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駒鳥は何処へ行く?
記憶
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次々に湯に飛び込んだ。
夏達は笑いさざめき大変な騒ぎ。
森、森の中。此処の場処だけ高木が無くて低い下草。中央に暖かな湯の沸く広い広い泉が在った。
暖かで温い水は、濃い魔素が溶け込んでいる。
此処に入るが許されるのが夏達の成人儀礼。
此の泉に、夏達は良く浸かった。
実はもう一つ泉は在るが、其方は余りに魔素が濃い。
しかも凍えそうに冷たい温度。_入るのは専ら祭祀を務める者達と、精々が其の対だけだ。
暖かな湯に浸かりながら、揃いの耳飾りを片方ずつ飾った対は寄り添い、対を持たぬ者は集まってお喋りに勤しむ。
其処は夏達の出逢いの場でもあった。
温まった身体の水分補給と、夏は熟れた珊瑚と梔子を混ぜた色の実に嚙り付いた。
※
「ごめんねぇ。私、心に決めた人が居るの」
栗色の豊かな髪を波打たせた夏が、申し訳なさそうに眼の前の夏に告げた。
対の申し込み。
断られてしまった夏は軽く肩を竦める。
「そう、残念」
気丈に云って去っていく後ろ姿は、やはり覇気が無い。
本来は自信に満ちて、背を真っ直ぐに歩く姿が印象的な夏なのだが。
でも仕方なかった。彼の夏は、私の春には為り得ない。
「断っちゃったの?」
ひょこりと顔を覗かせた夏。
逆しまに現れた顔に束の間、絶句する。
あ、驚かせた?と軽く云った夏は、傍へと飛び降りて来た。
「とんでもない処から、現れるわねぇ」
如何やら高い所に上っていたらしい。しかも告白を覗き見していたらしい。
此の夏は、良くそう云う事をする。
…今更、其れ自体に驚くことはしないが、趣味は悪い。
悪びれない無邪気な様子が、実に曲者だった。
連れ立ち歩きながら、話す話題は「対探し」。
一人も良いが、対や子が欲しいなら、そろそろ探し始めねば為らない。
私は望まれることが多く、其の事で揶揄いを受けることも多い。
別に望んだ相手に望まれるのでなければ、どれ程に求められても意味は無いと思うのだが。
一般常識としては違うらしい。
此の夏も私を揶揄って。
「私もそろそろ探さないと」
其の言葉に、焼き切れる音がした。
「私ね。
対を、持つ気が無い訳じゃないのよ?」
そうなのと、振り返る相手の唇を奪った。
塞いで。舌を絡め、戸惑う舌が応え始めた処で、下唇を食む。_強く噛む。
痛ッと云う声が上がって、放した唇は紅を塗ったように濡れていた。
「お前の子を私の子と呼ばせて」
丸くなった眼の奥まで見つめる。
「私の子をお前の子と呼んで」
背中に回した手で抱きしめる。
しばらく沈黙していた身体が動いて、私の首筋に腕が絡んだ。
「お前が望んで呉れるなら」
※
「次、生まれ変わっても君を愛す」
よくよく苦情を申し立てられるのだが、実は決して此の様な場面に好んで出くわしているわけでは無い。
何故か。如何してか。
…正直な処、何処か他所でやって呉れと云いたい気持ちになったりもする。
始めの内は弁明もしていたのだが、余りの遭遇率に段々と面倒になって、今では専ら揶揄い交じりで登場している。_こう云う場面は、真面目な顔で登場した方が気まずくなる。
チチチ チチチと鳴く鳥たちは噂話に余念がない。
今の話題は地上で行われている求愛劇について。
かなりの下世話も聴こえてくる。
地上で盛り上がる夏冬を見る。
よりにもよって自分の対が、冬に求愛されている処に出くわすなんて。
