を、今までのように内外分けて助けるか否か決めることが出来なくなっただけ」
「簡単な事だ」
誰か一人を見捨てるならば、己が際に立った時に、手を貸してくれる人間は居ないと自ら証明する様なもの。
己が普通の人間であると云うなら、普通の人間は手を差し伸べて呉れぬと云う事。
「人間は、自分が一番大切な生き物じゃないか」
Fin.
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