駒鳥は何処へ行く?

湯月@重陽

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駒鳥は何処へ行く?

姉弟_背水

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逃げられる筈のない者が眼前から消える。
目を見張り、転移先を探せど見つからない。(あの人数を移動させることの可能な距離は、どれ程の腕利きだろうと目視の範囲だ。)

『消えたわ、完全に。戻りなさい』

届く声は、一番悪い予想を肯定した。

『明らかに人外の管轄よ』



弟の心は荒れ模様。
暴れ果たしてボロボロになった此の部屋と同じ。
王城の一角に部屋を与えられ、羨まれる生まれだろうと。
幼い日、初めて会った筈の女を「姉者」と呼んで、裾を掴んで安堵したように笑った子ども。

昔_前世はそこそこには親に恵まれていたように思う。
今生は、私も弟も運が無い。_仕方も無いが。

「何故俺は何時も奪われる。姉者…」

嘆き哀しむ様が前の母に似ている。
声も無く泣く処、泣き濡れた眼が此方を見ない処が。

母は、此方を見ない人だった。
確かに自分たちを生んだ筈の人は、何時も家の外を見ていた。
両耳に揺れる耳飾り。対を失くした其の人は、何時も右の飾りに手をやっては対の名を呟いていた。
花咲き乱れる春。青葉の勢い増す夏。紅葉と実りの秋。白に覆われる冬。
季節が巡り、時が巡っても其れは変わらずに。
_何時しか儚くなった人。

「弟。間違えてはいけないわ。冬の者は奪われたのではなく、与えられなかったの」
歩み寄り、蹲る弟を胸元に抱きしめる。声も無い涙が、冷たく冷えて哀しみを伝える。
「問いの間違いは誤った答えを導く。注意なさいな」





弟は、「何故自分は里に残る事が出来ないのか」と不満げに語る子どもだった。

花の咲く季節だった。確か。
濃い緑の葉の其処彼処に、薄紫の小さな花が枝垂れて咲いて、風に靡いていた。
花を掻き分けて探すのは、小さな赤色の実。夏の内に大量に収穫してジャムにする。一番早くに出来る冬の保存食の一つ。
子どもが二人掛かり、大きな篭の左右の取っ手を各々握って、果を放り込む。

「其れは、お前が冬だからよ」
「冬は何故残れぬ、姉者」
「何故って…そう決まっているのよ」

地母神の_我らが母の事は、冬の子には教えてはならぬ約束だった。
思わず逸らした視線に気付いて、弟は大きく頬を膨らませた。

「俺は外に行きたくない」
「そう云ったって」
「俺は此の里が好きなのだ。此の里の傍に流れる川が、花畑が好きなのだ」

なのに、何故他所へ行かねばならん。


…本当は、全く方法が無いわけでは無い。
生来足の悪いものは“留まる者”として、里で暮らす。_里に留まりたくて、足を差し出す者もある。
でも。

弟の小さな手が握り潰した赤い実から滴る雫が血のように見えた。
其の甘い甘い香が、何時になっても忘れられぬまま。


結局弟は10の齢に、其の年に逗留した冬の群れに連れられて行った。





蹲る、弟の頭を抱きしめる。

国に降り掛かる厄災を、「如何にかしろ」と云う命令は、幾ら何でも乱暴が過ぎる。
然し、其れを云ったのは王であって、弟には無貌の子を殺し切れなかったと云う弱みが有った。

己を抱きしめる、姉の手の温もりを感じる。
王の言葉は宣誓であった。術師の立会いの下、俺に命じた。
破れば命すら危うい重さで。

神々には頼れない。
人の術師には、頼れるだけの力が無い。

姉から聞いた話が、頭を過った。

世界の中心に在った山が転じた、深い深い穴。
其の、大地の臍に集まる霊たち。

人の魂と云うのもエネルギーだ。

其れが余っている(・・・・・)と云うのなら、其れを使う。
霊をまとめて擂り潰し、其の力で大地を潤す。

魂は、多少傷が入っても修復可能と云うのだから、其処まで気にする必要も無いだろう。

神ならぬ身では、出来る事をするしかないのだ。

「姉者。知恵を、力を貸して呉れ」





詳細は話せず、しかも王に理不尽を被された生贄の羊。
人を集めるのにも苦労する。
そうなると必然、集まる人種の質は偏った。

異教徒をより惨く殺す事こそ我を天の門へ近づけると語った修道僧は、濁りの無い澄んだ眼をしていた。
空恐ろしくも本気であって、更に恐ろしい事に彼はであった。
只異教徒のみを目指して進む彼の眼は、虐げられる信徒の有様に見向きもせずに素通りする
彼の前は地獄。彼の後ろも地獄だ。

狂信の瞳は濁り一つなく、真っ直ぐに此方を見た。

新教の神は、旧教の神_地母神を礼拝できぬ冬が、風の神を祀り上げて呼んだもの。
風の神が如何斯うと云うのではなく、地母神ではないと云うのが重要だった。
_実際。風の神は、如何なる庇護も加護も与えぬ。

姉が語った神の様。風の神は人間に興味が無い。

知った処で信ぜぬだろう。目の前の男の様を見る。
此の男はきっと。
風の神に会えば、其の様を知れば、風の神にも刃を向けるのだ。
「貴方は風の神ではない」と云って。

…取り敢えず、姉と会わせるのが不味いのは確かだった。


「不快な冬だこと」
覗いていたらしい姉は、珍しくも不愉快を露にした。
「弟、如何か覚えておいでなさいな」

通じ合わせる努力さえ怠ると云う事は、言葉が通じないと云う事よりも_其れよりも。
「其れはとても、恐ろしい事よ」

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