本当にツイて無いな、と溜息を付いた。
※
「おーい、振られん坊」
最悪な声の掛け方をしてきた夏は、此方を見下ろしてニヤニヤ笑った。
影を揺らして、ひょいっと高木の梢から飛び降りる。
猫でも躊躇う様な高所から飛び降りた夏は、何事も無かったかのように、巻き上げた砂埃を払った。
里の中心には、三人の夏達が居る。
三人共に祭祀と呼ばれ、其々の役割を果たす。
“統べる者”、“強き者”、“遠くまで行く者”。
“遠くまで行く者”は基本里を留守にして、方々を巡って見聞を集めた。
里のよしなし事を回すのは“統べる者”と“強き者”。
彼女は、“統べる者”だった。
そして、信じられぬ事に、…此の夏が“強き者”だ。
何故そんな相手に絡まれるのかと云えば、
「しかし、何故だろうな。私の対。私たちはこんなにも似ているのに」
そう、泉に写せば瓜二つの顔がある。
胎が違う。だが、恐らく種が同じなのだろう。
「其れよりも何処で聞いた。俺は人の居ない処で請うたはず」
「鳥に聞いた。春の鳥は私の友だ」
高きを飛ぶ鳥と相性が良いと云う事らしい。
鳥たちが噂話に花を咲かせていたぞ。
「お前が、お前の剣であの子を貫きたがっている、と」
クイクイと指し示すジェスチャーは、此方の下半身に向いている。
思わず其の手を振り払う。幾ら何でも下品に過ぎる。
悪びれぬ夏は涼しい顔だ。
「でも、そう云う事だろう?」
別に私は、あの子の子、私の子の父親_種親が、お前であっても構いはしないんだが。
驚き見遣った顔に、冗談の色は無かった。
流石に其処まで趣味の悪い冗談を云う人間と、血が繋がっていると思いたくないのもあるが。
「まあ、子の父を選ぶも夏の権利だ。精々あの子に気に入られるように頑張れ」
ポンと此方の肩を叩いて、歩み去る夏。
背中越しに声が寄越される。
「また暇がある時に、剣の稽古でも付けてやるよ」
夏達は笑いさざめき大変な騒ぎ。
森、森の中。此処の場処だけ高木が無くて低い下草。中央に暖かな湯の沸く広い広い泉が在った。
暖かで温い水は、濃い魔素が溶け込んでいる。
此処に入るが許されるのが夏達の成人儀礼。
此の泉に、夏達は良く浸かった。
実はもう一つ泉は在るが、其方は余りに魔素が濃い。
しかも凍えそうに冷たい温度。_入るのは専ら祭祀を務める者達と、精々が其の対だけだ。
暖かな湯に浸かりながら、揃いの耳飾りを片方ずつ飾った対は寄り添い、対を持たぬ者は集まってお喋りに勤しむ。
其処は夏達の出逢いの場でもあった。
温まった身体の水分補給と、夏は熟れた珊瑚と梔子を混ぜた色の実に嚙り付いた。
※
「ごめんねぇ。私、心に決めた人が居るの」
栗色の豊かな髪を波打たせた夏が、申し訳なさそうに眼の前の夏に告げた。
対の申し込み。
断られてしまった夏は軽く肩を竦める。
「そう、残念」
気丈に云って去っていく後ろ姿は、やはり覇気が無い。
本来は自信に満ちて、背を真っ直ぐに歩く姿が印象的な夏なのだが。
でも仕方なかった。彼の夏は、私の春には為り得ない。
「断っちゃったの?」
ひょこりと顔を覗かせた夏。
逆しまに現れた顔に束の間、絶句する。
あ、驚かせた?と軽く云った夏は、傍へと飛び降りて来た。
「とんでもない処から、現れるわねぇ」
如何やら高い所に上っていたらしい。しかも告白を覗き見していたらしい。
此の夏は、良くそう云う事をする。
…今更、其れ自体に驚くことはしないが、趣味は悪い。
悪びれない無邪気な様子が、実に曲者だった。
連れ立ち歩きながら、話す話題は「対探し」。
