駒鳥は何処へ行く?

湯月@重陽

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駒鳥は何処へ行く?

記憶

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次々に湯に飛び込んだ。
夏達は笑いさざめき大変な騒ぎ。

森、森の中。此処の場処だけ高木が無くて低い下草。中央に暖かな湯の沸く広い広い泉が在った。
暖かで温い水は、濃い魔素が溶け込んでいる。
此処に入るが許されるのが夏達の成人儀礼。
此の泉に、夏達は良く浸かった。

実はもう一つ泉は在るが、其方は余りに魔素が濃い。
しかも凍えそうに冷たい温度。_入るのは専ら祭祀を務める者達と、精々が其の対だけだ。

暖かな湯に浸かりながら、揃いの耳飾りを片方ずつ飾った対は寄り添い、対を持たぬ者は集まってお喋りに勤しむ。
其処は夏達の出逢いの場でもあった。

温まった身体の水分補給と、夏は熟れた珊瑚と梔子を混ぜた色の実に嚙り付いた。





「ごめんねぇ。私、心に決めた人が居るの」

栗色の豊かな髪を波打たせた夏が、申し訳なさそうに眼の前の夏に告げた。
対の申し込み。
断られてしまった夏は軽く肩を竦める。

「そう、残念」

気丈に云って去っていく後ろ姿は、やはり覇気が無い。
本来は自信に満ちて、背を真っ直ぐに歩く姿が印象的な夏なのだが。
でも仕方なかった。彼の夏は、私の春には為り得ない。

「断っちゃったの?」
ひょこりと顔を覗かせた夏。

逆しまに現れた顔に束の間、絶句する。
あ、驚かせた?と軽く云った夏は、傍へと飛び降りて来た。

「とんでもない処から、現れるわねぇ」
如何やら高い所に上っていたらしい。しかも告白を覗き見していたらしい。
此の夏は、良くそう云う事をする。
…今更、其れ自体に驚くことはしないが、趣味は悪い。

悪びれない無邪気な様子が、実に曲者だった。

連れ立ち歩きながら、話す話題は「対探し」。
一人も良いが、対や子が欲しいなら、そろそろ探し始めねば為らない。
私は望まれることが多く、其の事で揶揄いを受けることも多い。
別に望んだ相手に望まれるのでなければ、どれ程に求められても意味は無いと思うのだが。
一般常識としては違うらしい。
此の夏も私を揶揄って。

「私もそろそろ探さないと」
其の言葉に、焼き切れる音がした。

「私ね。
対を、持つ気が無い訳じゃないのよ?」

そうなのと、振り返る相手の唇を奪った。
塞いで。舌を絡め、戸惑う舌が応え始めた処で、下唇を食む。_強く噛む。
痛ッと云う声が上がって、放した唇は紅を塗ったように濡れていた。

「お前の子を私の子と呼ばせて」
丸くなった眼の奥まで見つめる。
「私の子をお前の子と呼んで」

背中に回した手で抱きしめる。
しばらく沈黙していた身体が動いて、私の首筋に腕が絡んだ。

「お前が望んで呉れるなら」





「次、生まれ変わっても君を愛す」

よくよく苦情を申し立てられるのだが、実は決して此の様な場面に好んで出くわしているわけでは無い。
何故か。如何してか。
…正直な処、何処か他所でやって呉れと云いたい気持ちになったりもする。
始めの内は弁明もしていたのだが、余りの遭遇率に段々と面倒になって、今では専ら揶揄い交じりで登場している。_こう云う場面は、真面目な顔で登場した方が気まずくなる。
チチチ チチチと鳴く鳥たちは噂話に余念がない。
今の話題は地上で行われている求愛劇について。
かなりの下世話も聴こえてくる。

地上で盛り上がる夏冬を見る。
よりにもよって自分の対が、冬に求愛されている処に出くわすなんて。

本当にツイて無いな、と溜息を付いた。





「おーい、振られん坊」

最悪な声の掛け方をしてきた夏は、此方を見下ろしてニヤニヤ笑った。
影を揺らして、ひょいっと高木の梢から飛び降りる。
猫でも躊躇う様な高所から飛び降りた夏は、何事も無かったかのように、巻き上げた砂埃を払った。

里の中心には、三人の夏達が居る。
三人共に祭祀と呼ばれ、其々の役割を果たす。
“統べる者”、“強き者”、“遠くまで行く者”。
“遠くまで行く者”は基本里を留守にして、方々を巡って見聞を集めた。
里のよしなし事を回すのは“統べる者”と“強き者”。
彼女は、“統べる者”だった。
そして、信じられぬ事に、…此の夏が“強き者”だ。

何故そんな相手に絡まれるのかと云えば、
「しかし、何故だろうな。私の対。私たちはこんなにも似ているのに」
そう、泉に写せば瓜二つの顔がある。
胎が違う。だが、恐らく種が同じなのだろう。

「其れよりも何処で聞いた。俺は人の居ない処で請うたはず」
「鳥に聞いた。春の鳥は私の友だ」
高きを飛ぶ鳥と相性が良いと云う事らしい。

鳥たちが噂話に花を咲かせていたぞ。
「お前が、お前の剣であの子を貫きたがっている、と」
クイクイと指し示すジェスチャーは、此方の下半身に向いている。
思わず其の手を振り払う。幾ら何でも下品に過ぎる。
悪びれぬ夏は涼しい顔だ。
「でも、そう云う事だろう?」

別に私は、あの子の子、私の子の父親_種親が、お前であっても構いはしないんだが。
驚き見遣った顔に、冗談の色は無かった。
流石に其処まで趣味の悪い冗談を云う人間と、血が繋がっていると思いたくないのもあるが。

「まあ、子の父を選ぶも夏の権利だ。精々あの子に気に入られるように頑張れ」
ポンと此方の肩を叩いて、歩み去る夏。
背中越しに声が寄越される。

「また暇がある時に、剣の稽古でも付けてやるよ」
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