一人も良いが、対や子が欲しいなら、そろそろ探し始めねば為らない。
私は望まれることが多く、其の事で揶揄いを受けることも多い。
別に望んだ相手に望まれるのでなければ、どれ程に求められても意味は無いと思うのだが。
一般常識としては違うらしい。
此の夏も私を揶揄って。
「私もそろそろ探さないと」
其の言葉に、焼き切れる音がした。
「私ね。
対を、持つ気が無い訳じゃないのよ?」
そうなのと、振り返る相手の唇を奪った。
塞いで。舌を絡め、戸惑う舌が応え始めた処で、下唇を食む。_強く噛む。
痛ッと云う声が上がって、放した唇は紅を塗ったように濡れていた。
「お前の子を私の子と呼ばせて」
丸くなった眼の奥まで見つめる。
「私の子をお前の子と呼んで」
背中に回した手で抱きしめる。
しばらく沈黙していた身体が動いて、私の首筋に腕が絡んだ。
「お前が望んで呉れるなら」
※
「次、生まれ変わっても君を愛す」
よくよく苦情を申し立てられるのだが、実は決して此の様な場面に好んで出くわしているわけでは無い。
何故か。如何してか。
…正直な処、何処か他所でやって呉れと云いたい気持ちになったりもする。
始めの内は弁明もしていたのだが、余りの遭遇率に段々と面倒になって、今では専ら揶揄い交じりで登場している。_こう云う場面は、真面目な顔で登場した方が気まずくなる。
チチチ チチチと鳴く鳥たちは噂話に余念がない。
今の話題は地上で行われている求愛劇について。
かなりの下世話も聴こえてくる。
地上で盛り上がる夏冬を見る。
よりにもよって自分の対が、冬に求愛されている処に出くわすなんて。
本当にツイて無いな、と溜息を付いた。
※
「おーい、振られん坊」
最悪な声の掛け方をしてきた夏は、此方を見下ろしてニヤニヤ笑った。
影を揺らして、ひょいっと高木の梢から飛び降りる。
猫でも躊躇う様な高所から飛び降りた夏は、何事も無かったかのように、巻き上げた砂埃を払った。
里の中心には、三人の夏達が居る。
三人共に祭祀と呼ばれ、其々の役割を果たす。
“統べる者”、“強き者”、“遠くまで行く者”。
“遠くまで行く者”は基本里を留守にして、方々を巡って見聞を集めた。
里のよしなし事を回すのは“統べる者”と“強き者”。
彼女は、“統べる者”だった。
そして、信じられぬ事に、…此の夏が“強き者”だ。
何故そんな相手に絡まれるのかと云えば、
「しかし、何故だろうな。私の対。私たちはこんなにも似ているのに」
そう、泉に写せば瓜二つの顔がある。
胎が違う。だが、恐らく種が同じなのだろう。
「其れよりも何処で聞いた。俺は人の居ない処で請うたはず」
「鳥に聞いた。春の鳥は私の友だ」
高きを飛ぶ鳥と相性が良いと云う事らしい。
鳥たちが噂話に花を咲かせていたぞ。
「お前が、お前の剣であの子を貫きたがっている、と」
クイクイと指し示すジェスチャーは、此方の下半身に向いている。
思わず其の手を振り払う。幾ら何でも下品に過ぎる。
悪びれぬ夏は涼しい顔だ。
「でも、そう云う事だろう?」
別に私は、あの子の子、私の子の父親_種親が、お前であっても構いはしないんだが。
驚き見遣った顔に、冗談の色は無かった。
流石に其処まで趣味の悪い冗談を云う人間と、血が繋がっていると思いたくないのもあるが。
「まあ、子の父を選ぶも夏の権利だ。精々あの子に気に入られるように頑張れ」
ポンと此方の肩を叩いて、歩み去る夏。
背中越しに声が寄越される。
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